第4話 vs伏見立夏

 もしゃもしゃ。

 これはシュークリームを食べてる音。


 ジュクダン7層。和弘と真央は今、休憩しながらリスナーと交流していた。

 意外にも和弘への質問も多かった。真央はまだ小さいため、答えられることがちょっと少なめだからかもしれない。


”そのシュークリーム、食べられるんだ”

”おいしい?”

”最強武器のシュークリームを食べるなんて!”


「美味しいですよ! 今日はシュークリームお腹いっぱい食べれて幸せです!」

「中身これ、カスタードと生クリームが半々なんだよ。芸が細かい」


”売り出そう”

”通販されたら買う”

”買う買う、俺も買う”


「いやー、それはちょっと。賞味期限もわからないし食中毒の責任取れないからね」


”マジレスwwww”

”お兄さん、web初心者かよww”


 視聴者の同時接続人数は、現在3万を越えている。

 この時間帯で3万を超えているチャンネルは3つしかない。それだけ注目されているという証左だ。

 コメントの流れも速いから、拾っていけない書き込みも多い。それでも二人は、楽しそうにスマホの画面を見て、なるべく多くのことに答えようとしているのだった。


”初々しいよね、応援します!”

”まおちゃんを魔法省の好きにさせるな!”

”いやでもやっぱり俺は、然るべき機関にまおちゃんの魔法を解析して貰うのがいいと思うな”


”マテリアなしでしょ? 完全に無から有を生み出してるもんね。魔法学が変わる”

”その話と、まおちゃんの待遇を考えて貰うのはまた別じゃないかな”

”そうだよ。幼女にプレッシャーを与えて怖がらせるなんて、言語道断”


 リスナーの反応から真央への好感度が高いと判断した和弘は、この配信の主旨を素直に皆へ話したのであった。つまり、真央の身柄の安全と安心を確保したかった、という話をだ。


”その辺も含めて、もうすぐ話が聞けるでしょ”

”そうなの?”

”うん。いま魔法省の伏見立夏がここに来るところだから”


 コメント同士が活発なやり取りをしている中、その女性は来た。


「お待たせしちゃったかしら。だいぶ盛況みたいね」


 腰まで続く長い黒髪は綺麗なストレート。

 生粋の日本人ぽい髪とは裏腹に、目は水色で鼻筋も高い。少し堀が深めの顔つきは、西洋人の血をどこか連想させる。かわいい、というよりは美人。細い眉毛の下で、切れ長の二重が笑っている。歳は二十代前半だろう。


 服装は黒いスーツだ。魔法省の人間は皆この格好、制服のようなものか。

 腰に無数のマテリアバレットが差し込まれたベルトをしており、大きな銃を手にしていた。


”すごい! 最新の魔法銃だ!”

”さすが国営!”

”リッカキター!!!”


「あ、いえ。ちょうど休憩してましたし。その、ええと、わたくし、こういう者です」

「あらこれはご丁寧に名刺を、……斎堂和弘さん。私はこういう者でして」

「ご高名は兼ねがね、伏見立夏さん」


 和弘と立夏は頭を下げながら名刺を交換した。


”え、なんだか想像してた遭遇と違う”

”礼儀正しい!”

”おとなだ!”

”そりゃ大人だし二人とも”


 ドローン撮影機にこの場は任せた和弘が、まずは立夏の話を聞こうとする。


「で、伏見さん。今日はこんなところまで、どんな御用でしょう」

「ご存じかとも思いますが、姪御さんのチカラについて、本日小学校から魔法省の方へと連絡がありまして」


 和弘の名刺を丁寧に仕舞いながら、立夏。


「ぜひとも姪御さんの能力を、国の研究機関の方で調査させて頂きたいと思いまして説得にまいりました」

「学校の件は真央ちゃんから少し聞いています。……彼女はスタッフの人に、あまり良い印象を持てなかったようなのです」

「はい……、我々の側としてもそこは反省しております。なにぶん、自分たちのこれまでの研究を土台から否定されかねない案件だったので……、攻撃的な研究員も出てしまいまして」

「今は、皆さん反省してらっしゃる、と」

「もちろんです」


 横に立ってる真央を見る和弘。


「と、いうことらしいんだけど、どうする真央ちゃん?」

「ウソはよくないと思います、リッカちゃん!」


”わ”

”ウソなの?”

”なんかまおちゃん言いきった”

”根拠あるのかな?”


「わ、私はウソなんて……!」

「ウソとまで言わなくとも、リッカちゃんもあまり信じていませんよね、皆さんが反省してるなんてこと?」

「え……?」

「わかるんです。真央ちゃんは魔王ですから!」


”魔王だからわかるらしい”

”まおちゃんで魔王ちゃん!”

”うーん、これは根拠”

”ほんまか?”

”いやでも、見てみろ立夏女史の顔色”


 真央の指摘に、立夏の態度が明らかに竦んでいた。目を逸らし、眉をひそめている。

 心を読めずとも和弘にだってわかる、あれは困惑の顔だ。どうしてわかるの、とその表情が示していた。


 立夏が、キッとした目で二人を睨みつけた。


「あまり我がままを言うようだと、力づくで連れていくことになるわ。ね、真央ちゃん、私はそんなことしたくないの」

「それは本当みたいですね! リッカちゃん自身が優しい人なのはわかりました、でも!」


 真央ちゃんは、にっこり。

 ああ、と和弘は思った。そうなんだ、この子はやっぱり魔王なんだ、と。

 だから彼には、続く言葉もわかってしまった。

 真央は言う。


「仕事じゃ仕方ないです! 戦いましょうリッカちゃん、チカラがこの世界での正義です!」


”Foooo!”

”カシコイ!”

”世界の真理キター!”

”パワーイズ正義なんだなぁ!”

”まってました!”


「恨んでいいわ、真央ちゃん!」


 腰から大きな魔法銃を引き抜いた立夏はマガジンにマテリアバレットを詰める。

 手慣れた、一瞬の所為。最適化された動作は美しくすらあった。


「アースバインド!」


 銃を撃つ。銃口が輝くと弾が出る代わりに魔法が効果を発揮する。

 立夏が使った魔法は、地面から縄のようなものを伸ばして拘束する術式だった。


『二人』に絡みつこうとする土で出来た縄。

 それを真央は飛んでかわした。和弘はミスリルソードで斬ってかわした。


”お兄さんワロタ”

”地味つよw”

”いや相手伏見立夏だぞ!?”

”お兄さんもヤバい”


 和弘が二人の邪魔にならないよう離れていく。

 飛び上がった真央に向かって、立夏は追い打ちを掛けるように銃をまた撃った。


「ウインドクロス!」


 強風を巻き上げて、高く飛びあがった真央のバランスを崩す。そして間髪入れずに、


「ハイドロマイン!」


 水の球体が真央の頭を包み込んだ。これでは呼吸ができない。


「まずは意識を刈ってあげる!」

「がぼがぼ」


 真央がなにか答えた。が、苦しそうな様子はない。


「ががぼ、がぼがぼ!」


 また何か言う。すると頭を覆っていた水の球体が弾けて散った。


「がぼ……タチの悪い連続攻撃ですね。これが四属性のチカラですか」


 着地した真央が空中から立夏にシュークリームを撃ちつける。無論、ダンジョンワイバーンに向けたときのような弾丸速度ではない。

 ただ、全身をヌルヌルにするため程度の、速度と量。


「くっ!」


 足元を滑らせて、体制を崩した立夏だった。

 隙はその一瞬、だが真央には一瞬で十分だった。


「シュー皮バインド!」


 立夏の使った土魔法と似たものを使い返した。

 ちょっと違うのは地面から伸びてきたのがシュークリームの皮だったことくらい。硬くて厚いシュークリームの皮が、立夏の全身を一瞬で縛り付けたのであった。

 抵抗しようとした立夏だったが、どうやら動けない。

 しばらくもがいていたのだけれども、やがて彼女は諦めたように全身から力を抜いた。


”え、勝負アリ?”

”伏見立夏が相手になってない!?”

”ヤバ、まおちゃんヤバ!”


「どうしますかリッカちゃん? このまま魔法を解かずに真央ちゃんたちがここを去れば、リッカちゃんは魔物に食べられて死んでしまいますよ?」

「負けを認めろ、ということ?」

「そういうことになります」


 うなづく真央に、立夏はなぜか自虐的な笑いで応えた。


「できないわね。私は『負けを認めることを許されていない』から」

「どういうことですか?」

「許されていないものは、許されていないのよ」


 さらに自虐的な顔になる彼女だ。

 和弘が会話に割り込んでいく。


「……あの伏見さん、それはもしかして特級魔法契約書でそう縛られているからですか?」


 その言葉を聞いて、コメントが沸いた。


”なんだそれ?”

”知らないのか、魔力持ちに命令を絶対服従させるための契約だよ”

”そんなのあるんだ。え、人権どこいった?”

”魔法黎明期の闇ってやつだな”


 立夏は答えない。

 魔法使いの立場を守り管理するための魔法省が、彼女に特級魔法契約書を使っていたとなれば、スキャンダルもいいところだ。


「ウチの会社でも、真央ちゃんに特級魔法契約書を使えと強要してきました」


”え、まおちゃんに!?”

”こんな幼い子に!?”

”なんだそれ、ひでぇ!”


「だけど、今の真央ちゃんなら……。真央ちゃん、できるだろ?」

「はい、もちろんです!」


 言って真央は、立夏の頭の上にポンと手の平を乗っけた。

 するとポコン、シュークリームの皮が上半分、帽子のように立夏の頭の上に被さる。


「シュー皮ハットによるシーケンス開始……完了。術式解析……タイプA、術法縛り。ノーマルアナライズによる解析によりアルゴリズム分析可能……完了」


”まおちゃん雰囲気が変わった?”

”術式解析……、そんなことができるのか”

”えええ、こんなの見たことない。もしかして凄いことやってる?”

”やってる”

”ていうかシュークリーム皮の帽子がシュール”


 真央の手の平から光の魔法陣が広がり、立夏の身体を包み込んだ。


「術式分解!」


 パリーン、と薄ガラスが砕けるような音を上げて、魔法陣とシュー皮ハットが割れる。


「はいこれでリッカちゃんは自由です!」


 立夏はしばらくの間、目を丸くして呆然としていたが。


「自由って、……え? あの契約は絶対的な……」

「そんなことありません、真央ちゃんに掛かればそんなの解く程度朝飯前!」


 立夏は和弘の顔を見た。和弘が彼女を諭すような笑顔を浮かべる。


「真央ちゃんは魔王だからね」

「魔王ですから!」


 横で得意げな顔をしている真央を見て、和弘は思うのだ。

 真央ちゃんは魔王、その力は計り知れない。だからこそ大人である俺たちは、真央ちゃんに教えていかないといけないはずなのだ。優しさや思い遣りといった、人間が人間である為の心を。と。


 醜い大人もたくさんいるこの世界で、なんという生ぬるいことを、と言われたとしても。なんなら自分が醜い大人の一人だったとしても。自分を信頼して「下僕」として指名しにきた真央ちゃんの為に、自分はできるだけのことをする。

 そう決めたし、そうしたい。そして出来れば、そういう大人が周りにもっといてくれると嬉しい。


 そんなことを考えながら、和弘は立夏に訊ねた。


「まだ、続ける理由はありますか?」

「……ないわね。私の負け」


 立夏はそう宣言したのであった。


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