第五章 前編 瘴気の森の讃歌

 エクランダル、タリオーン、そしてアルフィーユは、異形の蛇塊ヨルムトグルが潜むとされる深い森への道を進んでいた。森は瘴気に満ち、その空気は重く、三人の呼吸さえも苦しくさせた。周囲の木々は病んでおり、かつての緑豊かな森の美しさは、今や毒に冒された死の風景に変わっていた。


 彼らは瘴気の影響を最小限に抑えるため、顔に布を巻きつけながら進行した。タリオーンの弓は常に張り詰めており、どんな突然の襲撃にも対応できるように準備されていた。アルフィーユは兄タリオーンの回復に安堵しつつも、ヨルムトグルに対する深い恐れと決意を心に秘めていた。エクランダルは剣を手に、グループをリードし、未知の危険に立ち向かう勇気を見せた。


 森の奥深くに進むにつれて、彼らはヨルムトグルの存在を肌で感じ始めた。空気はより一層冷たく、毒々しい霧が彼らの足元を這うように広がっていった。そして、ついに彼らはヨルムトグルが待ち構える場所に到着した。その場所は一見何の変哲もない清らかな湖のように見えたが、湖の水は不自然な静けさを保ち、その中心からは不吉な光が漏れ出していた。


 タリオーンは矢を引き絞り、アルフィーユは兄を支えながらも強い決意を顔に浮かべていた。エクランダルは深呼吸をし、剣を前に構えた。湖面は鏡のように滑らかで、一切の波紋を欠いているかのように見えた。しかし、その静寂は彼らにとって不穏なものであり、湖の奥深くには何かが潜んでいることを示唆していた。湖の周囲には古びた木々が立ち並び、その枝は重苦しい空気を湖面に向けて垂れ下がっていた。


 二人は湖を一周するように進んでいき、その異様な静けさの源を探った。タリオーンの弓は常に張り詰めており、彼の矢はいつでも放たれる準備ができていた。一方、エクランダルは聖剣を手に、湖から突如として現れるかもしれない脅威に備えていた。


 湖の畔を歩くうちに、湖面がゆっくりと動き始め、水中から何かが現れる兆しを感じ取った。突然、湖から巨大な蛇塊が姿を現した。その蛇塊は湖の静けさとは裏腹に、凶暴な気配を放ち、二人に対して敵意を露わにした。蛇塊の体は暗黒の鱗で覆われており、その蛇頭のような部分は水面を滑るように動き、エクランダルとタリオーンを狙っていた。


 タリオーンは迷わず弓を引き絞り、矢を蛇塊に向けて放った。矢は正確に蛇塊の体を貫いたが、その影響は蛇塊にとっては些細なものに過ぎなかった。蛇塊は痛みに怒り、さらに激しく二人を攻撃し始めた。エクランダルはタリオーンと協力し、蛇塊の動きを読みながら、聖剣で反撃を試みた。聖剣から放たれる光は、蛇塊の暗黒の鱗を一時的に退けることに成功したが、蛇塊は容易には退かなかった。


 二人は蛇塊の攻撃を回避しつつ、その弱点を探し続けた。湖の周囲の木々は二人の戦いを見守るかのように、風に揺れていた。しかし、その間も蛇塊の攻撃は執拗で、触手のような部分は変幻自在に動き、二人を捕らえようとした。エクランダルとタリオーンは息を合わせ、蛇塊との戦いを続けた。


その蛇頭は無数にあり、それぞれが独立した意志を持つかのように動き、空気を切り裂いた。タリオーンは冷静に弓を構え、エクランダルは聖剣を手にその巨大な体を見据えた。蛇塊のうちの一つの頭が不気味に笑いながら二人を狙う。触手が襲い掛かる中、タリオーンの放った矢が一つの触手を貫き、エクランダルの聖剣が光を放ちながら別の触手を断ち切った。


しかし、蛇塊の力は圧倒的で、切り落とされた蛇頭はすぐに再生し、さらに激しい攻撃を仕掛けてきた。触手から放たれる毒液が二人の動きを阻もうとしたが、エクランダルの聖剣から放たれる聖なる光がそれを浄化し、二人を守った。戦いは激化し、タリオーンの矢とエクランダルの剣が蛇塊に対する唯一の反撃手段となった。


蛇塊の攻撃は絶え間なく、触手はあらゆる方向から二人を狙った。エクランダルとタリオーンは背中合わせで戦い、互いの守りを固めながら、次々と迫りくる触手を撃退した。エクランダルの剣は蛇塊の触手を次々と切り裂き、タリオーンの矢は蛇塊の弱点を狙い撃ちした。しかし、蛇塊の攻撃は留まることを知らず、二人に対する圧力を強めていった。



 戦いは次第にエクランダルとタリオーンにとって厳しいものとなっていった。蛇塊の攻撃は容赦なく、その蛇頭は絶え間なく二人を狙っていた。湖の静けさは完全に破られ、戦いの激しさがその静寂を飲み込んでいった。二人は激しく抗戦し、聖剣と弓矢を駆使して蛇塊に立ち向かったが、蛇塊のうちの一つの蛇頭がにやりと笑いながらアルフィーユを狙い始めたのを見て、戦況は一変した。


 その瞬間、エクランダルとタリオーンの間には決断が下された。二人はアルフィーユを守るために、自らが蛇塊の攻撃を受け止めることを選んだ。エクランダルは聖剣を高く掲げ、タリオーンは最後の矢を放つ。しかし、蛇塊の攻撃は圧倒的で、その触手が放つ毒と打撃は二人を直撃した。


 攻撃を受けた瞬間、エクランダルとタリオーンは強烈な痛みと共に地に倒れた。体中を駆け巡る毒によって、二人は動くこともままならなくなり、戦闘の続行は不可能となった。アルフィーユは絶望の中、兄たちが自分を守るために倒れるのを目の当たりにし、その場に跪いた。


 その時、蛇塊の蛇頭たちが一斉に唄い始めた、これがかの呪いの歌であった。その唄をタリオーンは聴きながらふと昔の思い出が蘇った。


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 其れは住む場所を追われたエルフ同士が争いを始めた時のことだった、タリオーンはその時まだ幼く、父と母に愛されていた、しかし、人間の傭兵たちが隣の部族に雇われ、鉄の武器で他を圧倒し、両親は殺されてしまった。


 父、母:『タリオーン早く逃げろ!』


 タリオーンは言われるがままに逃げた、逃げた、逃げた、どれほど逃げただろうか、まだ瘴気の汚染もはっきりと現れていない生まれ故郷からずいぶん離れた場所だった、まさに今戦っている戦場のように汚染された場所に赤ん坊が捨てられていたのである。その腕には牙のない蛇が噛み付いていた。タリオーンは、急いでその蛇を取って捨てた。

 そしてその赤ん坊を拾って今の里へ行き、アルフィーユを育て上げたのであった。

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