第2章「音響祭」ー1

 根本的にピアノが好きになれなかった俺は、自分の天性の才能に甘んじ、次第に練習を怠るようになった。そんな俺に対し、天性の音色の良さを持っていた泉は一切の妥協を許さないストイックな猛練習で、弱点だった技術面も克服し、それは、最早弱点ではなく”強み”へとなっていた。泉の”音色”はとても優しくて美しい。泉のピアノを聴く人全ての心を惹きつけ虜にする。”音色”というものは、生まれ持ったものであり、”テクニック”と違って、訓練することで身につけられるものではない。俺には、その才能がなかった。俺は、テクニックをひけらかすような曲ばかりを選んで弾いて天狗になっていた。俺の演奏を聴く人たちは、

「たった七歳で、こんなに難しい曲が弾けるなんてすごいね!」

 と言って褒めてくれたけど、その言葉は、昔、家族四人で観に行ったサーカスを観た時に口を衝いて出た、

「すごいね!」

 と、同じ響きを持っていた。要するに、俺のピアノ演奏は、曲芸のようなものだったのだ。


”音色”に加えて”テクニック”をも味方につけた泉は、最早無敵で、九歳になる頃には、ジュニアのピアノコンクールの最難関と言われるコンクールで初優勝した。皮肉なことに、泉を優勝へと導いた曲は、泉が六歳の頃、上手く弾けなくて、泣きながら弾き続けた、ショパンの『ワルツ Op.64-2』だった。このコンクールを制覇したことで、泉は、世間の注目を集めることとなり、一躍時の人となった。そして、それに呼応するかのように、母の関心も、俺から泉へと移っていった。

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