数年前、覚醒前、病室3

「監督さんに伝えておくわ」

 病室でしょげこむシュウゴにそれだけ告げると、奈央は病院を去った。

 シュウゴは抜け殻となった。看護士から今後しばらく続く通院治療や日常生活の説明を受けた。

 右膝をテーピングとサポーターで固定した。松葉杖をついて一人暮らしのアパートへ帰った。家のベッドに腰を下ろし、松葉杖をベッドへ立て掛けた。

 テーピングをはがした。サポーターを外した。膝に痛みが走った。動かすことができないほどだった。

 怪我の重さがはっきりした。これは無理だ、とシュウゴは思った。来週の試合に間に合うとは思えない。

 彼は愛用のスパイクを手に取った。高校二年生の頃から同じメーカーの同じグレードのスパイクをはいていた。

 スパイクは重く、岩のようにごつごつしていた。もっと軽かったりかっこよかったり、優れたスパイクは他にいくらでもあった。しかし、微妙に幅広のシュウゴの足には、このメーカーのこのグレードのスパイクが最もフィットした。

 シュウゴは、スパイクを新調するとき、必ず同じスパイクを買った。近頃は生産中止になり、簡単には手に入らなくなった。今のこのスパイクもインターネットで探し回ってようやく手に入れた。

 シュウゴは松葉杖をついて風呂場へいった。スパイクの手入れを始めた。

 紐と中敷を取り外し、洗った。ブラシで靴底の汚れを落とした。濡れタオルで表面をふいた。落ちない汚れはクリーナーとクロスで落とした。縫い目と巨大なベロの汚れを指で押し上げて落とした。クリームをスパイクに丹念に塗り込んだ。シューキーパーを入れて日陰に干した。

 その後シュウゴが通院治療のため病院へ戻ることはなかった。


 ある日試合が終わり、彼はスパイクをはいたまま家へ帰った。スパイクをはいたまま風呂場へいった。

 風呂場の椅子に座り、膝のテーピングとサポーターを外した。その日も彼の活躍でチームは勝利した。超ロングシュートも一度放った。

 シュウゴは左のスパイクを脱いだ。鉛のような疲労が全身へのし掛かった。

 息を整えた。濡れタオルを口へくわえた。歯を食い縛った。右のスパイクを脱いだ。

 右膝に火山が噴火したような激痛が走った。シュウゴは唸り声をあげて悶え苦しんだ。

 風呂場に横たわりぐったりした。長い時間起き上がれなかった。起き上がれるようになると、彼は右足をひきずって椅子へ座り、いつものようにスパイクの手入れを始めた。

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