数年前、覚醒前、病院1

 数年前ー


 シュウゴは病院のベッドに座っていた。右膝に包帯を巻いていた。ベッド脇のかごにスパイクが置かれていた。スパイクはよく手入れされていた。彼の愛用のスパイクだった。

 パイプ椅子に若い女が腰掛けていた。彼女の表情は冷ややかだった。

「ご迷惑をかけてすみませんでした」シュウゴはいった。

「それで結局、来週の試合までには治るのかしら。はっきりしないなら、監督さんは早く別の選手に変えたいらしいのよ」奈央はいった。彼女はチームのマネージャーだった。

「診察はこれからですが、もちろん治ります。治しますとも」

 奈央は美人だった。元Jリーガーと女優の娘で、兄もJリーガーだった。シュウゴのチームのエースの三村と付き合っていた。

 三村は子供の頃からプロのクラブの下部組織でプレーしており、大学卒業後はそのクラブに内定していた。三村はチームの大黒柱だった。

 奈央はその三村を公私ともども支えていた。チームにとって重要人物だった。

 シュウゴは密かに奈央に憧れていた。その奈央が、おそらく監督の指示とはいえ、様子を見にきてくれた。彼は内心喜んでいた。

 自転車事故だった。自転車に乗って練習にいく途中、よそ見をしていて転んだ。誰のせいでもなかった。自分が悪かった。

 試合や練習中ならともかく、日常生活で自己管理をきちんとできないやつはスポーツ選手として失格だ。何をいってもいいわけにならない。

「監督さんは早く別の選手に変えたいらしいのよ」

 チーム優先の当然の考えだった。シュウゴの代わりなんていくらでもいる。

 試合までには、なんとしても治さなくてはならないとシュウゴは思った。ようやく手にしたチャンスを、監督がくれた大きなチャンスを、こんなつまらない不注意でふいにしてしまう。

 監督の期待をくずかごに捨てるようなものだ。間に合わなかったら、レギュラー候補を外されるだろう。どんな手を使っても試合までには治さなくてはならない。愛用のスパイクにシュウゴは誓った。

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