第五章 後編 目醒め

アルフィーユは、兄たちが蛇塊の凶悪な攻撃によって次々と倒れていく様を目の前で目撃した。彼らは、アルフィーユを守るために自らの身を挺して戦っていたのだ。兄たちの勇敢な姿と、その姿が突如として地に伏せる瞬間は、アルフィーユの心に深い絶望を刻み込んだ。彼は自分が無力であること、そしてその無力さが兄たちを危険に晒しているという事実に打ちのめされた。


エクランダルとタリオーンが地に倒れ、静寂が戻った湖のほとりで、アルフィーユは跪いた。彼の心は自己批判で満ちていた。「なぜ、私は何もできないのだろう?」「もっと強くあれたら…」という思いが彼女の心を苛み、涙が頬を伝った。彼は兄たちが自分のためにどれほどの犠牲を払っているかを痛感し、その重さに押しつぶされそうになった。


アルフィーユは自分がただの足手纏いであり、兄たちの負担にしかなっていないと感じていた。彼女は兄たちのように勇敢に戦うことができず、ただ彼らが倒れるのを見ているだけだった。この時、アルフィーユは自らの存在意義を問い、深い無力感に苛まれていた。彼女は「自分がもっと何かできたなら…」と後悔し、心の中で絶えず自分自身を責めた。


そして、蛇塊との戦いで毒を浴び、動けなくなっているタリオーンその目の前に不気味に笑う牙のない蛇が現れた。タリオンは咄嗟に最後の力を振り絞りその蛇を捕まえた。蛇は驚いた様子で、背後の蛇塊は暴れ、のたうち回っている。タリオーンはそのまま、蛇を握りつぶした、蛇塊の唄が絶叫へと変わる。


タリオーンの握り拳から光の粒が漏れ出て、彼女の胸へと入って行く、アルフィーユに変化が訪れた。彼女の内に秘められた力が覚醒し始め、彼女の周囲に輝く光が現れた。アルフィーユは、これまで自分が足手纏いであったと感じていた自責の念を振り払い、兄弟たちを守るために立ち上がった。彼女の手から放たれる光は、エクランダルとタリオーンの体を包み込み、毒と呪いを浄化し始めた。


アルフィーユは深呼吸をし、手を前に伸ばした。彼の手のひらからは、緑豊かな森を思わせる生命の光が放たれ、その光は蛇塊に向かって流れていった。光が蛇塊に触れると、その不吉な黒い鱗は次第に輝きを失い、蛇頭の動きも鈍くなっていった。アルフィーユの力は、蛇塊の毒と闇を浄化し始めていた。


蛇塊は苦痛にのたうち回り、湖面を荒らし始めたが、アルフィーユの光はますます強く、確実に蛇塊を包み込んでいった。彼女の浄化の力は、蛇塊の存在を根底から変えるほどの強さを持っていた。光が全てを覆い尽くしたとき、蛇塊の悲鳴が湖畔に響き渡り、その声は次第に遠のいていった。


最終的に、アルフィーユの光が蛇塊の闇を完全に浄化したとき、その巨大な体は崩れ落ち、湖は再び静けさを取り戻した。消え去る蛇塊の残骸からは、清らかな水が湧き出し、湖全体が生命の力で満たされたようだった。


アルフィーユは、その決定的な瞬間に深い湖畔でタリオーンに向かって静かに歩み寄った。彼女の足取りは軽やかで、まるでこの世のものとは思えないほど儚げだった。周囲の景色は息をのむほど美しく、夕焼けが湖面に反射して、天と地が一つに融合しているかのような幻想的な光景を作り出していた。彼女の顔には穏やかな微笑みが浮かび、その瞳は深い感謝と愛情で満ちていた。


アルフィーユはタリオーンの前に立ち、優しく言葉を紡いだ。「聖霊になってしまったからもう貴方の目の前に現れることはできない。今まで育ててきてありがとう。」その言葉は湖畔に静かに響き渡り、切ないほどの美しさを湛えていた。彼女の声は風に乗って、遠くへと運ばれていくようだった。


タリオーンはその言葉に心を打たれ、目に涙を浮かべながらアルフィーユを見つめた。彼は彼女の変化を感じ取りつつも、彼女への深い愛と尊敬の念を胸に秘めていた。アルフィーユが聖霊となり、この世を去ることを悲しみつつも、彼女が新たな存在として輝き続けることに希望を抱いていた。


アルフィーユはタリオーンに優しく接近し、彼の頬に柔らかなキスをした。その瞬間、彼女の体からは幻想的な光が放たれ、その美しい光が周囲の空間を包み込んだ。キスが終わると同時に、アルフィーユの姿は徐々に透明になり、最終的には光と共に消えていった。彼女が残したのは、湖畔に満ちる温かな光と、タリオーンの心に刻まれた深い愛と記憶だけだった。


タリオーンは静かに立ち尽くし、消え去ったアルフィーユを見送った。そして弓矢を夕日の方向へと射った、彼女が遺した言葉と愛情は、彼の心に永遠に残り続ける。アルフィーユの姿は消えたものの、彼女の精神は湖畔の美しい景色に溶け込み、常にタリオーンのそばにあり続ける。その日、湖畔は悲しみと美しさが交錯する、忘れられない場所となった。タリオーンはアルフィーユへの感謝と愛を胸に、彼女が見守る中、新たな一歩を踏み出す決意を固めた。エクランダルがタリオーンの足元を見ると、足の後ろの地面に弓矢が刺さっていた。

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千度謳われし神話 Old Boy 老青年 @old_boy

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