第35話 綺麗

◇優視点◇


「……もういいのか?」

「ええ……ありがとう」


 先ほどまで感情が爆発して俺の胸の中で泣いていた二菜は、どこかスッキリした顔をしていた。

 

「でも、いっぱい泣いたせいで目が腫れちゃったわ。誰かさんのせいで」

「ごめん」

「冗談よ。そんな申し訳なさそうな顔しないでよね」

「いてっ」


 申し訳なさで謝罪を口にすると、二菜は俺のおでこにデコピンを放つ。

 

「私はただ勢いで告白して、それに優が返事をして振られただけなんだから。優の心を最後まで掴めなかった私が悪いんだから」


 二菜はそう言って、どこか吹っ切れたような顔で笑う。

 きっと、まだ色々思うところはあるだろうに、そんなの気にするなと言うように明るく振る舞っている。

 もし、アルフィリアと出会う前に二菜の気持ちに気づいていたなら、この告白を受け入れていただろうか。

 ―—いや、もしもの話を今更したところで今は変わらない。

 

「それよりも、いい加減フィリアを待たせるのはよくないわ。花火始まるまで時間もないでしょ」

「……ほんとだ」


 二菜に言われてスマホで時間を確認すると、時刻は19時13分と表示されていた。

 花火が始まるのが19時30分からなので、本当に時間がない。

 スマホにもアルフィリアからのメッセージが何件も届いていた。

 『二菜は見つかりましたか?』というメッセージもあり、相当心配しているようだ。

 早いところ合流しないと、アルフィリアが心配のあまり俺たちを探しに来るかもしれない。

 俺はアルフィリアに『二菜を見つけた。これからそっちに向かう』と送って、スマホを仕舞う。


「それじゃあ早いとこアルフィリアと合流するか」

「ええ」


 俺と二菜はアルフィリアの待つ場所まで、今までと変わらない距離感で向かった。

 

 

「あっ!優さん!二菜!こっちです!」


 アルフィリアからのメッセージに書かれていた場所へ向かうと、アルフィリアが大きく手を振って居場所を教えてくれた。

 だが、大きな声でこちらを呼ぶものだから、周りにいた人たちの視線まで集めてしまってアルフィリアはすぐに恥ずかしさで咄嗟に手を下げてしまった。


「やれやれ……」


 恥ずかしさで肩身の狭い思いをしているアルフィリアの元に、俺たちは急いで向かうことにした。

 時刻は19時23分、どうやらなんとか間に合ったようだ。


「フィリアごめんね、心配かけt……うわっ!?」

「よかったです!よくご無事で!」

「ちょ、ちょっと!フィリア苦しい!!」


 俺たちがアルフィリアの元へたどり着くや否や、アルフィリアは二菜に抱き着いた。

 連絡しても繋がらないし、人混みで探すのも困難だったからよほど心配だったのだろう。


「あ、ごめんなさい。つい……」

「いいわよ。私も心配かけちゃったし、それに……」

「それに?」

「……いえ、この話はまた今度にしましょう」

「……?」


 二菜の言いたかったことが何のことか分からず、アルフィリアは首をかしげる。

 おそらく二菜が言いたかったのは、先ほどの木の下で起きた告白や俺の知らない間にアルフィリアとしていたという勝負の件だろう。

 今この場で話さないのは、おそらくアルフィリアを気遣ってのことなのだろう。

 

「まあ、今度お茶でもしながらゆっくり話しましょ。それよりもうすぐ花火が始まるし、ね?」

「……わかりました」


 二人の間で話もまとまったようなので、これでアルフィリアも花火を楽しめるだろう。

 だが、俺はいろいろ気になることがあり、今この時も思考を巡らせていた。


 二菜からの告白も、俺がアルフィリアに恋心を抱いていることを見抜かれていたというのも、一体いつから?という点も気になるのだが、一番気になるのはアルフィリアと二菜の勝負の内容が「どっちが先に俺に告白させられるか」というものだったことだ。

 この勝負はアルフィリアも俺のことが好きでなければ成り立たない勝負であり、もし仮にそうだとすれば、アルフィリアとは両想いということになる。

 そういえば、二菜と初めて遊びに行った日を境にアルフィリアからのスキンシップが増えたり、距離感が縮まったような気がする。

 ということは、その時から勝負は始まっていたのだろう。

 二菜の想いに応えられなかった時点で自動的にアルフィリアの勝利はほぼほぼ決定していて、後は俺がアルフィリアに告白をするだけだ。

 

「……やっぱ、話してからだよな」

「えっ?優さんなにか言いましたか?」

「い、いや、なんでもない」


 考え事が口からポロっと零れてしまったみたいで、急いで誤魔化す。

 

 このまま告白すれば、きっと受け入れてもらえるような気がしているが、それはあくまでもアルフィリアととして接している俺しか知らないからかもしれない。

 だから、告白はまだしない。

 昔あったこと、それによって俺がどうしていたのか。

 そして、この気持ちがアルフィリアと一花さんを重ねて見ているからではない、ということを伝えたい。

 

 俺がそう考えをまとめたところで、ちょうど時間になったのかヒュ~~~~!という音とともに花火が空に打ち上げられた。


「あっ!始まりました!」

「ええ、始まったわね」


 花火が始まったことでアルフィリアもテンションが上がったのか少しはしゃいでいる。

 最初に出会ったころはもう少し大人っぽくて儚げな少女だったが、いまではまるで子供のようにはしゃぐ普通の女の子だ。

 向こうの世界で受けられなかった愛情も、楽しい時間も、この世界でたくさん与えたい。

 そして、幸せにしたいと本気で思った。


 そう決意を心の中で固めたところで、大きな音とともに夜空にいくつもの大きな花が咲き誇った。

 この場にいる人が全員空に咲く花に釘付けの中、俺は隣に立つアルフィリアを見つめる。

 目を大きく見開いて、その青い瞳に花火を映しているアルフィリアはとても可愛くて――。

 

「優さん!花火ってすごく綺麗なんですね!」

「……ああ、綺麗だな」


 ほとんど花火を見ていないのに、自分の口から自然と綺麗だという言葉が飛び出す。

 アルフィリアはこの言葉の真意に気づくことなく「おお!今度はもっと大きいです」と感嘆の声を上げながら、花火に釘付けだ。

 

「……ほんと、綺麗だ」


 俺は花火が終わるまでの間、ほとんどアルフィリアの横顔を眺めるのだった――。

 

 

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