第36話 思わぬ事実と悩み

◇アルフィリア視点◇


 私―—アルフィリア・マルガゼントは、とあることで悩んでいた。

 かれこれ一時間は考えがまとまらず、どうすればいいのかわからないままお借りしている部屋のベッドの上で縦横無尽に転がっていた。


 私がこうして頭を悩ませることになったのは、今朝の朝食の時間にまで遡る――。

 


 お祭りに行ってから二日経った今日のこと。

 私は愛さんたちとともに同じ食卓で朝食を取っていた。

 優さんは朝から用事があるらしく、少し早めに朝食を食べて出かけていたので、私と愛さんと希さんの三人で朝食をいただいていた。


「それにしても、アルフィリアちゃんもだいぶ料理の腕が上がったんじゃないかしら」

「いえ、まだまだです。愛さんの作って下さるものに比べると……」


 こちらに来てから、少しでもお役に立てるようにと、私から愛さんにお願いをして料理を教わっていた。

 最初に比べればだいぶマシにはなってきたと自負しているけど、まだ愛さんの作るものの美味しさには程遠い。


「それでも上達したことには変わりないわ。ねえ?希さん」

「そうだね。とても美味しいよ」

「あ、ありがとうございます」


 真正面から褒められるとさすがに少し恥ずかしいけど、悪い気はしない。

 でも、まだまだなのは変わりないので、これからも研鑽を積むだけだ。

 

「あ、そうだわ!アルフィリアちゃん。三日後の木曜日にをやるから、そこの予定だけ空けておいてもらえるかしら?」

「えっ……?」


 たん……じょう……び?

 誕生日……?


「えぇ!?み、三日後が優さんの誕生日なんですか!?」


 思わぬ事実に私は大声を上げてしまった。

 

「びっくりした……」

「あっ!す、すみません……」

「その様子だと知らなかったみたいだね」

「はい……初耳です」


 優さんからもそういった話は全然なかったし、私自身誕生日を祝われたことがほとんどなかったので、全く考えもしなかった。

 

「あの子ったらそういう話は恥ずかしがってしないものね」


 愛さんはそう言うけれど、普通自分の誕生日なんてわざわざ前もって人に言うものでもないのでは?と思うが、ぐっと飲み込む。

 でも、こうして知ってしまった以上は私も何かの形でお祝いをしたい。


「……その顔は、優をどう祝うか考えているわね?」

「えっ?」


 そんなに顔に出ていたのだろうか。

 愛さんに言い当てられてしまった。


「アルフィリアちゃんの元いた世界では、誕生日とかってどういう風に祝っていたの?」

「……私は祝われたことはありませんでしたが、いつもより豪華な食事にしたり、贈り物をしたりするのが一般的でした」

「なるほど……。あまりこちらと変わらないわね」

「そうなんですか?」

「うん。こっちでもプレゼントを渡したり、その人の大好物を作ってあげたり、外食したりするのが多いかな」


 誕生日を祝う風習に大きな違いがないと、希さんたちが説明してくれた。

 だとすれば、私ができるお祝いは料理……いや、これは普段からしていることなのであまり特別感がないような気がする。

 だとすると……。


「もしよかったら、優に贈り物をするというのはどうかしら?」

「そうだね。もちろん僕たちも用意するつもりだけど、せっかくならアルフィリアさんからもなにか贈ってあげるといいんじゃないかな。きっと喜ぶよ」

「……私からの贈り物、受け取ってもらえるでしょうか」

「大丈夫よ。アルフィリアちゃんが一生懸命選んだものなら、優も嫌がったりしないわ」


 贈り物……か。

 今まで誰かに自分で選んで何かを贈ったことはなかったので、上手く選べるだろうか。

 でも……もし、それで優さんの喜ぶ顔が見られるならば。


「……わかりました。考えてみます」



 というようなことがあり、現在優さんへの贈り物をなににするべきかと頭を悩ませていた。

 

「困りました……」


 人生で初めての贈り物になるので、できるかぎり失敗したくないけど、優さんの好きな物とか、気に入りそうなものが思いつかない。

 思えば本人があまり自分の話をしないので優さんのことってあまりよく知らない気がする。

 まだこちらに来てから半年も経ってないのだから、知らないことが多くて当然とはいえ、どうするべきか。

 さすがに本人に何が欲しいのか聞くわけにはいかない。

 できれば秘密にして、当日に渡して驚かせたい。


 一人で考えても埒が明かないので、ひとまず最近使い慣れてきたばかりのスマホで検索をかけてみよう。


「男性……誕生日……贈り物、と」


 この世界の道具、スマートフォンは連絡を取ったり、写真を撮れるだけでなく、こうして知りたいことを調べられる機能まで付いているので、とても便利だ。

 正直この便利さを知ってしまったら、これなしでは生きていけなくなるのではないかと不安になってしまうレベルの代物なので、なるべく使うのは最低限にしている。

 しかし、いまは知りたい情報の為に、この機能をフル活用させてもらおう。


「男性が喜ぶプレゼントランキング……」


 気になる情報が載っていそうなページを見つけ、それを開く。

 そこにはファッション用品やアクセサリー、お酒や名前入りの小物など色々興味深いものが載っていた。

 ファッション……は優さんあまり興味がなさそうだし、アクセサリーも身に着けている様子はない。

 お酒はこちらの世界だと18歳未満は飲むことは法で禁じられているのでダメだ。

 名前入りの小物……はよさそうだけど、値段とかはどうなっているのだろうか。

 

「……買ったとしても届くのに数日かかるんですね」


 名前入りのプレゼントは値段自体は思ったほど高いわけではなかったけど、名入れをする関係上、買ってから届くまでに時間が掛かってしまうようで、当日に間に合わない可能性があるのでこれも難しそうだ。


「どうしたらいいんでしょう……ねえ、金魚さん」


 ベッドの横に置かれた金魚鉢の中で優雅に泳ぐ金魚に声を掛ける。

 私の悩みなんて知る由もない金魚さんは、自由気ままに泳いでいる。

 返答が返ってくるわけでもないのに、私はなにを聞いているんだろう。


 いよいよどうするべきか八方塞がりになってきたところで、私のスマホからメッセージが届いたことを告げる音が鳴る。

 急いで確認すると、二菜からメッセージが届いていた。


『やっほー。明日優の誕生日プレゼント買いに行こうと思ってるんだけど、よかったらお茶しに行くついでに買いに行かない?』


 優さんの誕生日を一緒に買いに行かないか、というお誘いだった。

 これは、天からの救いの手だ。

 一人で考えて分からないのなら、優さんをより知る人に相談すればいいのだ。

 二菜なら間違いなく適任なので、このお誘いはぜひとも受けなくては。


 というわけでさっそく行きたいという旨のメッセージを打ち込む。


『はい!ちょうど何を渡すか悩んでいたので、できれば相談にも乗ってほしいのでぜひご一緒させてください!』


 我ながら喜びが文から滲み出ているなと思いつつも、実際ありがたいと思っているし、一緒に出掛けられるのは嬉しいので、それは仕方がない。

 程なくして二菜から返信が来た。


『おっけー。じゃあいつもの場所に朝10時集合ねー』

『わかりました』


 こうして、明日は二菜と二人で優さんの誕生日プレゼントを選ぶショッピングに行くことが決まったのだった――。

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