ラブコメにラブをコメて

九戸政景

第1話 ラブコメ登場

「は……え、はあ……!?」



 俺はベッドの上にいる人物を見ながら驚きの声を上げた。目の前には女の子がいた。長くてツヤのある金髪と血色の良い肌、背丈は少し小さめだけれど体格も痩せすぎや太りすぎでもない程よいもの、と男子の多くはそういう女の子との出会いを求めるのだろう。だけど、俺の目の前にいるその子はそれだけじゃなかった。



「な、なんで……“裸”なんだよ!?」



 俺の声に女の子はキョトンとした顔をする。そしてその反応に俺は頭を抱えた。



「はあ、なんでこんな事に……」



 突然のその出来事に頭がどうにかなりそうだった。さて、どうして俺がそんな事になっているのか。それはほんの数分前の事だった。



「はあ……彼女、欲しいなぁ」



 俺は自室の椅子に座ってため息混じりにそんな事を言っていた。


 生まれてこのかた彼女のかの字にも恵まれなかった俺には一応男女一人ずつ幼馴染みがいる。だけど、男の方は男の方でしっかりと彼女を作っているし、女の方は俺を目の敵にでもしてるのかツンツンとした態度を取り続けていてとりつく島もない。そんな毎日を俺は過ごしているのだ。



「漫画とかだったらそんなところに何かが起きて、俺が何かに巻き込まれたり不思議な出会いをしたりするもんだろうけど、現実はそううまくはいかないからなぁ……」



 現実は現実、創作は創作。それは仕方ない事だし、かなり前からそれは受け止めていた事だ。だけど、少しはそれを望んだってバチは当たらないはずだ。そんな非日常を夢見たり夢想したりする事くらいは許されるはずだろう。



「ははっ、まあそんな事を言ったってしょうがないけどな。さて、そろそろ勉強に──」



 その時、ふと何かの気配を感じてベッドに視線を向けた。すると、そこにはそのまったく知らない女の子がいつの間にか出現しており、冒頭の驚きに繋がるのだ。



「もう、本当にどういう事なんだよ……」



 頭をガシガシと掻いた後、俺はもう一度その女の子に視線を向けた。さっきは驚きすぎてあまり見られなかったが、よく見ると日本人とも外国人とも取れそうな不思議な顔をしていて、目も一見すると黒いけれど外から差し込む光の反射のせいなのか青色にも緑色にも見えるという不思議な事が起きていた。


 だけど、それよりも視線を支配していたのは裸だからこそよく見える大きな胸の膨らみだった。いわゆるお椀形のその双丘そうきゅうはこれでもかという程に存在感を示しており、その頂点にある桃色まで見てしまった時、俺は自分が目の前にしているのは知らない相手とはいえ異性の裸体なのだと改めて認識し、急に顔が燃えるように熱くなった。



「あ、え……え、えっと……」



 なんでも良いから早く服を着てくれ。そう言いたかったのだが、異性の裸を見ているという驚きと照れ、そして弾け飛びそうになっている理性がない交ぜになっていた事で俺はうまく言葉を紡げなかった。


 そうして舌もうまく回らない中、その女の子はまったく恥ずかしがったり怒ったりする様子も見せず、むしろ嬉しそうな様子でぱあっと笑顔を浮かべた。



「貴方が、貴方が私のパートナーなんですね!」

「パ、パートナー……? というか、それよりも!」

「それよりも……ああ、衣服ですね。ちょっと待ってて下さいね」



 その子は鈴を転がしたような声で言うと、自分の胸に手を当てた。すると、その子の姿は突然虹色の光に包まれだし、それに驚いている内にその光が消えると、俺は再び驚く事となった。



「えっ……ふ、服を着てる……?」



 近くに服も何もなかったのにその子はいつの間にかカーキ色のシャツの上から青色のデニムジャケットを羽織って桃色のスカートを穿いた姿になっており、それに驚いているとその子はベッドの上から移動して俺の目の前にペタンと座った。



「これでお話が出来ますね」

「あ……そう、だけど……」

「あれ? もしかしてこの姿はあまりお気に召しませんでした? それともこの話し方とか性格が?」

「そうじゃなくて! そもそも君は誰なんだよ!? いつの間にかベッドの上にいたと思ったら裸で! そうかと思ったらいきなり服を着てて! もう、わけがわからないって!」

「まあまあ落ち着いてください。ちゃーんとお話はしますから」



 その子の言葉に渋々俺は納得した。それを見て安心したのかその子は微笑み、ぷっくりとした赤い唇が目立つ口を開いて話を始めた。



「まずはお互いに自己紹介をしましょう。まず貴方のお名前は何ですか?」

「え……大主おおぬし公人きみひとだけど……」

「ふむふむ、私は公人さんのパートナーとして生まれたんですね」

「というか、名前を知ってていきなり出てきたんじゃないのか?」

「違いますよ。私はついさっき生まれたばかりなんです。だから、さっきの姿はまさに“生まれたままの姿”という事です」

「やかましいわ! それで、君は何者なんだ? 内容次第では警察を呼ぶ事になるけど……」



 俺はジロリとその子を見た。けれど、その子はまったく怖がる様子もなく、ニコニコとしていて、その表情のままで再び口を開いた。



「私の名前……ありませんよ」

「え?」

「だって、さっきも言ったように私は生まれたばかりなんですもん。それなら名前なんてありませんよね?」

「それはそうだけど……」

「でも、何者なのかは言えますよ。言えますけど、その前に質問をさせて下さい」

「……なんだよ?」



 警戒心を強くしながら聞くと、その子は俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。



「貴方はラブコメという物を知ってますか?」

「ラブコメ……ああ、創作物のジャンルの一つで、だ恋愛を描くんじゃなくちょっとお笑い要素が入ってる感じの物だろ?」

「簡単に言えばそうですね。そしてそのラブコメを世間の人が求めていて、多くの作品が作られるようになるまでになっています。それと同時に何人ものヒロイン達まで」

「……話がまったく見えてこないんだけど」

「いえ、もう私の正体は言いましたよ?」

「え?」



 驚く俺を目の前にしながらその子はニコリと笑った。



「世の中で好かれるジャンルの一つ、ラブコメ。それが私の正体です」

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