第3話 幼馴染み達

「お前、その子はいった──」

「誰よその子は! というか、公人から離れなさいよ!」



 突然訪ねてきた内の一人、幼馴染みの那美が怒りを露にしながら女の子に詰めよったが、女の子はまったくビビる事なく少しつまらなそうな顔をした。



「なるほど、暴力系ヒロインですか。こういうタイプのヒロインにはツンデレ属性や姉御属性がついているのがテンプレートですが、貴女はどうなんでしょうね?」

「アンタ、一体何を言って……!」

「おい、那美! まずは落ち着けって!」

「落ち着けって……落ち着けるわけないでしょ!? というか、おばさんはこの事──」

「知ってる。と言うよりは、認識を歪められてるって言うのが正しいかもな」

「は?」



 那美が何を言っているんだという顔をするのを見ながら俺はため息をついた。



「とりあえず話を聞いてくれ。俺だってジェットコースターみたいな速さで物事が動いてるような物だから色々混乱してるんだ」

「公人がそう言うなら……」

「無理にでも落ち着かないと話が進まなそうだしな。それで? この子は一体誰なんだ?」



 もう一人の幼馴染みである佐保さほ悠仁ゆうじんが聞いてくるが、正直俺だって聞きたいくらいなのだ。


 本人はラブコメが人間の形を取った概念的な存在だと言っていたし、容姿をいとも簡単に変えてくる能力的な物を目の当たりにしても未だにその言葉を信じられなかった。そのため、どんな風に答えたら良いものかと考えていると、そんな俺の気持ちも露知らず女の子はニコニコ笑いながら勝手に答え始めた。



「私はラブコメです。皆さんが創作物のジャンルの一つとして知っているラブコメが形を持った概念的な存在で、こちらの公人さんのパートナーとして生まれました」

「ぱ、パートナー……!?」

「ちょっ……何を勝手に答えてるんだよ! というか、そのパートナーっていうのを俺は認めてないからな!?」

「認めなくても事実なのは変わりませんよ? それに、私は公人さんに生まれたままの姿を見られていますし」

「う、生まれたままの姿を……!?」

「あ、あれもいきなりそんな姿で現れたからで……!」



 俺は女の子の言葉を否定し続けたが、那美は頭の中で俺と女の子が良からぬ関係である上にそれを隠そうとしてると考えているのか身体をプルプルと震わせながら顔を赤くしており、怒っているのは言われなくてもわかる程だった。


 そしてそれを見ながら状況がどんどん悪くなっている事に対して頭が痛くなりそうになっていたその時、悠仁が俺と那美の間に入り込んできた。



「那美、とりあえず落ち着けって」

「だって、公人が……!」

「俺だってこの子がラブコメの化身みたいな存在だっていうのは俄には信じられないと思ってる。けど、さっきからの公人の反応を見る限り、言ってる事は本当に起きた事なんだろうし、それを考えるとこの子がラブコメの化身みたいな存在なのも本当なんだろう。公人、他にこの子が言ってきたり見せてきたりした物はあるか?」

「え? えーと……こっちがリクエストした姿や性格に一瞬で変わる事が出来るみたいだ。出てきた時だって長い金髪だったけど、突然この短いピンクの髪になったし……」

「なるほど……それじゃあ俺達がリクエストすれば、その姿や性格になってくれるのか?」

「もちろんです。因みに、どんな姿がお好みですか?」



 女の子が聞いた後、悠仁は女の子の耳に口を近づけながら小さな声で何事か耳打ちをした。すると、女の子の姿はまた虹色の光に包まれだし、女の子は長いツヤツヤとした黒髪が映える色白の和装の美人に変わっていた。



「えっ……」

「本当に変わったな……」

「ええ、これが私の能力ですから」

「話し方まで変わってるし……性格まで変わるって言ってたのは本当だったんだ」

「さっきまでと比べると違和感しかないけどな。二人とも、これで信じてくれたか?」



 二人は静かに頷いた。



「おしとやかな長い黒髪の和風美人っていう注文をここまで忠実に再現されたらな……」

「まあこの子が不思議な存在だっていうのは認めるわよ。けど、別に公人の家にいる必要なんてないんじゃないの? それに、おばさんの認識を歪めたって言ってたけど、どうして私達にはそれが効いてないのよ?」

「先程も申し上げたように私は公人さんのパートナーなので、常にお側にいるのが役目です。そしてお二人の認識が歪まないのは、お二人がラブコメにおける重要人物に当たるからです」

「重要人物?」

「はい。ラブコメにおいて、男性の主人公には少しお調子者であったり一番の理解者になり得る男友達がいますし、異性の幼馴染みがヒロイン枠になる事も多いです。そしてそのポジションに該当する登場人物は突如現れた謎のヒロイン候補をすんなりと受け入れる事はあまりないので、それに該当するお二人も同じように認識を歪められる事なく私の存在に疑問を持つ事が出来ているのです」

「一番の理解者、か……そう言われて悪い気はしないけど……」



 そう言いながら悠仁が視線を向けた先では那美が更に顔を赤くしていた。



「わ、私がヒロイン……それも公人の……」

「那美はしばらくリタイアだな」

「だな。そういえば、今日は何の用事で来たんだ? 特に約束はしてなかったと思うけど……」

「暇だったから遊びに来ただけだよ。那美もそうだったみたいだから誘って連れてきたんだけど……」

「この状態だしな……さて、そんな那美はとりあえず置いておくとして、この子の名前をどうするかだな」



 それを聞いた悠仁は首を傾げた。



「名前……ないのか?」

「ああ。さっき生まれたばかりだからないんだってさ」

「なるほどな」

「とりあえず俺は米澤よねざわあいで良いと思うんだけど、悠仁はどう思う?」

「米澤愛……ああ、ラブコメを二つに分けて、米をそのまま漢字にして、ラブは和訳した感じか。いいんじゃないか?」

「そっか。それじゃあこれから君の名前は米澤愛だ」

「米澤愛……わかりました。それでは、公人さん。そしてご友人の皆さん、改めてこれからよろしくお願いします」



 愛が恭しく一礼をする中、悠仁はそれに応える形で礼を返し、那美は顔を赤くしたままだった。そんな光景を見ながら俺はため息をついたが、少なくとも美少女である愛がパートナーを自称する事については悪い気はしていなかった。


 だが、この時の俺はまだ気づいていなかったのだ。愛の周囲に与える認識を歪める力の影響、そして愛の存在が俺の人生にどれだけの影響を与えてしまうのかを。

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