第34話 恋の終わり

◇二菜視点◇


 私は最低だ。

 フィリアとの約束を破って、目の前にいる幼馴染を困らせて、それで私は自分を満足させようとしているのだから、後で責められても文句は言えない。

 でも、自分の気持ちにケジメをつけたかった。

 ケジメをつけて、このお人好しな幼馴染と優しくて可愛い友達の背中を押したいから。


「―—あ~あ。負けちゃたな~」


 目の前で私からの突然のキスと告白にいまだ混乱している優を置いて、私はおどけたように言った。

 負けとはもちろん、フィリアとの勝負だ。

 優がフィリアのことが好きだと確認したし、自分から告白はしないというルールを自分で破っているのだから、私の負けだ。


「負けってなんだよ」

「そのままの意味よ。私はフィリアとの勝負に負けたの」

「アルフィリアと勝負って……」

「どっちが先に優に告白させられるかって勝負よ」

「…………」


 私はなるべく平静を装って、いつもの調子で会話する。

 でも、優はやはり思うところがあるのか表情が曇っている。

 優しい優のことだから、きっと私の気持ちに気づけなかったことに負い目に近いものを感じているのだろう。

 

「……ごめん。気づけなくて」


 案の定、優から出たのはそんな言葉で。


「……いいわよ。アンタがお姉ちゃん一筋だったことは知ってるし、フィリアと出会ってからはフィリア一筋だったってことも……私に勝ち目がないってことも分かっていたから」

「…………」

「でも、勝負には負けたけど、自分の気持ちにはケジメをつけたかったの。だから、さっきの告白の返事はいらないわ。優はフィリアにどう告白するのかだけ考えればいいの。わかった?」

「……ああ」


 まだ納得の行っていない様子だったけど、優はひとまず私の気持ちを汲んでくれたのか首を縦に振ってくれた。

 このまま、家に帰るまでこの泣きそうな気持ちを抑えられそうで安心した。

 またスッキリした顔で一緒にいたいから、泣く姿は二人のいないところで。

 いまはとにかく、最後までこのお祭りを楽しむ。

 だから、いまはこれでいい。


「それで、今日フィリアに告白するの?」

「……いや、まだ告白はしない」

「それはどうして?」

「まだ、話さないといけないことがあるから」

「……お姉ちゃんのこと?」


 私が話したい内容を予想して聞くと、優は静かに首を縦に振る。


「……そう」

「止めないのか」

「止めないわよ。優がどうしてフィリアに話したいのかは分かってるわ。なかなか話せないでいる理由も私に関係している話だから話していいか悩んでいたからだろうし」

「お見通しか」

「何年一緒にいたと思ってるわけ?それくらい分かるわ」

「……そうか」

「それに、フィリアも知りたがっていたから……お姉ちゃんのこと」

「……えっ?」


 どうしてフィリアが姉のことを知っているのか、と言った顔をする。

 

「海に行った日に人魚から助けたアンタが、無意識にお姉ちゃんの名前を呟いていたらしいわよ。綺麗だとも呟いていたって」

「……マジか」

「うん。だから、優が話したいなら話してあげなさい」

「……わかった。ありがとう」


 きっと、フィリアが想像しているよりも暗い話になるだろうけど、それでも知りたいだろうし、優も知ってもらいたいと思っているのなら話すべきだと思う。

 誰彼構わず話したいと思える話ではないけど、フィリアにならいい。

 きっと、優が前進するのにも必要なことだと思うから。


「それじゃ、フィリアも待っているんでしょ?早く合流しましょ」


 話はこれで終わりだ。

 あとはフィリアと合流して花火を楽しむだけだ。


「……待って」


 歩き出そうとした私を、優が引き止める。


「なに?」

「……二菜の気持ちに応えられなくて、ごめん。そして、ありがとう……こんな俺を好きだって言ってくれて」


 優から飛び出したのは、いらないと言ったばかりの告白の返事。

 

「……返事はいらないって、言った、じゃない……」


 私は震える声で、そう訴える。

 視界が少しずつ揺らいでいく。


「悪い。でも、どうしても言いたかったから」

「なに……それ……せっかく、がまん、してた、のに……!」


 抑えようとしていた、見せたくなかった涙が頬を伝い始める。

 応えられないと直接言われたことで、私の恋は終わったのだと告げられたみたいで、どうしても悲しくて、悔しい気持ちが涙となって溢れ出てくる。

 優は涙を流す私に近づいて、そっと抱き寄せてくれた。

 ほんと、昔からこういうところだけは変わらない。

 初めて一緒に夏祭りに来た時も、はしゃいではぐれてしまった私を見つけてくれたのは優で、安心して泣いた私を今みたいに抱きしめてくれたっけ……。

 思えば、その日も今と同じ場所だ。

 私が初めて優を好きだと自覚したのもそのときだ。

 同じ場所で恋をして、そして失恋してしまった。

 そう思うと、余計に悲しさと悔しさが溢れだしてきて、余計に涙が止まらなくなった。

 でも、花火が始まるまでには泣き止まないと。

 フィリアが待っている。

 三人で花火を見たいから。

 だから私は、そのまま気が済むまで優の胸の中で涙を流すのだった――。


 こうして私の恋は終わった。

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