第9話

―――――思い、出せた〜。

1年前、副社長と出会ったときの一幕。


このときは彼の容姿が爽やかイケメン社長『千馬夢蔵ちばむさし』とどうしても結びつかなくて。

親戚の子が就職できなくてコネ入社でもするのだろうと、すっかり思い込んでいたんだっけ。


そして朝のオールバックの人、

社長の秘書さんだ。


社長なんてオフィスで働いてても見ないし会わないし、一般社員は知り得ない事も多々あるのだけれど。


ちゃんとお給料が貰えればいいかな〜くらいのスタンスで働いているから……

この時すでに失態をしでかしていて、

後で真実を知りクビを心配するオチになったんだよね―――――



「まず私の席に行きましょう。隣が産休で

 空いてますから、千馬くんが使って」

「っひゃい…」


「どうぞこちらに」

「あ、ありがとうご……い"っ!」


「あ〜っ、痛かったねっ。

 デスクが小さいから気をつけて」

「大丈夫れす…」


体が大きくてイスがギシギシいうわ、

足がはみ出しとる…


名刺とパソコンはあるのか聞いてみたら無いそうで、何をせぇというのか…


一旦、途方に暮れる。


私に教育係の経験はないし、この会社は転職者が多いから新人教育なんて無しに持ってるスキルで馴染んでいくし。


「えっと…

 朝出勤したらまずメールチェックするので

 済ませてしまいますから、

 ちょっと待っていてください」


途中だった作業をパスワードを入れて再開。

手持ちぶたさにデスク上で指を動かす千馬くんを横目に、どうしようか考えを巡らせながらパソコンを操作していると…


RRRRR…


ワンさんのデスクに置いてあった電話が鳴って千馬くんが跳びはねた。

外線ボタンのランプが点灯していて、

これは使えると思いつき声をかける。


「千馬くん、電話とってみて」

「ひゃい!?な、な、な、何て出れば…」


「お電話ありがとうございます、

 千馬興産です、って。

 要件聞いたら保留にして教えて」

「わ、わかりました……ふぅ〜」


電話対応を見ればどれくらい社会人として通用するか測れるだろう。

そう期待した私の想像を遥かに越えてくるとは思いもよらず・・・


ガチャッ


「お、おおおおお〜で、でんでんでんでん〜」

「!!!!!!?」


「ででん、わわわ〜、あうっ!っ!っ!っ!」

「ちょちょちょっ!?(トントントントン)」


千馬くんの肩を叩いて、代わって!!

と強めのジェスチャーで受話器を奪った。


「っはい!千馬興産です〜……

 ちょっと調子が悪くて―――――」


対応後、受話器を戻して長い一息をついた。

焦った〜。

横で千馬くんはしゅんとしてモジモジしている。


ダメダメ… ではないか。

何かできそうな見込みが… 全くない。


「すゅみません…」

「…友達とか、電話はできるんだよね?」


「…友達……いなくて…」

「…………なんか、ごめん」


非常にダークな空気に包まれて言葉が見つからず、失意の渦にのまれそうになった。


これはマズい。対処法がわからない。

でも放棄するわけにもいかないし……

そうだ!外に出よう!

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