第31話 風呂上がりの牛乳は最高
◇優視点◇
俺と父さんは、温泉でアルフィリアたちと別れて男湯に入っていた。
ひと通り身体を洗ってから、温泉に浸かる。
そういえば、父さんと一緒に風呂に入るのはずいぶん久しぶりな気がする。
「いやぁ、いい湯だね」
「そうだな。疲れた身体に染み渡るな」
「そういえば、身体のほうは平気なのかい?」
「平気って?」
「洗脳されていたんだろう?それで身体になにか影響は出ていないかい?」
「特に問題ないな」
身体には異常もなく、後遺症のような症状もない。
アルフィリア曰く、洗脳の時間がもっと長ければ何かしら障害が残った可能性もあったとのことだが、幸いにも彼女が助けに入ってくれたおかげでその心配もない。
「それはよかったよ」
「心配かけてごめん」
「まったくだね。といっても、今回の場合は仕方がないさ」
「まあな」
実際に魔法というものを身をもって体験したが、あれは普通の人に抗う術はないだろう。
気を強く持つとかそういった次元の話ではなく、気が付いたら意識を持っていかれているのだ。
「こんなことを聞くのはあまり良くないかもしれないけど、どんな感じだったの?」
「洗脳されている間の話か?」
「うん。興味本位で聞いてみたくてね」
あのときのことはそこまではっきり覚えているわけではないが、できるだけ思い出そうと目を閉じる。
「……あまりはっきりとは覚えていないけど、すごいふわふわとした感覚がずっと頭の中にあって、聞こえてきた声に従うこと以外を考えられなくなるような感じだったと思う」
「そういえば言っていたね。声が聞こえたって」
「ああ、こっちにおいでって誘われるように頭に響いていた。その声が聞こえてから意識がはっきりしなくなった」
「恐ろしいものだね。自分の意思に関係なくそれ以外を考えることが出来なくなるっていうのは」
「まったくだ。しかも聞こえてきた声や、見せられた幻覚が一花さんだったからな。余計に質が悪い」
「……一花さんだったんだね」
あのとき覚えているのは、声が聞こえてきてから意識がはっきりしなくなったことと、最後に見た顔が一花さんだったということだけで、他のことはほとんど覚えていない。
なぜあの人を見せられていたのかは定かではないが、洗脳において見せられる幻覚は、その人にとってもっとも記憶に残っている人が現れるのではないかと考えている。
もし最後に見たのが一花さんではなく、アルフィリアや二菜だったなら、もしかしたら疑問に思って立ち止まれたかもしれない。
まあ立ち止まれたとしても海の中じゃ人魚に勝てるわけもないので、どのみちアルフィリアに助けに来てくれなかったら俺はここにはいなかっただろう。
改めて感謝しかない。
「もう洗脳されるのは二度と御免だね。今度アルフィリアに洗脳対策でも授けてもらおうかな」
「それはいいかもしれないね。あんな未知の存在が実在していると分かった以上は対策くらい持っておかないとこの先怖いからね」
半分くらい冗談で言ったつもりだったが、父さんはどうやら本気で教わったほうがいいと考えているらしい。
その表情もどこか真剣に見える。
やはり今回ばかりはひどく心配させてしまったのだろう。
……真剣にアルフィリアに今度聞いてみることにしよう。
「俺も聞いていいか?」
「なんだい?」
「松尾さんと父さんってどういう知り合いなんだ?」
俺も興味本位で聞いてみることにした。
ここに来た時に大学からの知り合いだということは簡単な自己紹介で聞いているが、詳しいことは知らない。
「松尾君とは大学で同じ新聞サークルに所属していて、そこから交流がある友人だよ」
「そうなのか」
父さんが大学でサークルに入っていたことにも驚きだが、新聞サークルなんてものがあることにも驚きだ。
あまり父さんの昔話は聞かないのでなんだか新鮮だ。
「それで、久しぶりに再会したらこの旅館で働いていることを聞いて、ここに来ることにしたと?」
「そうだね。彼は元々会社員だったけど、この旅館で働いている娘さんと結婚を機にこっちに転職したって言っててね。もしよかったら来ないか?ってここを紹介してくれたんだ」
「なるほどな」
結婚を機に転職までするということは、すごい奥さんが好きで離れたくないからなのか、行動力があるからなのか、とにかくいい人だということは父さんの表情から見ても感じ取れた。
「さて、そろそろ出ようかな。優は?」
「俺も出るよ」
「そうかい」
あまり長い間浸かっていてものぼせてしまうだけだし、冬ならまだ冷えた身体を温めていただろうが、今は夏なのでそこまで身体は冷えていないので長居は無用だ。
というわけで俺たちは少々早いが、温泉を出ることにしたのだった。
俺たちは温泉を出てすぐ近くの自動販売機でとある飲み物を購入する。
そしてその飲み物の蓋を開けて、腰に手を当てぐいっと一気に飲む。
「―—……ぷはっ!やっぱりお風呂上がりの牛乳は最高だ」
温泉といえばお風呂上がりの瓶の牛乳だ。
コーヒー牛乳もいいが、定番のノーマルな牛乳が温まった身体に染み渡る感覚はなにものにも代え難い。
「まだ高校生なのに、そんなおっさんみたいな感想はどうなんだい?」
「しょうがないだろ。うまいんだから」
「まあ、わかるけどね」
そう言いつつ父さんも同じように手に腰を当て、買ったコーヒー牛乳を一気飲みする。
「あら、二人共もう上がってたのね」
「あ、牛乳飲んでる。私たちも飲みましょフィリア」
「ぎゅ、牛乳ですか?」
牛乳を堪能していると、思いの外早く母さんたちも温泉から出てきた。
俺たちが牛乳を飲んでいるのを見た二菜は、困惑しているアルフィリアを連れて一緒に牛乳を買いに行く。
「んぐ!……ぷはぁ!やはりお風呂上がりの牛乳は最高ね!」
「…………」
俺たちと同じように牛乳を購入した二菜は、腰に手を当て一気に飲み干す。
先ほど父さんにおっさんみたいと言われ思うところがあったが、実際に目の当たりにすると確かにと思ってしまった。
もちろんこんなことを言うと、二菜に怒られるので口にはしないが……。
そんな二菜の一気飲みを見ていたアルフィリアは、牛乳を手にしたままどうすればいいのかわからないと言った風に固まっていた。
「どうしたんだ?」
「いえ、あの……私もあんな風に一気に飲み干した方がいいのでしょうか……」
「ん~……それはアルフィリアの自由だけど、俺たちはあれをするのが気持ちいいからそうしてるだけだし、特に決まりはないな」
「気持ちいい、ですか?」
「一番最初の冷えた状態で飲み干すと、温泉で温まった身体に冷たい牛乳が染み渡るように感じるんだ。温泉に来たらまず間違いなく俺は一気飲みする」
「そ、そうですか……」
「まあ、もちろん無理にやらなくてもいいと思うぞ。普通に飲んでも――」
「―—いえ、私もやります」
普通に飲んでもいいんだぞ、と言おうとしたところでアルフィリアは意を決したように瓶のふたを開ける。
そして俺たちと同じように腰に手を当て、飲む体制になる。
「……んっ!……んぐ……んぐ……」
上を向きながら牛乳を一気に飲み干していく。
そして――。
「ぷはっ……美味しい……」
見事に飲み干すと、艶美な顔を浮かべながらうっとりとしていた。
お風呂上がりのせいもあってか、非常に色気を感じる光景に思わず目を逸らしてしまう。
「お風呂上がりの牛乳ってこんなに美味しいんですね。初めて知りました」
「あ、ああ。最高だろ」
「はい」
「それじゃあ皆もお風呂入ったし、そろそろ夕飯ができる頃だろうから一度部屋に戻ろうか」
「はーい」
というわけで俺たちは一度部屋に戻った。
しばらく部屋で談笑しているうちに、豪華の夕飯が運ばれてきたのでそれらを堪能する。
海の近くの旅館ということで、お刺身やえび天などの海の幸を使った料理が多く、滅多に食べられないような豪勢な食事だった。
アルフィリアも初めて食べる料理の数々に目を輝かせつつ、俺たちは食事を楽しんだ。
夕食後は、少しだけトランプで大富豪やババ抜きなどのゲームを楽しんで(当たり前のようにほとんど父さんが一位)、俺たちは就寝することにしたのだった――。
(……いつか父さんに勝負で勝てるように密かにいろいろ特訓しよう)
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