第3話

「副社長〜、お・時・間・です!!」

「あわわわっはい!ごめんなさい!

 それでは七鳥なとりさん、仕事頑張りましょう♪」


千馬ちばくんもどきはファイテイングポーズを小さくとって右拳をちょこんと突き上げた。


エヘ♪と言わんばかりのキュートな声援いただきました私。

あまりのかわいさにハートを撃たれてグラついてしまった。


「あと…、髪が素敵です」

「!!」


ナイショ話みたいに口元を手で隠してこっそり私に告げる。

そしてニコッと首を傾げて、

戯けた表情でとどめを刺しにきた。


かわいさ満点……

カッコイイとかわいいが至近距離で繰り広げられて脳内処理が追いつかない。

ふらっとしそう。


ふぅと胸に手を当てて満足げに一呼吸すると、千馬くんもどきはそのまま軽く会釈をし背を向ける。

足早にベテランの元へ、そして二人はエレベーター方向に歩いて行く。


少し大股で腕時計を確認しながら、打合せなのかベテランと会話を交わす横顔も働く男って感じで惹かれてしまう。


ぽけーっ…

後ろ姿も完璧だった。


私は二人がエレベーター横の通路に消えていくまで夢見心地にただ見つめて、我が身に起きた非日常的ケースの余韻に浸る。


推しのファンサを怒涛にくらい悶え死ぬ寸前…

もちろん想像の域だけど、例えるならそんな放心状態で身動きとれない。


抱えた赤い薔薇の花束は、

私には代物すぎるほどに立派な上等品。

50本はあろうかという束は、

一輪一輪が気品高く真紅色が美しい。


誕生日である私は主役でいいはず。

けれども私なんかより、

美男が抱えた方がよっぽど似合う。


今、私はこの場に浮いている……自覚。


ヒロイン級の特別感とぞんざいな放置感が、

見事に掛け合わさって複雑な心境。

そして、横を通り過ぎてく人達の視線が痛い。


この女、朝っぱらから花束抱えて何突っ立ってんだと……心の声が聞こえてくるようで急にテンションが下がってしまう。


ダメダメ!

まわりにどう見られてるのなんか気にしない!

そうゆうとこっ、直さないと。


素直にかわいらしく喜べばいい、

それが正解なんだと頭ではわかっているけれど。


なかなかね…

今までに形成してしまった性格はそう簡単に直せるものじゃない。

かわいさ、アップしようと決意してたのに。


嫌な気分になりかけて、

フニャけた心に大義を突き通す。

シャキッと姿勢を正して体に言い聞かせた。


「仕事!職場に行かなきゃ。

 でもエレベーターは乗れないよね…」


大きな花束は朝の混雑したエレベーターで迷惑だろうし、窮屈なのは薔薇にもかわいそうな気がして。


少し考えた末にちょうど真横にあるエスカレーターに向かい、私は上階へのぼることにした。

エスカレーターは5階までしかないので、

そこからは階段で10階のオフィスへ。


さぁ、お仕事、頑張りましょう♪

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