第32話 夏祭り

◇優視点◇


 海へ行った日から二週間が経ち、夏休みも残り半分を切った。

 海に続き、プールへ行ってアルフィリアに泳ぎ方を教えつつ遊んだり、二菜とアルフィリアの二人で遊びに行ったりと、俺たちは十分に夏休みを満喫していた。

 とはいっても、夏休みの課題などもあるので遊んでばかりいたわけではない。

 学生の本分は勉強だ。

 課題だけでなく、ある程度の復習もしておかなければ夏休み明けに行われる試験で大きく躓く可能性もあるのだ。

 なので遊びに行っていない日のほとんどは課題をこなしたり、復習をしながら過ごしていた。

 我ながら真面目過ぎると思うが、二菜のように直前で慌てたくはない。

 というか二菜は課題の方は進んでいるのだろうか。

 かなり遊びに出掛けているようなので、最終日になって泣きつかれないことを祈るばかりである。


「と、そろそろ時間か」


 俺はノートに走らせていたシャーペンの手を止め、部屋に掛けられた時計を確認する。

 時刻は16時手間を指していた。

 今日はこのあと二菜とアルフィリアの三人で夏祭りに行くことになっている。

 集合時間は17時なので、今頃アルフィリアは母さんに浴衣に着替えさせられている頃だろう。

 俺もぼちぼち勉強を区切りにして、いつでも出かけられるように準備を始めた。



 軽く身支度を済ませて一階に降りると、ちょうどアルフィリアに浴衣を着せ終えたところだった。

 今回アルフィリアは母さんの浴衣を借りている。

 母さんは最初アルフィリア用の浴衣を買おうとしていたが、注文をしてから届くまでに時間が掛かり、夏祭りに間に合わないとのことで、今回は断念して母さんのものを借りる運びになった。

 

「あ、優さん」

「おう。準備できてるみたいだな」

「はい。とても素敵な浴衣を貸していただきました」


 アルフィリアは俺に浴衣を見せるために身体を少し回転させる。

 花柄の青い浴衣に身を包み、普段は下ろしている銀髪を後ろで結んでいて、非常に可愛らしい姿を俺に見せて来る。

 

「すごく似合っているよ」

「ありがとうございます」

「私としてはやっぱりアルフィリアちゃん専用の浴衣を用意したかったわ」


 母さんはというと、やはり納得がいっていないのか少し残念そうにして肩を落としている。

 まあ俺も、アルフィリアにもっと似合う浴衣があるならそれを来てほしいという気持ちはあるので、落ち込むのもわからなくはない。


「いえ!こんな素敵な浴衣を貸して頂けただけでもすごく嬉しいですよ!ありがとうございます!」

「今度改めてアルフィリアちゃん用の浴衣を買いに行きましょう!今年はダメでも来年着られるように……!」

「えっあの……ほんとうにお気になさらず……」

「愛さん、アルフィリアさんが困っているよ。それにそろそろ二人共出かけないと集合時間に間に合わないんじゃないかい?」


 父さんに言われて時計を確認すると、いまは16時20分ごろ。

 たしかにそろそろ出ないと遅れてしまう。

 そのことについて二菜にいろいろ言われる事態はなるべく避けなくては。


「それじゃあ、アルフィリア。二菜待たせるとうるさいからそろそろ行くぞ」

「あ、はい」


 本気で悔しがる母さんを置いて行き、俺とアルフィリアは二人で「いってきます」と両親に告げながら家を出て、夏祭り会場へと向かった。





 夏祭り会場に会場に到着すると、すでに二菜がいた。

 

「二菜、お待たせしました」

「二人共遅いわよ」

「遅いって……まだ約束の時間の15分前だぞ」

「私を待たせてるんだから遅いわ」


 時間通りどころか10分以上前に着くように動いたというのに、理不尽な言われようだ。

 

「二菜も浴衣なんですね」

「どう?似合う?」

「はい、とっても」


 二菜はイメージにぴったりな赤い花柄の浴衣に身を包んで、アルフィリア程長くはない黒髪を後ろでお団子状に結んでいた。

 なんだかんだ一緒に夏祭りに来るのは久しぶりなので、このお団子状に結んだ髪型も懐かしく感じる。

 

「とりあえず移動しようか。このあとさらに人が増えるだろうし」

「それもそうね」


 というわけで、俺たちは祭りを楽しむために会場へ足を踏み入れた。



「―—これはなんですか?」


 夏祭りの会場に足を踏み入れた俺たちは、最も空いていた金魚すくいをやりにきていた。

 アルフィリアもすっかり興味を示した様子で、これはなにかと聞いてきた。


「これは金魚すくいだな」

「金魚すくい?」

「そこに泳いでいる金魚をポイっていうものですくうゲームよ」

「ポイ?」


 簡単に説明をしてみてもアルフィリアはよくわかっていない様子だ。

 

「説明されるより実際にやってみたほうが早いな」

「そうね。……すみません、金魚すくい一回お願いします」

「はいよ!300円ね」

「はい」


 アルフィリアが屋台のお兄さんに料金を支払うと、ポイと水が少し入った器が渡される。

 

「これが、ポイ……って、この張り付いているのは紙ですか?」

「正確には和紙だが……まあ紙だな」

「それをあの水槽につけて、金魚をすくいあげるのよ」

「これを水の中にって……破けませんか?」


 アルフィリアは渡されたポイと水槽を交互に見て目を丸くしている。

 水の中に紙を入れたらふやけてしまう。

 そんなもので魚をすくうとなれば、簡単に破けてしまうと考えるのは至極当然のことで、そんなことできるわけがないと考えるのも仕方がないことだ。

 

「難しいのは確かだけど、それを使って金魚はすくえるのは間違いないわ」

「とりあえずやってみればいいよ」

「わ、わかりました」


 やてみるように促すと、アルフィリアは緊張した表情でポイを構える。

 あんなに緊張していたら水に入れた瞬間に振動で余計にポイの紙が破れる気はするのだが、あえて何も言わずに見守ることにする。


「―—えいっ!」


 何とも可愛い掛け声で水槽の中で優雅に泳ぐ金魚に狙いを定めてポイを振るう。

 しかし、勢いよく振るったために水圧でポイが破れ、狙っていた金魚はポイの穴からすり抜けていってしまった。

 アルフィリアは穴の開いたポイと優雅に泳ぐ金魚を交互に見つめて、目に見えるようにしょんぼりしてしていた。


「……無念です」

「あれだけ勢いよくポイを振るったら、そりゃあ破れるわよ……」


 俺と二菜は落胆するアルフィリアを我が子を見るような気持で見つめる。

 おそらくポイを水に浸けておくと紙が弱くなるからスピード勝負で挑戦したんだろうが、残念ながら金魚すくいはそこまで簡単なゲームではない。


「残念だったねお嬢ちゃん!よかったらこれ持っていきな!」


 屋台のお兄さんは金魚一匹が入った袋をアルフィリアに渡す。


「これ、いただいてもいいんですか?」

「もちろん!頑張ったお嬢ちゃんにご褒美だ」

「あ、ありがとうございます!」


 アルフィリアは少し元気を取り戻して、その金魚を受け取る。

 実際にはすくえなかった人にはああやって一匹プレゼントしているようなのでご褒美というわけではないが、店員さんなりの優しさでそういうことにしたのだろう。

 アルフィリアも笑顔になって受け取っているので、まあよしとしよう。


「いただいちゃいました!」

「よかったな。でも、その金魚飼うのか?」

「あ、もしかしてダメ……でしたか?」


 俺が思わず聞いてしまったので、アルフィリアは家で金魚を飼うことはダメだったと思い込んでしまったようだ。

 もちろんダメなわけではないので、きっちり否定しておく。


「いや、ダメじゃない。ただ世話はしっかりするようにな」

「―—っ!わかりました。ちゃんとお世話します!」

「よかったわねフィリア」

「はい!……宜しくお願いしますね、金魚さん」


 アルフィリアはすごく嬉しそうにしながら、袋を持ち上げて中で泳いでいる金魚を見つめる。

 あとで母さんたちにも金魚鉢や餌とかの相談もしておかないとな。

 もしこの祭り中に金魚が死んでしまったらアルフィリアもひどく悲しむだろうから、この祭り中にも水温とかなるべく気にするようにしよう。

 そう思いながら、金魚すくいの屋台を後にした。



 それから俺たちは小腹が空いたので、焼きそばやたこ焼き、ぐるぐるソーセージなどを食べたりして、お祭りを楽しんでいった。

 アルフィリアはこういったお祭りは初めてのようで非常に楽しんでくれている。

 喜んでくれているのなら連れてきてよかったと思う。

 なんだかんだ嬉しそうに、楽しそうにしているアルフィリアを見ると、俺も嬉しくなるのだ。

 これからもたくさんいろんな楽しいを教えてあげたいし、元いた世界で幸せになれなかった分、こっちの世界では幸せになってほしいと思う。


 腹ごしらえも済んだので、花火が始まる前に軽くつまめるものを買って場所取りに行こうとしたところで、アルフィリアがあることに気づく。


「―—あれ?二菜はどこに行ったんでしょう」

「……えっ?」


 アルフィリアに言われて周囲を見回すが、たしかに二菜の姿が見当たらない。

 会場内も人が多くなってきたので、もしかしたらはぐれてしまったかもしれない。

 

「まあ、こういうときは焦らずに連絡すればいいか」


 そう思って、スマホで電話を掛けるが……。

 機械音声で「電波の届かないところにいるか、電源が入っておりません。」というアナウンスが流れるだけでつながらなかった。

 

「繋がらないな……」

「えぇ!?」

「困ったな……」


 二菜も高校生なので、はぐれたところで大きなトラブルには巻き込まれないとは思うが、合流する手段がないのはさすがに心配だ。

 

「……悪い、アルフィリア。花火大会の場所取り頼む」

「えっ……」

「二菜を探してくるから、場所取っておいてほしい。二菜を見つけたらすぐにそこへ向かうから、場所決まったら連絡してくれ」

「いえ、私も探しに行きます!」

「いや、これで三人とも合流できなくなるほうが問題だ。だから俺が連れて来る」

「ですが……」

「頼む」

「……わかりました」


 俺だけで探しに行くという案に、アルフィリアは渋々と言った感じで了承する。

 

「助かる」

「絶対戻ってきてくださいね」

「もちろん」

「二菜のこと、よろしくお願いします」

「ああ。それじゃあ後でな」

「はい」


 俺はアルフィリアと別れて、二菜を探しにいくのだった――。



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 更新が遅れてしまい申し訳ございません!

 まだまだ更新していくので、期間は空いてしまうこともあると思いますが引き続きよろしくお願い致します!

 それと、新シリーズを書こうかなと思っているので、そちらも合わせてよろしくお願い致します!

 読んでいただきありがとうございました!

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