第3話 ダンジョン配信

 ――ダンジョン。

 24年前、日本を中心としながらも世界中に突如出没したそれは、世界を変えた。

 魔物という存在が現実に現れるようになり、魔力と呼ばれる未知の力が世界に満ちるようになった。


 当時はかなり世の中も混乱したものだが、20年以上も経てば皆、慣れる。

 法律や管理体制も一定レベル以上に整備され、危険も減った今、ダンジョンは半分レジャー感覚で宝物や金銀財宝を掘られる場所となっていたのだ。


 レジャー感覚といっても、そこは魔物が発生する一種の異界。普通に人が死ぬ。

 日本人の死生観も少し変わった。

 死が、いつも隣にある世界になったのだった。


「撮影用ドローン一つ、照明用ドローン二つ。あとはコメントを音声でも聞ける片耳ヘッドホン。これが快適なダンジョン配信する為に必要な最低限の道具かな。一緒にハンディカムも新しいの買ったから、これでもう真央ちゃんを撮ることができるよ」

「さすがお兄ちゃん、なんでも知ってます!」

「ははは、褒めすぎだよ真央ちゃん。趣味でもあるけど、仕事で詳しくなっただけなんだから」


 時刻は夕方過ぎ。二人は今、ダンジョンの中にいた。

 新宿駅の地下にある巨大なダンジョン、通称ジュクダン。

 地表の街でダンジョン撮影に必要な最低限の器具を揃えて、潜ってきている。


 和弘はスマホの着信を切ったことを確認する。

 会社からのメールや電話がうるさかったので切っておいたのだ。


「出るわけないじゃないか」


 もう仕事も辞める気だ、真央ちゃんにどう害が及ぶかわかったものじゃない。

 珍しくちょっと憤慨している和弘である。


「それじゃ配信開始しよっか」

「えっ、もう始めますですか!?」

「うん。いくよー、3、2、1……!」

「はわわ!」


 オロオロと、可愛らしく狼狽える真央の姿から配信は始まった。


「えっと! あの、その!」


 言葉の調子が棒になっている真央に向かってハンディカムを向けながら、和弘はあらかじめ相談していた配信内容のスケジュールをホワイトボードに書いて告げる。


『最初は打ち合わせてた自己紹介からね』

「は、はい! えっと自己紹介します!」


 すると、ピコンと視聴者が1人、ライブチャンネルに入室してきた。


斎堂真央さいどうまお、神尾我小学校二年生、8歳です!」


 緊張した声で言いながら、深々と礼。

 ピコン、ピコン、とまた一人、また一人とチャンネルに入室してくる。


 和弘はスマホから突貫で動画配信サイトの公式アカウント『まおちゃんねる』を作り、配信作業をしている。さっきバズっていた手の平からシュークリームぽこぽこ動画をサムネイルに使っていた。『新時代の魔法、独占配信!』などという煽り文句と一緒に。


「今は、しんじゅく地下のダンジョン。ジュクダンに来ています。これから探索を始めます!」


 言って真央はダンジョンの中を歩き始めた。

 ジュクダンは広い。特に天井までは高くて、頭上20m以上が空間となっている。

 足場や壁は、人口物ぽいブロックのようなところもあれば、天然の岩がむき出しのところもある。

 中途半端に人の手が入った自然窟にも見えなくはない。


 自然窟と大きく違うのは、ダンジョンの常で壁や天井がほんのり光っているところか。

 たまに暗い場もあるが、そこは二機の照明用ドローンが補助してくれる。


 ピコン、ピコンとまた視聴者が増えていく。

 ついにコメントも出始めた。


”これダンジョン配信だよな? どこココ”

”ジュクダンだって”

”女の子幼すぎない? ジュクダンてレジャーダンジョンとしちゃ危険な部類だろ?”

”ジュクダンなの? それにしちゃ周りに人いなさすぎじゃね?”


「あ、はい……7層なので」


”7層ってワロタww”

”超上級者層じゃん、見栄張る幼女かわいいww”

”まおちゃんて言うんだね! 嘘はダメなんだよ。悪い子は警察に捕まっちゃうよw”


「今日はこの層を、シュークリームで攻略していきたいと思います」


”シュークリームwww”

”どこから来た、シュークリームwwwww”

”ヤバい、出てしまうのかシュークリーム殺法!”


 十人ほどの視聴者たちが盛り上がる。

 ウケたと思ったのか、真央は「えへへ」と笑った。


”かわいい”

”カワイイは正義”

”シュークリーム食べて休憩しよう”


 魔王として安定したはずの真央だったが、何故か手から出せるのはシュークリームだけだった。いやもう一つ、ミスリルで出来た魔法の剣なら一本だけ出すことができる。


 本来なら手から様々なモノを生み出せるのが魔王らしい。

 まだ不自由なのは、カケラとなった魔王のチカラが各ダンジョンに散らばったままだからだろう、というのが真央の見解だった。


「これがシュークリームです!」


 壁に向かって腕を伸ばした真央ちゃんが、シュークリームを『撃つ』。

 結構な速度で飛び出したシュークリームが壁に当たって潰れた。


 ポン、ポポン、ポポポン。

 飛ぶ速度がだんだん速くなっていくシュークリーム。


「皮が堅めのシュークリームも出せます」


”なにこれ手品?”

”食べ物は大切に”


「あ、魔物です! 魔物が現れました!」


 陽気な声で真央が言った。――のだが。

 その魔物の姿が配信された瞬間、コメント欄が凍りつく。


”おい、<ダンジョンワイバーン>じゃないかあれ!”

”まじこれジュク7層だ!”

”A級ランカーがパーティーでも組まないと勝てないやつ”


 天井の高い7層の空間を、<ダンジョンワイバーン>が飛んで襲ってくる。

 その様子を和弘はしっかりハンディカムで撮っていた。


”にげてー!”

”自殺動画じゃんこれ!”

”うわあああああーーーーーーーー!!!!!”


「じゃあシュークリームで……『シュート』!」


 真央が伸ばした腕の先から、シュークリームが飛び出す。

 まるで散弾のように、大量のシュークリームがばら撒かれた。超高速で。


 それは速すぎて、動画には一コマしか映らないような速度。

 堅皮のシュークリームが、その速度によって弾丸となった。


 バシャア! と大きな音と共に<ダンジョンワイバーン>の身体が無数のシュークリームで穴だらけとなる。『グギャアアアア!』という断末魔を残して、床に落ちてくる<ダンジョンワイバーン>。


”え?”

”え?”

”いまのなに?”


 驚愕するリスナーたち。

 だが下僕となった和弘は、もう知っていた。今の真央なら、魔王の真央なら、なにを使ってもこれくらいの層の魔物なら余裕で倒せるということを。


「えっと、シュークリームを撃ちだしました!」


 真央が手の平から、ポコン、とシュークリームを一つ出してみせた。


”うおおおおおおおおおおおお”

”シュークリーーーーーーーム!”

”やーーーーーーーーーべーーーーーーーーーー!”


 ピコン、ピコン、と急激にリスナーが増え始めた。


”フイッターからきますた”

”今北産業”

”幼女、シュークリーム、無双”

”この子、午前中に手からシュークリーム出して動画バズってた子じゃない?”

”まおちゃんていうらしい”

”いまシュークリームで<ダンジョンワイバーン>倒したとこ”

”は? わけわからん”

”俺たちだってわからん!”


 次々増えていくコメントに、はわわ、と狼狽える真央だった。

 その後、何体かのA級モンスターをシュークリームシュート一撃で倒して回った真央。その頃にはコメントが追えないくらいの量になっている。


”うそだ、うそだと言ってくれ”

”この世界の最強武器はシュークリームだった……!?”

”せかいのほうそくがみだれる!”

”実際乱れてる。手からシュークリーム生んで飛ばしてるんだぜ!?”


 流れ続けるコメント。


”なんなのこの子?”

”斎堂真央、神尾我小学校二年生、8歳”

”いやそういうことじゃなくて”


 コメント同士でも喧々諤々だった。と、そのとき。


「あぶないですおにいちゃん!」


 背後から、<ドレッジスケルトン>が剣を振り上げて、和弘に襲い掛からんとするところだった。


「ミスリルソード!」


 真央ちゃんの手から剣が生まれた。その剣を和弘に飛ばす、和弘は剣を握った。


「せいっ!」


 と握った剣で一閃。<ドレッジスケルトン>が光の粒になって消えていく。

 その様子はAIで切り替わったドローン撮影機が配信していたらしく。


”ヤババババ! 撮影者も強くね!?”

”<ドレッジスケルトン>、ひと振りで倒せるようなモンスターじゃねーぞ!”

”どうなってんだこのコンビ?”

”ていうかまおちゃん、手から剣を出した?”

”うそだー、そんなことありえんのかー!?”


「真央ちゃん、自分で倒せるのにわざと俺に剣を渡しただろー?」

「えへへ、お兄ちゃんもちゃんと強いってところをみんなに見て貰いたくて」

「悪い子だー」


 和弘は真央の頭を触るような優しさで小突く。


”おにいちゃん!”

”おにいちゃん!”

”リアルおにいちゃんか!”

”おにいさん初めまして! まおちゃんと交際させて頂いてます!”


 和やかなレスが続く中、一つ。

 毛色の違うコメントが表示された。


”そんなところに居た!”


 と。

 コメ主は続ける。


”今からそこにいくから、ちょっと待ってなさい貴方たち!”


 浮いたコメントに他のリスナーも反応する。


”今からいくってwwww”

”ジュクダン7層やぞwwwww”

”いやまて、この名前”

”『rikkaQm』ってクアドラブル立夏、魔法省の伏見立夏ふしみりっかのアカウントじゃなかったか?”

”え、あの伏見立夏? ザ・クアドラブル、四属性魔法マスターの!?”


「伏見立夏……、くるのか」


 和弘もその名は知っている。

 若くして魔法省の広告塔であり実力者、日本で唯一、四つの属性魔法全てを高ランクに使いこなせる異才。


 果たしてここで彼女を待つ意味があるのか。伏見立夏は、俺たちを捕らえて確保しにくるつもりなのだろう。

 正直舐めてたな、と唇を噛む和弘。この階層まで一人でこれる女性だったか、計算外だ。ここなら誰にも追われないと思っていたのに。


 捕まるのはまだ早い、リスナーの心をもっと掴んで味方になって貰えたあとだ。その後なら、こちらから出頭もする。

 今は逃げてしまうのが得策かもしれない。


「真央ちゃんは逃げませんよお兄ちゃん!」


 和弘の心を読んでいたかのように、真央がニコリ笑う。


「なぜなら真央ちゃんは魔王ですから! 強いモノが挑んでくるのは歓迎なのです!」


”まおちゃんvs伏見立夏!”

”うおおおおおおおおおおおおお!”

”熱い!”

”やばこれ拡散しないと”

”いきなりボスバトル、みたいな”


 和弘は、やれやれ、という顔で頭を掻いた。

 真央ちゃんの中の『魔王』がツワモノを求めているらしい。そうなると、下僕として自分では彼女の欲求を遮りにくい。

 一瞬悩んだ和弘だったが、すぐに、まあいいか、と心を決めた。今回は世界征服とか言い出してるわけじゃないし、些末なことだ。


「わかった、やってやれ真央ちゃん!」

「ハイです和弘おにーちゃん!」


 魔王、――真央ちゃんのチカラが今、新たな扉を開こうとしていたのであった。


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配信ドローンはだいぶ高性能。時代的には近未来をイメージして書いております。

ダンジョン発生で魔法科学が生えてきた近未来世界、という感じです。

たとえばこの時代の秋葉原は、萌え文化地であると共に、一般人でも魔法が行使できる魔法具などが売ってたりもするマニアックスポットになってるようなイメージです。そのうち描けたらいいな~w

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