第8話

七鳥なとりくーん!ちょっと来てくれる?」

「はーい。すぐ行きます」


それは昨年のグッドフライデー。

やはりその時もまたイースター休暇で私のデスク周りには誰も居なかった。


デスクエリアのトップ席から渋谷しぶやGMに始業後お呼ばれ。

厄介な仕事は回さないで〜と願いながらパソコンをロックして自席を離れる。


上司の席に向かうと既に体格の大きい人とオールバックのきっちり風な人がGMと話していて……


私がそろりと二人の背後から少し距離をとってGMの前に立つと、


「っ!?」


??

私に気づいた大きい人はビクッと小動物みたいにピョンと後退りしてぐらついた。

おかしな動きに私が若干面食らっていると、


「じゃあ。私は社長の仕事に戻ります」


きっちりさんはそそくさと去って行ってしまったが、大きい人はグラグラと落ち着きがないような不安定に見えた。


ぽっちゃりで高身長な割には猫背が目立つ大柄な体つき。

クルンとした天パの髪は長めで眼鏡の縁に掛かるくらいマッシュなモサモサだった。


見るからに負のオーラが漂っているのだが、

スーツや靴に鞄といった身につけた品がやたらと高級に写し取れる。


若そうにも老けている感じも両方あって……

異様な雰囲気で少し近寄り難い、という印象。

お客様ではなくて新入社員ぽい。


「そんなに緊張しないで!ははは。

 七鳥くん、彼の教育係お願いできる?」

「はい!?」


いけなりウゲェなのが来て、何で私が!?という目線でGMを見てしまったのが伝わったのだろう。

最もな理由を返される。


「他のみんな忙しそうでしょ?

 七鳥くん暇だと思って。特に決まりはない

 から研修っぽいことでいいんだけど…」


確かに新年度になったばかりで国内業務は慌ただしいし、オンラインストアの開設チームも始動したところ。


私は海外が今日からイースター休暇なので特に案件もなく……暇だった。


定時で上がって友達誘って飲みにでも行こうかと予定していたくらい、なんならオールでも高めの店でもいいか!なんて頭の中はもうプチパーティ中だった。


お断りの言い訳ができない私にGMは彼を紹介する。


「こちら千馬ちばくん」

「千馬!?千馬って、えっ?」


「えー、んー、社長の血族ってとこかな?」

「ちょ、ちょっと待ってください!?」


脳天気な頭に砲弾をくらって一時パニック。

GMにひっそり近づき口元を隠して小声でグチる。


「(無理むり無理むり無理)」

「(だいじょぶ、テキトーでいいから)」


「(テキトー!?社長の親戚でしょう!?)」

「(社会科見学だよ。人見知りなんだって)」


「(見ればわかります。…お手当は?)」

「(いいね〜貪欲で。ないよ)」


「(え〜、ないのぉ〜)…コホン」

「(いいから、やって)…フゥッ」


仕切り直しでもとに戻る。

普通は業務を統括する敏腕上司への態度としてはあるまじき行為なのだけれど、GMが望んでフラットな関係を築いているノー縦割り社風。


「じゃあ改めて七鳥くん、

 千馬真守ちばまもるくんです」

「千馬、真守?……っ喜んでお受けします」


とある理由から打って変わって彼への好感を抱き、あっさり気が変わってすまし顔。


「何それぇ?とりあえず今日は定時まで。

 報告ちょうだい。様子見て月・火曜日の

 3日間ね、よろしく〜」


私の急変した態度にボヤきながらも、多忙なGMは離席の身じたくを整えつつ手をひょいと振り行ってしまった。


残された私と彼は面と向かってお辞儀をする。


「…初めまして。ただいま

 指導を仰せつかりました七鳥小春です。

 3日間よろしくお願いします」

「…………しますゅ」


頭を上げて見つめた彼は小刻みに震えていた。

私はため息が漏れそうになるのをぐっとこらえたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る