第2話 ラブコメ的人生

 それを聞いた瞬間、俺は警察に電話をするために携帯電話を手に取ろうとした。



「何をしてるんですか?」

「決まってるだろ。警察に電話をするんだよ」

「なんでですか?」

「ラブコメが正体だなんて話、信じられるかよ! だいたい、さっき自分でも言ってただろ。ラブコメはジャンルその物だって!」

「そうですね。でも、それは嘘じゃないですよ? もっと正確に言えば、私は色々な人がラブコメを求める気持ちが生み出した概念的な存在ですから」

「じゃあなんで俺のところに出てきたんだよ! 俺は恋人は欲しいと思っても別にラブコメまでは求めては……!」

「だからですよ」



 携帯電話に手が触れる瞬間、その子の言葉を聞いてその手が止まった。



「だからって……?」

「ただラブコメを求める人の前に現れるのじゃつまらないじゃないですか。明らかにテンプレートな流れで面白みがないんですよ」

「面白みがないって……面白がるものでもないだろ」

「それに、公人さんは恋人は欲しくてもラブコメについてそこまでは詳しくないようでしたし、そういう人とラブコメ的な毎日を送って新鮮な反応を楽しむ方が何倍も面白いです」

「……つまり、これからの俺の人生はラブコメ的な物になるのか?」

「そうですね。多くの人が望むような人生を送る事が出来る上にヒロインは私ですよ、よかったですね」



 ヒロインを名乗るその子から形容出来ない何かを感じ、俺は静かに恐怖を感じた。そんな俺を前にその子はゆっくり顔を近づけると、その不思議な顔のままで笑みを浮かべた。



「そんなに怖がらないで下さいよ。えーんえんと泣いちゃいますよ?」

「泣きたいのはこっちだっての! ラブコメを名乗る女の子にいきなり人生をラブコメ的な物に変えるって言われてるんだからな!」

「ラブコメ、お嫌いです?」

「嫌いじゃないけど、別に望んでないんだよ! それに、いきなりそんな事を言われてもどうしたら良いかわからないし……!」

「公人さんも楽しんじゃえば良いんですよ。あ、そうだ……せっかくなのでちょっと姿を変えますね」

「す、姿を変える……?」



 その言葉に疑問を持っていると、その子は再び自分の胸に手を当てた。すると、その姿はまた虹色の光に包まれ、気づいた時には短いピンク色の髪をした可愛らしい顔の女の子に変わっていた。



「はい、チェンジ完了です」

「チェ、チェンジ……って、声も変わってる……?」

「はい。私はさっきも言ったように概念的な存在なので、幾らでも姿や性格などのパーソナルデータを変えられるんです。言うなれば、一人で何人ものヒロインになれる感じです。だから、公人さんが望めば、その望み通りのヒロインになれちゃいますよ? 甘えん坊な妹キャラからクールな女教師、ちょっとエッチなお姉さんや活発的な幼馴染みまでなんでもござれです」

「それなら尚更ラブコメを求めてる奴のとこに出た方が良いじゃないか」

「さっきも言ったようにそれだとつまらないんです。あまりラブコメに詳しくない人をラブコメ色に染め上げ、ラブコメ無しには生きられないような体にしてこそじゃないですか」

「その言い方だとだいぶ悪い事をしてるように聞こえるんだけど……」

「悪い事じゃないですよ!」



 女の子はムッとした顔をすると、スッと立ち上がった。そしてキスが出来そうな程に顔を近づけると、ふわりと良い香りが漂い、不可思議な存在である事を除けば可愛らしい女の子に顔を近付けられている事実に俺の心臓は早鐘を打ったようになった。



「お、おい……こんなとこ母さん達に見られたら……!」



 その瞬間、部屋のドアが開き、母さんが顔を覗かせた。



「か、母さん……!?」

「もう、公人。何を大きな声を出して、って……」



 母さんの目が女の子に向き、マズイと思うと同時に俺はラッキーだと思った。母さんから見てもいきなり知らない女の子が目の前にいる状況になっている上に俺が今日は一回も外に出ていない事を母さんは知っている。だから、誰も家には連れてきていないのに謎の女の子がいるという状態になっており、それに気づいた母さんが警察に通報してくれる可能性が出てきたのだ。


 これなら大丈夫だろう。そう思ったのもつかの間、母さんの表情は嬉しそうな物に変わった。



「あらぁ、今日も来てくれてたの?」

「……え?」

「あ、おば様。お邪魔してます。すみません、ご挨拶もなしに」

「良いのよぉ。公人、来てくれて嬉しいからといってあんまりはしゃがないようにしなさいよ?」

「え……か、母さん……?」

「それじゃあ二人ともごゆっくりー」



 母さんの態度はまるで俺の知り合いに対してのようであり、わけがわからないまま母さんはドアを閉め、女の子は再び俺に視線を向けた。



「ふう、他者からの認識については問題ないみたいですね」

「に、認識……?」

「はい。とりあえず落ち着いて話すためにベッドの上に一緒に座りましょう。騒いでもまたお母様に怒られますしね」

「……そうだな」



 助けを呼ぶ事を諦め、俺は女の子と並んでベッドの上に座った。その状態だけならば女友達や彼女がいない男子から羨ましがられるのだろうが、まだしっかりとした情報もない女の子、それも自分の事をラブコメが人の形になった概念的存在だと言ってくる女の子だからこそドキドキはしても変な気持ちには一切ならなかった。



「はあ……」

「ため息ついてると幸せが逃げるって言いますよ?」

「誰のせいだと思ってるんだよ……それで、さっきの認識がどうとかっていうのはなんなんだ?」

「ああ、あれですね。簡単な話です、私を見た人の私への認識をねじ曲げているだけです。公人さんはお母様に私を不法侵入者として通報してほしかったようですが、お母様から見れば私は公人さんにとって友達以上恋人未満の存在に見え、私達の一件をただの異性のじゃれ合いとして判断してそのまま去っていったんです」

「そんな事まで……ラブコメってそんな奇っ怪な能力を持ったヒロインもいるのか?」

「作品によりけりですね。因みに、他の人でも同じようになりますが、一部例外はありまして……」

「例外?」



 その言葉に疑問を抱いていたその時、階段を誰かが上がってくる音がした。そしてガチャリという音を立てて部屋のドアが開くと、そこには見慣れた二人の姿があった。



「お、お前達……」

「公人、お前……」

「……誰よ、その子は……」

「……これが例外ですよ、公人さん」



 女の子はため息混じりに言っていたが、その顔はどこか楽しそうだった。

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