魔王様は勇者とセフレになりました

楽市

第1話 灰髪の魔王と赤き傷口

 燃え盛る戦場に、魔王と勇者が対峙する。


「我が配下をいたぶってくれたようだな『赤き傷口スカーレッド』マイシァよ!」

「それはこっちのセリフだ。最悪なる『灰髪の魔王グレイアッシュ』ゼオルト・グラン!」


 戦いの始まりは、果たしてどちらだったか。

 国境となる川越しに長らく睨み合っていた王国軍と魔王軍。


 それが、今日の夕刻前辺りに激突した。

 ここ一年以内では屈指の激しさの戦いだった。両軍共に、多くの被害が出た。


 そんな中、最初に駆けつけたのは勇者マイシァ。

 小柄だが素早さと身軽さに長け、己の背丈ほどの大聖剣を操りし赤髪の乙女。


 長く伸ばした赤い髪と、顔を斜めに走る大きな傷から『赤き傷口スカーレッド』と呼ばれる。

 彼女の参戦によって、やや優勢だった魔王軍は一気に瓦解しかけた。

 だがそこに、黒衣に身を包んだ圧倒的魔力を誇る灰色の髪の魔族が参戦してくる。


 彼こそは、当代の魔王にして最強の魔導士ゼオルト・グラン。

 魔族にあって凶兆とされる灰の髪を持ちながら、数奇な運命を辿り魔王となった。


 人々に『灰髪の魔王グレイアッシュ』と呼ばれる彼は勇者と相対する。

 そして勇者もまた、両手に掴む大聖剣で魔王ゼオルトを切り伏せんと躍りかかる。


 一対一。

 されどもその戦いは、軍と軍との衝突よりも遥かに激しい。


 斬撃は地を抉り、魔法によって天には黒雲が満ちる。

 さながら、それは神話の戦いだった。

 閃く斬光に、轟く雷鳴に、王国軍も魔王軍も、ただただおののくしかない。


 やがて、戦場に響くラッパの音。

 それは撤退の合図だ。人と魔、どちらともなく軍が退いていく。


 すっかり地形が変わったその場で、最後まで向かい合う魔王と勇者。

 互いに、撤退する味方への追撃を許さないしんがりとして、そこに残っている。


 ――ように、第三者からは見えるだろう。


 しかし実は違っていた。

 ここで、向かい合う両者の間で交わされる魔力念話を聞いてみよう!


『あぃ~……、お疲れぇ~……、毎度よく働くねぇ、マイもさ~』

『言わないでよ……。今日だけで五回目の出動よ、何考えてんのよ、上は……』


『僕、一番上だけど働かされてま~す。……何でだろうね?』

『いや、本当に何でよ……。魔王でしょ、ゼオは……』


『魔王だけど軍権は議会が持ってるからね、仕方がないね……』

『最悪の魔王(笑)』


『言うな、言うな。四代前の魔王がやらかしたせいで、軍権が議会預かりになっちゃったんだモン。仕方ないじゃん。僕ァ悪くない。そして働きたくない!』

『魔王という名のていのいいパシリよね、今のゼオって……』


『言~う~な~って! ……マイだって同じようなモンだろ~』

『うるっさい! それより、わかってるわよね。場所、いつものお店だからね』


『わかってますよ~。あ~、早くマイとぬくもりを分かち合いたいよ~』

『ここ戦場! そういうこと言うな! 時と場所は弁えてよね、もうッ!』


『え~? 別にいいじゃん、セフレじゃん、僕達さ~』

『そうだけど、ここじゃわたし達は勇者と魔王でしょ! それを忘れないでよね!』


『へいへい。わかってますよ~だ』

『ホントにわかってるの? ……それじゃ、わたしは帰るからね!』

『はいよ、それじゃあ、いっせ~の!』


 そして、二人はその場から同時に飛び退く。


「フン、これ以上、貴様などに付き合っていられるか、勇者め!」

「それはこっちのセリフよ、命拾いしたわね、魔王!」

「「この勝負、預けておく!」」


 二人はまた同時に後方へ跳躍して、そのまま撤退していった。

 本来、相容れない存在であるはずの魔王と勇者がなぜこうも親しげに話すのか。

 きっかけは――、三か月前にさかのぼる。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その日も、上級魔族議会は踊っていた。

 第何千何百何十何回目かの対エストバーグ王国攻略作戦会議での話だ。


「この間、ウチの農園で新種の作物の開発に成功しましてなぁ!」

「何の、ウチでも新しい葡萄が実りましたぞ。今年のワインが楽しみですよ!」


「おお、伯爵。本日も凛々しいお姿で、先日の件は感謝いたしますぞ!」

「なぁに、あの程度のこと、感謝はいりませぬ。ただ、例の件をよろしく頼みたく」


「次の狩猟会はいつにしますかな、会員からせっつかれておりましてなぁ~」

「来週、改めて話し合いを致しましょう。私の愛犬も狩りをしたがっておりまして」


 第何千何百何十何回目かの対エストバーグ王国攻略作戦会議での話だ。

 が、戦争について真面目に論を交わす者など、そこには一人もいなかった。


「……はぁ」


 名ばかりの議長を務める魔王ゼオルト・グラン・ヴァルデーミュはため息をつく。

 自分が王を務める魔族の国ヴァルデーミュと人間が住まう隣国エストバーグ。


 この二つの国が争い始めて、もう四百年以上になる。らしい。

 だが、戦争がいつ始まったのか。何で始まったのかは、記録が残されていない。


 誰も、理由もわからないまま、二つの国は戦い続けているのだ。

 現在は戦争が常態化して、小競り合いは毎日起きている。

 長らく続く戦いの日々に両国の民も慣れ切って、何の疑問も抱かなくなっている。


 そして、そんな歪みきった情勢のツケを一身に浴びるのが、魔王という存在だ。

 ゼオルトはもう一度深ぁ~くため息をついたのち、一応、提案する。


「あの~、戦争に勝つための作戦とか、真面目に考えません?」

「恐れながら魔王陛下。そのようなことを話し合う必要性がございますかな?」


 古株の上級魔族侯爵が、公然とそんなことを言い出す始末。

 いやいや、これ攻略作戦会議でしょ。という言葉を、ゼオルトは飲み込んだ。


 理由はもちろん、言っても無駄だからだ。

 この場にいる自分以外の全員が、隣国との戦いを日常に組み込んでしまっている。


 勝利を求めれば、そこにはおのずと敗北の可能性が生じる。

 ここにいる上級魔族達は、それを嫌っている。


 平和な戦争に価値観を蝕まれている、とでもいえばいいのか。

 勝ちも負けもない今の状況に慣れ切って、大きな変化を恐れ、疎んでいるのだ。


「……やってらんないよなぁ」


 ゼオルトはみたび、ため息をついた。

 こんな連中のために、自分が働かなければならない現状が、たまらなく嫌だ。


「なぁに、憂うことはございませんぞ、魔王陛下!」

「そうですとも、我らにはあなた様がついていてくださるのですから!」

「にっくき勇者さえ葬り去れば、勝利は我らのものとなりましょう!」


「魔王様万歳!」

「最強にして至高の魔族、ゼオルト・グランに栄光あれ!」

「「ウオオオオォォォォォォォ――――ッ!」」


 広い大円卓会議場が、上級魔族達の拍手と喝采で満たされる。

 だが、全方位から称賛を受けるゼオルトは、それにただただ白けるばかりだった。


「――二年前までは僕のこと、人間扱いしてなかったクセにさ」


 ため息連発しちゃうわ、こんなの。

 二年前まで、ゼオルトはただの下級魔族の一般兵でしかなかった。


 しかも、持って生まれた灰色の髪により、周りからは常に腫れ物扱いされてきた。

 そんな彼が、どうして貴族階級たる上級魔族から称賛されるに至ったか。


 全ては『魔王伝承フィアード・サクセサーズ』と呼ばれる魔法による。

 資格ある者に力を記憶を継承させるその魔法こそ、魔王を定める唯一無二の法。


 例えそれが忌み子扱いされ続けた下級魔族でも、資格があれば魔王となれる。

 そうしてゼオルトが『魔王伝承』によって魔王となったのが、二年前の話だった。

 そして、魔王となって以降、ゼオルトは毎日思い続けていることがある。


「……ここにいる全員、魔王の力でブチ殺せたらな~」


 積もりに積もった鬱憤が、彼をそんな思考に追い込んでいた。

 しかし、残念ながらそれは不可能だ。


 魔王となった者は、歴代の魔王の力を受け継いでいるため、最強となる。

 だがその最強は『魔族の敵となる存在』にしか使うことができない。

 つまり、この場にいるゼオルトは二年前までと同じただの魔族の若造に過ぎない。


 しかしそれでも、ゼオルトはヴァルデーミュ国内で確かな支持を集めていた。

 その理由は――、


「申し上げます!」


 突然、会議場の扉が開かれ、一人の兵士が飛び込んでくる。


「南西部、ラーシェル地方国境線にて、戦闘発生との報告がッ!」


 いつも通り、国境線にて発生した小競り合い。

 その報告を受けて、上級貴族達が次々に椅子を立ち、ゼオルトへと目を向ける。


「聖戦のときですぞ、魔王陛下!」

「愚かなるエストバーグの侵略者共に、陛下の威光をお示しくださいませ!」


 ……たちまち、これだよ。


 再び盛り上がり始める上級魔族達を前に、ゼオルトは顔をしかめたくなった。

 要するに、この国における魔王とは、便利な『いつでもお助け暴力装置』なのだ。


 戦闘が発生すれば、そこに駆けつけて敵軍をやっつける。

 ただそれだけの存在。ただそれだけの、国民にヒーロー扱いされる魔王陛下だ。


「じゃ、行ってきますよ、っと」


 一言告げて、ゼオルトは転移の魔法を使って現場に赴く。

 同胞を助けるためならば『魔王伝承』の力は無尽蔵に扱える。めんどくせぇ。

 それから、さらにめんどくさいことがあった。


「あ~ぁ、どうせ今日も出てくるんだろうなぁ~、あの傷女」


 飛翔の魔法によって現地に急ぎつつ、彼はボヤく。

 魔族に『魔王伝承』があるように、人類側には『勇者伝承ブレイブ・サクセサーズ』が存在する。


 名前こそ違うが、どちらも内容は全く同一の魔法。

 つまり魔族側に歴代の魔王の力を継承する魔族最強の魔王が存在するように、人類側にも、歴代の勇者の力と記憶を受け継ぐ人類最強の勇者が存在するのだった。


 当代の勇者は、赤い長髪の、顔に傷を持った女剣士『赤き傷口スカーレッド』マイシァ。

 この二年間、あらゆる戦場で顔を合わせ、毎度殺し合いを続けてきた宿敵だった。


 ――もちろんその日も、殺し合った。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 もう、限界だった。


「やってらんねぇ~~~~!」


 戦場でマイシァといつものように小一時間激闘を繰り広げ、味方を撤退させた。

 そして城に戻ったら、もう誰もいなかった。上級貴族、定時上がり!


「じゃあこっちだって定時で上がってやるよ! そして飲みに繰り出してやるよ!」


 どうせ自分はお飾りの国王だ。

 ちょっと一晩抜け出したところで、何ら影響はない。


 だって夜中に戦争は始まらないからね。みんな寝てしまうから。軍も、兵も。

 本当に戦争してるのか疑わしいが、残念ながら今は戦時下で戦死者も出ている。


 ゼオルトは、それが許せない。

 こんなふざけた状況でも、戦いは確かにあって、傷つく者も出ているのだ。


 事実、兵士をしていたときも、時々だが自分の周りで死者が出ることもあった。

 上級魔族はすっかり弛緩しきっているが、毎日どこかで戦いは起きている。


 忸怩たるものがあった。

 戦争を止めたいとも思った。が、それを目論めば自分は粛清される。

 四代前の、人類との平和を模索した魔王のように。


「本当、やってらんねぇ!」


 と、いうワケで、無力感に苛まれつつ、魔王は飲みに繰り出すのである。

 魔族とわからないよう、尖った耳を魔法で丸くして、髪の色も黒髪に変える。


 そして向かう場所は、ヴァルデーミュのどこかではない。

 そこは何と、敵国エストバーグの最果てにある小さな町の小さな酒場。


 扉を開ければ、小さいなりに賑わっていて、食欲をそそる匂いもしている。

 お腹が鳴って仕方がない。

 今日は四回出動して、勇者と四回殺し合った。疲れた。疲れ果てた。


 飲みに行きたい。酒を飲んでくだを巻きたい。酔い潰れてしまいたい。

 よもや、敵国の王がこんな場所で酒を飲んでいるとは、誰も考えないだろうし。


 ああ、気楽。超気楽。

 誰も自分に注目していない、この解放感と来たら!


「おばちゃ~ん、エール、大ジョッキで~! あと、獣肉の串焼き、山盛りで!」

「あいよ~!」


 程なく運ばれてきた酒と料理を前に、ゼオルトはついに己の食欲を解き放つ。

 そして始まる暴飲暴食。明日のこととか考えず、もうひたすら飲んで食う。


「ぁ~ったくよぉ! ふざけやがってよぉ~! んっぐんっぐんっぐ!」


 怒鳴り散らし、飲み下し、食らいついて、咀嚼する。

 酒が美味い。肉が美味い。魚が美味い。スープが美味い。酒が美味い。酒が……!


 いつしか、頼むメニュー食べ物が減り、酒の量が増えていった。

 当然、ゼオルトは酔う。彼は実は酒があまり強くない。だから酔う。とても酔う。


「ホンットォ~に、ふざけやがってぇ~!」


 思考も随分マヒして、ただただ愚痴を垂れ流すだけの機械になりかける。

 そんな彼が、もう何杯目になるかわからないエール酒を頼もうとしたときだった。


「そーよそーよ、マジでふざけんじゃないわよ~!」


 何と、ゼオルトの意味のない罵倒に同調する者がいた。

 女だった。長い蒼髪を三つ編みにした、眼鏡をかけたローブを着た女だ。


 見ると、彼女の周りには自分と同じく幾つもの空のジョッキ。

 一目見てわかった。彼女は自分の同類だ。燃える怒りを酒に叩きつけている。


「……一緒に飲むべ」


 ゼオルトは、千鳥足で近寄って、その女性の隣に座る。

 普段ならば絶対にしない行動だったが、このときは色々マヒしていた。


 女性がゼオルトを見る。そしてニヤリと笑う。

 どうやら彼が感じ取ったように、彼女もまたゼオルトを同類と察したようだ。


 そこからは、愚痴のオンパレードだった。

 当然、詳しいことまでは言わない。ただただ、虚空に向かって罵倒を繰り返す。


「本当にね~、上はね~、最低でねぇ~!」

「ぅわ~、わかるわ~、心底わかるわ、それ~。ホント、クソだよな~!」


 何が最低で、何がわかって、何がクソなのか。

 そんなことはどうでもいい。ただ愚痴りたいから愚痴る。今はそういう時間だ。


 飲んで、愚痴って。

 飲んで、愚痴って。

 腹の底に溜まったものを、少しずつでも吐き出して――、


「……はふ」


 やがて、それも限界を迎える。

 隣を見れば、蒼髪の女性はテーブルに突っ伏していた。

 寝てはいないようだが、完全に潰れている。


「お~い、もしも~し。こんなトコで寝ると風邪ひくぞ~」

「はにゅ~……」


 こりゃダメだ、煮込みすぎた麺みたいにグデングデンになってる。


「あら、その子、潰れちまったのかい?」


 そこに、店の女将が通りかかり、声をかけてくれる。


「いや~、どうやらそうみたいで……」

「あんたはまだしっかりしてそうだねぇ。何なら、上の部屋を貸そうか?」


「いいんですか?」

「ウチは宿屋もやってるからね。お代払ってくれるなら、構わないよ」


 お代――、は、いいか。

 ここまで付き合わせたのは自分だし、こっちで持とうか。ゼオルトはそう考える。


「じゃあ、一部屋お借りします。どこですか?」

「二階の端の部屋が空いてるから、そこだね。鍵持ってくるから待ってな」


 女将が鍵を持ってくる間、ゼオルトは女性を手で揺すり、一応呼び掛けてみる。


「お~い、部屋貸してくれるってさ~。起きれますか~?」

「うにゃ~……」

「はい、無理。……仕方ないなぁ、おぶってくか」


 戻ってきた女将の案内に従い、ゼオルトは女性をおぶって二階に上がる。

 自分も随分と飲んで足元がおぼつかないが、そこは何とか頑張った。部屋に入る。

 ランタンに魔法で火を入れて、照明をつける。


「……へぇ、そこそこ広いな」


 それなりに大きなベッドの上に女性を寝かせ、一応、眼鏡を外す。

 すると、そこに現れた顔に、ゼオルトは妙な既視感を覚えた。


「あれ、どっかで会たことあるか?」


 見覚えがある気がするのだが、彼もすっかり酔っている。思い出せない。

 まぁ、いいか。と思って、ベッドから離れようとする。――そのときだった。


「わっ」


 伸び来た細い腕が、彼の首に回された。

 そして、バランスを崩したゼオルトはベッドに倒れ込み、目の前には女性の顔。


 酔い潰れていたはずの彼女は、うっすら目を開き、その唇を歪ませる。

 こうして見ると、女性は可愛らしい顔をしていた。

 やや幼い顔立ちで、瞳がクリっとしていて大きくて、だが今は蠱惑的な光がある。


「ねぇ……」


 抱きしめられる形となって、女性の唇がゼオルトの耳元に囁く。


「しよ」

「……ちょっと?」


 と、言いかけるゼオルトだが、その唇は女性の唇に塞がれてしまった。

 柔らかい。そして、温かい。そのキスで、ゼオルトの中の性欲が一気に過熱する。

 それでもキスを終えたあとで、彼は彼女に一応尋ねる。


「今日、初めて会ったのに……?」

「今日、初めて会ったから……♪」


 そして、また唇は重ねられて、ゼオルトも抵抗するのをやめた。

 まぁ、いいか。可愛いし、流されちゃおう。

 思ったのは、その程度。目の前の彼女は魅力的だし、合意の上なら問題もなし。


 あとは酔った勢いに任せて、二人は服を脱ぎ、肌を重ねる。

 体の相性がよかったのか、ものすごく気持ちよかったことだけは覚えている。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 窓から差し込む光が、まぶたの奥を刺激する。


「……ん」


 目が覚めて、まずゼオルトが感じたのは気だるさだった。

 ダッルい。そして頭が痛い。これは、昨日はかなり悪い飲み方をしたっぽい。


 記憶は、おおよそ失われている。

 そう、飲んで愚痴って、そして彼女と――、彼女?


「ああ、そっか……」


 そこだけは思い出した。

 自分と同じように、愚痴りまくっていた女性と意気投合したのだ。


 そして彼女が酔い潰れて、女将のご厚意で二階の宿の一室を貸してもらった。

 それから、え~と、それから……。


「あれ、何で裸なんだ、僕……」


 ようやくそこに気づく。

 そして、そこから芋蔓式に最後に流されたところが思い返される。


「……うわっちゃ~」


 上体だけを起こし、軽く頭を抱えた。

 そうか、そうだった。自分は意気投合した蒼髪の彼女と、ここで寝たのだ。


 正直、スゲェ気持ちよかった。果てしなく気持ちよかった。

 でもなぁ、これはさすがに僕も反省しないといかん案件でしょうよ……。


 思いながら、ゼオルトは隣に寝ている彼女へと目をやる。

 そして、固まった。

 あれ、これはおかしいぞ。何で、髪の色が赤に見えるのかな。あれ?


 しかも、人生で最も見慣れた赤色だ。見間違うはずがない。

 おかしいおかしいおかしい。昨日の彼女は、確かに蒼い髪色だったはず。


 え、何?

 飲みすぎて目ェおかしくなったか、僕?


「んぅ……?」


 と、ゼオルトが固まっていると、彼女の方も目覚めたらしく、モゾモゾ動き出す。

 起きようとする彼女を前に、ゼオルトの脳内はせわしなく回転し続けていた。


 いやいや、大丈夫。

 髪の色が同じことくらい、幾らでもあることさ。


 それに思い出せ、昨日の彼女の顔に傷跡はなかっただろ。綺麗なモンだったさ。

 だから大丈夫。彼女は違う。彼女は他人。彼女は別人。彼女は――、


「あ、おはよ……」


 言って、こっちを向く彼女の顔には、すっかり見慣れた、斜めに走る大きな傷跡。

 どこからどう見ても、その女性は『赤き傷口スカーレッド』マイシァ本人だった。


「何でだァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」


 魔王ゼオルト・グランの悲鳴が、朝の宿屋に響き渡った。

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