三村

 覚醒前ー


「いいから突っ込んでいけよ!」

 ある練習試合で、三村はシュウゴを怒鳴りつけた。シュウゴはボールに突っ込んでいった。

 ハーフタイム、シュウゴは三村に胸ぐらを捕まれた。

「お前なんか怪我してもいいんだから、何も考えずボールへ突っ込んでいけよ!」


 覚醒前ー


 遠征のバスの中、大学の新聞が皆に配られた。その新聞には、サッカー部員を一人一人紹介する記事が掲載されていた。

「『努力は無限、シュウゴの強さ』だってさ」

 新聞を読んでいた三村がいった。

「『努力は無駄、シュウゴの弱さ』の間違いじゃねえか?」

 バスの中に笑いが巻き起こった。


 覚醒後ー


「なあシュウゴ」

 ある試合のあと、ロッカールームで三村はいった。

「俺はお前のことをよく知らなかった。努力家だとは思っていたが、才能はないと思っていた。でも間違っていた。お前はうまい。インカレが始まって、多くの人がお前のプレーを目の当たりにしたら、大変なことになるだろう。お前の才能は俺より上かもしれない。お前はすごい。ロベカルみたいだ」

「ありがとうございます!」シュウゴはいった。「なんて、以前の俺ならいったかもしれない。あんたにはあれほどバカにされていたのに、それでもびくびくとあんたの顔色をうかがって、尻尾をふって喜んだかもしれない」

 三村に限らない。俺はいつだって、人の顔色をうかがってきた。臆病風を吹かせてきた。怒られたくない、嫌われたくないと常に思っていた。

 人はいつどのタイミングで怒り出すのか、悪口をいい出すのかわからない。だから俺は人を恐れた。

 結局、俺は自分に自信がなかった。人の悪意から身を守らんがため、努力家という無罪な殻をかぶり、濃厚な会話には決して立ち入らず、表面をつるつると滑るようなことを一言二言いって、お茶を濁して逃れてきた。

 ところが今は、誰であろうとちっぽけな無価値な人間に思えてならない。誰であろうと、顔色をうかがう価値はない。俺はもうそんなことをしなくてもよいのだ。

「しかし三村さん、俺にとって今のあんたは、顔色をうかがう価値のない人間だ。あんたはつまらない。公衆浴場の隅っこのほうに捨てられている、ふやけて薄汚いカットバンのようだ。あんたはプロにでは通用しない。プロでは並以下の選手だ。まあがんばれば、努力は無限、三村の強さ、なんて褒めてもらえるかもな。おっと間違えた。努力は無駄、三村の弱さ、だったかな。おおかわいそうに。ロベカルみたいだって? これまでずっと見下してきたつまらない相手におべっかまでいって、なんとおぞましい、気持ち悪いやつ」

 目をぱちくりさせて聞いていた三村は、シュウゴに謝罪した。これまで色々すまなかったと。

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