チャリパイEp6~恋のエンゼルパイ~
夏目 漱一郎
第1話今年最初の依頼
2024年1月……
年末に大掃除はしたものの、役所は既に休みに入っていてゴミの回収に間に合わなかった……なんて御家庭も有るのではなかろうか?
そんな家庭が案外多いらしく、古紙回収業者(いわゆるチリ紙交換)は
新しい年を迎えても結構な需要があるようだ。
『え~~毎度お騒がせ致しております。
チリ紙交換で御座います! ……古新聞、古雑誌、ボロ布等~ございましたら~チリ紙と交換致します!』
横を追い抜いてゆくドライバーの冷たい視線を浴びながら、歩くような速度でチリ紙交換のトラックが道路の隅を走っていた。
そして、その後ろを付いてゆくように1台の車が走っている……
『え~~毎度お騒がせ致しております。
森永探偵事務所で御座います!
浮気調査、人捜し、殺人事件から犬の散歩まで~何でも受け付けますよ~♪』
『……え~~チリ紙交換で御座います!
少量の古新聞でも構いません!こちらから、取りに伺います!』
『え~~森永探偵事務所で御座います!
今なら報酬が、お安くなってます! 今がチャンスですよ~♪』
『チリ紙交換です! 今ならチリ紙増量中~!』
『森永探偵事務所です! 今なら、抽選でお米10キロプレゼント~♪』
『む………………』
『うぬ……………』
『モリ紙交換事務所です!』
『だぁぁ~っ! 一緒に喋るんじゃねえ! お前ら俺にケンカ売ってんのかぁ~っ!』
☆☆☆
「おじさんに怒られちゃったよ。シチロー……」
しょんぼり顔で、ひろきが言った。
「そうは言っても、こっちだって一応仕事なんだけどな……」
クリスマスから正月にかけて、毎日ドンチャン騒ぎの宴会ばっかりしていた森永探偵事務所は現在非常に苦しい経営状態にあった。
「何としても依頼を貰って、今月を凌がないと!」
チリ紙交換のオヤジに怒られながらも、こうやって車で宣伝活動をしているのはそんな理由からだった。
「あっ!シチロー! ほら、あそこで主婦らしき人がこっちに手招きしてるわよ!」
子豚が指差した先には、中年女性が落ち着かない様子でシチロー達の車を待ってい
「さては、浮気調査の依頼かな」
シチローは女性の横に車をつけると、ドアのガラスを下げて愛想よく挨拶した。
「毎度ありがとうございます!森永探偵事務所です~」
「助かったわぁ~♪ この『古新聞』持ってって下さる?」
「・・・・・・・」
「え~い! もうやめた! メシにしよう。メシに!」
「いっそのこと、チリ紙交換に仕事変えする?」
そんなてぃーだの冗談は、意外と的を得ているかもしれない……
シチローは近くのファミレスの駐車場に車を停め皆を降ろすと、ドアロックしたキーを指先でクルクル回しながら言い放った。
「ワリカンだからな!」
☆☆☆
「どうして『ドリンクバー』にはビールが無いんだろう……」
グラスで運ばれて来たビールを飲みながら、ひろきがもの足りなさそうに呟いた。
「それは、ひろきみたいなのが全部飲んじまうからだろ……」
『底なしビール好き』のひろきにかかれば、あながち有り得ない事ではない。
「ねぇティダ、そのお肉一切れ頂戴」
子豚は皆の食事から一品ずつもらい、ようやく満足する食事量に達したようだ。
「う~ん……依頼が来ないと困るよなぁ……」
そう言って渋い顔で食後のタバコに火を点けるシチローに、突然てぃーだが声をかけ目配せをする。
「シチロー……」
てぃーだの目の先を追うと、シチローの背後には先程から1人の男がぼんやりと立っていた。
「追加注文は無いわよ!」
「コブちゃん違うわよ……ウェイターの人じゃないから。」
「どうしました? 私達に何か用ですか?」
「あの……」
眼鏡を掛けて少し気弱そうなその男は、てぃーだに促されようやく口を開いた。
「さっきの話は本当なんですか? ……その何でも受け付けますって……」
シチローの目が輝いた。
「えっ! もしかして仕事の依頼?」
4人の態度は、男の言葉を聞いてガラリと変わった。
「まあ、とりあえずこちらにお座りになったら~♪よかったら、このハンバーグ食べます?」
「コブちゃん、誰でも食べ物あげれば喜ぶと思ってないか?」
「コブちゃん……それ、あたしのなんだけど……」
そう言って、ひろきがムクれた。
「それで、依頼の内容というのはどんな事なんです?」
シチローはシリアスな表情を取り繕おうとするが、久しぶりの依頼についつい顔がほころんでしまう。
「実は……」
男は眼鏡をずり上げながら話をし始めた。自然とシチロー達の体が前のめりになる。
「僕の名前は『
「わかった! その図書館から宝物の在処を示した古文書が見つかったとか?」
「違いますよ……」
子豚の割り込みで、いきなり話は中断された。
「コブちゃん、話の腰を折らないの! 耕太君、続きをどうぞ。」
シチローに促されて耕太の話は続いた。
「実は、その図書館によく姿を見せる一人の女性に、どうやら僕は恋をしてしまったようです。……ミステリー小説のページを興味深そうにめくるその顔は何とも美しく、僕の心臓は締め付けられそうな程に……」
(単なる恋愛相談かよ……)
身を乗り出していた4人は、揃って溜め息をつきながら椅子の背もたれに背中を預けた。
「あの……やっぱり駄目でしょうか……こんな依頼は?」
「いやいや!そんな事はありませんよ! …どんな依頼も引き受けるのが森永探偵事務所のモットーですから」
この依頼を断れば、次はいつ依頼が舞い込んでくるのか分からない。選り好みをしている場合ではない。
「つまり、その女性と耕太君がうまく付き合えるように仲を取り持てば良い訳ね?」
「私達に任せなさい~」
「大丈夫。『恋のキューピット』ならぬ『恋のエンゼルパイ』にお任せあれ~」
4人は慌ててフォローをすると、山口耕太の依頼を正式に受け入れた。
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