第2話白馬に乗った王子様

『森永探偵事務所』



事務所に到着するなり、シチローは今回の依頼の情報整理にかかった。


「まず、依頼者は『山口耕太』君……去年から図書館に勤める22歳の真面目な青年だ。」


それに続いて、てぃーだが説明を始めた。


「そして、これが相手の『北条詩織』さん……耕太君のスマホの待ち受け画面から写真を移させて貰ったわ。」


正面からでは無い、まるで盗撮写真の様な視線の外れた斜めからのアングルの写真は、耕太の一方的な恋愛の困難さを顕著に物語っていた。


「この写真じゃ分かり難いけど、確かにキレイな女性のようだ。……洋服のセンスも良いし、良家のお嬢さんって感じだな……」


これが写真を見たシチローの感想だった。



片思いの男の恋愛の手助けをする……今までにこんな依頼を受けた事が無いシチローは、何から手を付けたら良いものか思案を巡らせていた。



「ねぇ……女性の立場から見て、今回の依頼を解決させるにはどうしたらいいと思う?」


シチローは、3人に問い掛けてみた。


「う~ん……耕太君が詩織さんの理想の男性だったら問題無いんだけどね」


最初に、ひろきがもっともらしい事を言った。


「理想の男性って言うと?」


シチローの更なる問いに、ひろきが答える。



「あたしのダーリンは、水泳の高飛び込みの選手で~スッゴクかっこいいよ」


「やっぱり、女性はいくつになっても『白馬に乗った王子様』を待っているものなのよ」



子豚が、それに続いて答えた。




「つまり…理想の男性ってのは……

って事か?」




「そんなヤツいる訳ね~だろ!」



てぃーだ、子豚、ひろきの3人が一斉にツッコミを入れた。



てぃーだが呆れ顔で説明する。



「つまり……彼女のピンチに、どこからともなく現れて助けてくれるような男性の事よ」




「白馬に乗った王子様ねぇ……」




やがて、さんざん考えた挙げ句にシチローがある作戦を練り上げた。







名付けて

『白馬に乗った王子様作戦』



翌日……

山口耕太は、シチロー達に図書館の外に呼び出された。



「あの…今日は僕、シフトで休みなんですけど……」



「耕太君!のほほんと休んでる場合じゃないぞ!…これから『白馬に乗った王子様作戦』を遂行する!」



「何ですか?それは……」




シチローが立てた作戦はこうだ……



図書館から出てきて帰りのバスを待つ詩織に、『変質者』に扮装したシチローがしつこく絡みだす……心底困り果てている詩織のもとへ、颯爽と耕太が登場し、シチローをカッコ良くやっつけてしまう……




「そして~危ない所を助けて貰った詩織さんは、耕太君に一目惚れして~めでたしめでたし…という訳だ♪」



「そんなベタなやり方……」



「文句言わない!

…いいかい!現れるタイミングが大事だからな!」




耕太の不安げな心境をよそに、シチロー達4人は、耕太を連れて詩織が現れるのをじっと待った。


待つ事一時間……

ようやく図書館の外に詩織が姿を見せた。



都合の良い事に、辺りに人影は無いようだ……



てぃーだ、子豚、ひろき、耕太の4人は見つからないように塀の影に隠れて様子を見守り、シチローはゆっくりと詩織の方へ向かって歩いて行った。




「ヘッヘッへ~♪

オイラは変質者だぁ~♪」



「シチロー…なんて下手な演技なの…台詞棒読み……」



舞台役者が本業であるてぃーだが、思わずダメ出しをする。



「まあ…変な男には変わりないわね♪」



子豚の方は妙に納得していた。




それでも、シチローの只ならぬ雰囲気は詩織には伝わったようだ。



「あの…何か……」



「おぅ~ねえちゃん~オイラとちょっと付き合っちゃあくんねえか~?」



「いえ…あの…もうすぐバスが来るので……」



「いいじゃねぇかよ~♪オイラが家まで送ってやっからよ~♪」



シチローは、詩織のすぐそばまで近寄りその腕を掴んでグイと引き寄せた!



「誰か!」



詩織が震える声にならない叫び声を上げた!




その時!



「彼女から手を離せ!」




(ナイスタイミングだ!耕太君)



背後から浴びせられたその声を聞いて、シチローは更に演技を続けた。



「なにぃぃ! 誰だぁキサマ~!」



凄みを効かせて振り返ったシチローだったが……






「あれ……? アナタは一体……」




そこに居たのは……








「見ての通り、私は『国民の生活と安全を守る警察官』だが!」



シチローの後ろに立っていたのは、その時たまたまそこを通りかかった本物の警察官であった。




「いや、あのですね……これにはがございまして……」



「わかったわかった。君のその深~い訳は、交番の方でゆっくり聞こうじゃないか」



この手の輩の扱いは手慣れたものだ。警官は笑顔でシチローの腕に手錠を掛けた。



「えぇぇぇぇっ! ちょっとぉ~! ティダ~! コブちゃ~ん! ひろき~!」


「他人のフリ……」



『白馬に乗った王子様作戦』は失敗に終わった……






変質者として警官に交番まで連行されてしまったシチローだったが、本人の懸命な弁解によって、なんとか無事に事務所に帰る事が出来た。(もちろん警官にはこっぴどく叱られたが)




「まったく! ヒドイ目に遭ったよ!」



「『カツ丼』は出なかったの?」



あっけらかんとした顔で子豚が聞いてきた。



「そんなもん出る訳ないだろっ!」



☆☆☆



翌日からシチロー達は、耕太の勤める図書館に入り浸っていた。




別に何か考えがある訳でも無いのだが、ここに居れば依頼の解決策が見つかるかもしれない。



「くれぐれも他の方の迷惑にならないようにして下さいよ。」



耕太は少し迷惑そうだ。



「アタシは詩集でも読んでいようかしら♪」



てぃーだは、好きな詩集が読めるとあってまんざら悪くは無い様子だった。



子豚とひろきはといえば……



「ねぇシチロー、漫画は無いの?」



「ビール飲んでもいい?」



この2人は図書館という所を・・・・



勿論、ターゲットの詩織も毎日のように図書館に通っていた。




幸いな事に、変質者とシチローが同一人物である事に詩織は気付いていないようだ。




……そんなこんなで一週間が経った。




まだ解決のきっかけすらつかめず、シチロー達に焦りの色が見えてきた頃……



ある事件が起こった。



いつものように隅の席で推理小説を読んでいた詩織が、パタンと本を閉じ立ち上がった。



華奢そうなその手首をくるりと回すと、センスの良い小さな腕時計の時刻を確認する。



そして、小説が並べてあった本棚の方へと歩いて行くと、持っていた小説を戻しその隣の本へと指をスライドさせた。



「無いわ……」



詩織が次に読もうとしていた、先程の推理小説の『下巻』が無かった……



その本がある筈の場所には、貸出中を知らせる数字の書いてある木の板が挟まれていた。



推理小説の謎を解かないままでいる事程、気持ちの悪い事は無い。



詩織は、いくらか早足で耕太達のいるカウンターへと歩いて行き、板の番号を伝えるとその小説の返却日を尋ねた。



耕太は内心ドキドキものだった!



憧れの詩織と会話が出来るのは嬉しいが、今の彼女の心持ちは決して上機嫌とはいえない。



耕太は掌に汗がじっとり湿った手で、パソコンに番号を打ち込む。



「あれ?」



パソコンの検索画面には、該当する推理小説のタイトルが赤色の文字で映し出されていた。



返却日を延滞しているという意味である。




心配そうに耕太を見つめる詩織の顔を、耕太はまともに見る事が出来なかった。



「ちょっとお待ち下さい……」



耕太は俯いたままそう答えると、後ろで古書の整理をしている上司にこの事を相談した。



「来週位と言っておけばいいだろ。」



「でも、もう3日も遅れているんですよ!」



「ウチは金貸しじゃ無いんだから…おおっぴらに延滞者に催促する訳にもいかんのよ。」



上司はさほど気にする訳でも無く、中断していた古書の整理を再開してしまった。




さっきよりも湿り気を増した掌をズボンの横で拭いながら、耕太は申し訳無さそうに再び詩織と対面した。



「あのですね……」



その耕太の言葉に割り込む様に、後ろから思わぬ台詞が飛び出した!




「その小説、今夜お宅にお届けしましょう!」



その声の主はシチローだった。



シチローは、この些細な出来事を見逃さなかった。



この小説を現在の延滞者から取り戻し、それを耕太に届けさせれば、詩織はきっと耕太に感謝の気持ちを抱くに違いない。




感謝からはじまる“愛”もあるはずさ!




シチローは、詩織に住所と電話番号を聞くと管理ノートにサラサラと書き込む真似事をした。(本当は既に調査済みだ)



…と、突然詩織が不思議そうな顔をしてシチローに問いかけてきた。



「あの…どこかでお会いになりましたっけ?」



「えっ?……さ、さぁ…他人の空似じゃないですかね……」



まさか、あの時の『変質者』だったとは詩織も想像がつかなかったろう……



そうして話がまとまると、詩織は深々とお辞儀をしてから腕時計でバスの時間を確認しながら図書館を出て行った。



「さあ!小説を取り戻しに行くぞ!」




その一時間後には、お揃いの『黒いジャケットに派手な柄のシャツにサングラス』という姿のチャリパイの4人が延滞者のアパートの前に集結していた。



その格好は意味があるのか?



♪ピンポーン



「ん…誰だ?」



アパートの自室で寝転がってTVを観ていた延滞者の大木伸夫は、珍しく鳴った玄関のブザーの音に面倒臭そうな顔で背中を起こした。



「どちらさん?」



「〇〇図書館の者ですが♪」



ドアの外からは、澄んだ女性の声が聞こえた。



〇〇図書館と聞いて、大木は思い出した。



そういえば返却していない小説があった。今度ついでの時にもし覚えていたら返せば良いや…位の気持ちでいたのだ。



大木は、チッと舌打ちをすると頭をボリボリ掻きながら、のっそりと立ち上がった。



♪ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポーン



「はいはい!わかったよ!」



大木はそう怒鳴ると、玄関のドアを半分だけ開けた。



「こんにちは♪」



予想していた光景とだいぶ違う。外にはサングラスをした怪しい4人組が立っていた。



大木は、無言のまま半開きのドアを閉めようとしたが



ガツッ!



それよりも一瞬早く、シチローの足がその隙間に割り込んだ!



「なんだお前ら!」


「だから図書館の者です♪」


「そんな図書館の者がいるかっ!」



シチローがニッコリ笑って答えた。


「正確には、図書館に雇われた『取り立て屋』です♪」



それと同時に子豚が“かるくヤバイ”体重を掛けてドアを思い切り引っ張った!



「うわあぁぁっ!」



ドアノブを握っていた大木は、勢い余って外に飛び出した。



「なんだよ~!ちょっと位返すのが遅くなったからって!」



そう抗議する大木に、子豚がが啖呵を切る!



「おどれぇ!3日も遅れるたぁ~どないな訳じゃい!

たった今貸した本返さんかったら~~~命がナンボあっても足らんどぉぉっ!

おおっ!?」



「ヒッ!ヒェェ!」



TVでやっていたドキュメンタリー『闇金の恐怖』を参考にした子豚のドスの効いた言い回しに、大木はすっかりビビッてしまった。



「小説はどこよ!」



ビール瓶を振り上げるひろきにも怯えながら、大木は部屋の中の机の上を指差した。



「あ…あそこです……」




ドカドカドカ!




「ああっ!ちゃんと靴脱いで下さいよ!」



「あったわ♪」



てぃーだが小説を手に取って確認した。



「よし♪引き上げるぞ!」



そして、すっかり静かになったアパートの通路には放心状態でへたり込む大木伸夫の姿だけが残った。




普通に返してもらえないのか……















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