第2章ー4

 ”落ちこぼれ三人衆”という、不名誉極まりない呼称が付けられた俺たちは、という共通項で繋がった仲間だった。涼真は、国内屈指の指揮者である、芹沢拓真せりざわ たくまの息子であり、姉の芹沢真由希せりざわ まゆきも、将来が期待されている若手ピアニストとして活躍している。竹井 晴音もまた、典型的な音楽一家に生まれ、父は有名なチェリスト、母はヴァイオリニスト、双子の兄と姉も、ウィーンを拠点としてピアニストとして活動しており、特に、竹井空音たけい くおん美音みおんの双子の兄妹のデュオは、海外でも高く評価されている。


「谷村弟! 今すぐ、職員室に来なさい!」


 突如、フレグランス婦人のキンキン声が、二年B組の教室内に響き渡り、昼休みの長閑な雰囲気をぶち壊した。


「二万ヘルツ。騒音レベルだ」

 俺はボソッと呟いた。

「えーっ? 先生、今、貴重な昼休みの時間なんですけどー」

「お黙りなさい! 緊急事態よっ!」


 慧都音中に入学してから、俺の主張が、フレグランス婦人に尊重されたことなど一度たりともない。無駄な抵抗だと悟った俺は、

「はい、わかりましたー」

 と腑抜けた返事をし、フレグランス婦人に強制的に連行された。振り返ると、涼真と晴音が、俺のことを、牧場から市場へと売られていく可哀想な子牛を見るような目で俺を見ていた。そんな二人とは対照的に、渋谷ニナしぶたに になは、「ザマアミロ!」という顔をして、せせら笑っていた。


 渋谷ニナは、二年A組とB組のピアノ科八十名の生徒の中で、常に上位三位以内に入っている成績優秀者で、幼少期から”神童”と騒がれ、すでに、国内外を問わずリサイタルなどの演奏活動を行なっている有名人だ。彼女が九歳の時に、満を持して挑んだ「ショパン国際ピアノコンクール in ASIA」で、泉がGold Prizeを獲得し、ニナがSilver Prizeに甘んじたことで、マスメディアは面白がって騒ぎ立てた。ニナは、この時のことを根に持っているようだ。慧都音中に入学してからも、泉がいるがために、一位を取ることができず、泉のことを異常なほどライバル視している。そして、彼女の中で消化することができない苛立ちの矛先は、泉の落ちこぼれの弟である俺に対して向かっており、ニナは、俺を見下すことで鬱憤を晴らしているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る