第2章ー6

「率直に言うわね。十一月十七、十八日の『音響祭おんきょうさい』、二人で二台ピアノを演奏なさい!」


 「音響祭」というのは、一般の中学校でいうところの学園祭のようなものだ。おばけ屋敷や喫茶店などの出店があるのは、一般の中学校の学園祭と同じだが、此処彼処で、ピアノや弦楽器のコンサートや、ブラスバンド部や合唱部のコンサートが催され、オペラ研究会によるオペラの上演が行われる点が、一般の学校の学園祭とは異なっていた。中でも「音響祭」最終日に、慧都音中のメインコンサートホールで催される「慧都クラシックコンサート」は、毎年、もっとも盛り上がる目玉イベントで、有名なプロの演奏家や、マスメディア、音楽評論家や大手のクラシック音楽のレコード会社のスカウトマンなどが、才能豊かな演奏家を発掘しようと、躍起になって訪れる。ゆえに、「慧都クラシックコンサート」に選出される生徒は、優秀な生徒ばかりだ。


「はっ?」


 想定外のフレグランス婦人の命令に、俺は怒りを露わにした。


「何言ってるんですか? そんなの無理に決まってるじゃないですか? 先生だって、俺と泉の実力が雲泥の差だって、わかりきっている筈でしょう? 泉が1人で弾けばいいじゃないですか? 何で俺が、泉と共演しなきゃならないんですか? 先生は俺に、聴衆の前で恥をかかせたいんですか?」

「お黙りなさい! これは、学長の命令なのよ! 私だって、泉くんとあなたの実力差なんて、わかりきっているわよ!」

「だったら、どうして?」


 ブチ切れた俺の声が、職員室全体に響き渡った。この様子を見兼ねた佐渡さわたりが、いかにも重そうな腰を上げた。佐渡 洋さわたり ひろしは、泉の実技担当講師だ。見事に、金の卵を手中に収めた幸運の講師。長身で恰幅の良い見た目に反し、発せられる声はテノール歌手並の高音だ。佐渡は、今にも、ロッシーニのオペラ『セビリアの理髪師』でも上演するかのような声を発しながら、こちらに向かって来た。


「まあ、まあ、まあ、呉林先生、一旦深呼吸をしてクールダウンしましょうよ。そのような話の切り出し方では、谷村舜くんが怒るのも無理もないですよ」


 そう言いながら、佐渡は、スー、ハーと深呼吸をして見せた。金の卵を引き当てた幸運な講師は、心に余裕があるようだ。

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