第2章ー5
フレグランス婦人に連行されて職員室に入ると、そこには、俺が、校内で最も会いたくない人物がいた。
「泉くん、お待たせしちゃってごめんなさいね。貴重なお昼休み時間にお呼び出ししちゃってご迷惑だったかしら?」
先程までのヒステリックなフレグランス婦人は、いったい何処に行ってしまったのだろう? 俺から、貴重な昼休みの時間を奪ったことに対して謝罪の気持ちはないのだろうか?
「いえ、呉林先生、お気になさらないでください。お気遣いいただきありがとうございます」
俺の視界に映し出されたのは、俺とまったく同じ姿形をした、絵に描いたような優等生だった。恐ろしいことに、これは、優等生のフリではなく、谷村泉の嘘偽りのないありのままの姿なのだ。素直で温厚、努力家で謙虚、決して他人を見下したりしない。そして、誰に対しても分け隔てなく優しい。”大天使ミカエル”が泉だとしたら、”堕天使ルシファー”は、自動的に俺ということになる。まあ、兄と弟は逆だけれど……
「あらぁ……本当にお顔は瓜二つなのにねえ……」
フレグランス婦人は、泉と俺を交互に見比べながら、嫌味ったらしく言った。俺は、あからさまにムッとした表情をした。フレグランス婦人の甘ったるい香水の匂いが、効きの悪い職員室のクーラーが吐き出す生温い風に乗って、俺の鼻腔に突き刺さった。俺が”堕天使ルシファー”だとしたら、あの場所は、紛れもなく、地獄の最下層”コキュートス”だった。
「先生、緊急事態のお話って何ですか?」
俺は、一秒でも早く”コキュートス”から逃げ出したくて、フレグランス婦人に早く話をするように促した。フレグランス婦人も、俺に負けじと、ムッとした表情を俺に向けた。
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