第28話 誘い

◇優視点◇


「あの……大丈夫ですか?」

「ああ……悔しい」

「いや、あれは相手が悪すぎるわよ……」


 なんちゃってビーチバレーの勝負は父さんの一人勝ちで幕を閉じ、俺はシートの上に倒れていた。

 半ば父さんの挑発に乗る形で戦ったものの父さんには歯が立たず敗北し、それに続いてアルフィリアと二菜も父さんの前に敗れ去っていった。

 

「化物め……」

「それ親に対して言うのはどうなんだい?」

「うるせえ」

「はーい、みんな休憩しましょう?」


 敗北の後、満身創痍の俺たちを見かねてかき氷を買いに行っていた母さんと父さんが戻って来た。

 こっちが満身創痍になっているというのに、圧勝した父さんは爽やかな顔で息一つも上がっていないので、化物だと言いたくなるのも無理はないだろう。

 正直3対1でも勝てる気はしないくらいである。


「はい。これアルフィリアちゃんの分」

「ありがとうございます」

「はい、これは柚原さんと優の分だよ」

「サンキュ」

「ありがとうございます」


 上半身を起き上がらせ、父さんからかき氷を受け取る。

 味はブルーハワイだ。

 正直ブルーハワイって何味なのかはよくわかっていないが、いちごやメロンなどのありきたりな味より謎の味感が強いものをついつい選んでしまうもので、いつもこの味を選んでしまう。

 ちなみにアルフィリアはイチゴ味、二菜はレモン味、父さんと母さんは一緒に食べるということで抹茶味を頼んでいる。

 ひとまずこの暑さにやられそうな体を冷ますためにも、かき氷を掻き込む。


「冷たくて美味しい……。氷ってこんな風に食べられるんですね」

「夏はやっぱりかき氷よね。夏は不思議とアイスよりかき氷のほうが食べたくなるのよね」

「言わんとしてることは分かる。夏ならではの食べ物って認識はある」


 もちろんかき氷自体は季節を問わず食べようと思えば食べられるが、なんとなく夏に食べるもの、という認識があるのも確かだ。

 こういった海の家や夏祭りなどで食べられる定番のデザートなのでその印象が強いのだろう。

 なので俺は夏以外に冷たい甘味を食べたいとなったときには、かき氷ではなくアイスをチョイスする。


「あむ……っ!?~~~~~~っ!」


 美味しそうにガツガツ食べていたアルフィリアが突然頭を押さえ、顔をしかめる。

 どうやら勢いよく食べ過ぎたせいで、例のアレにやられたようだ。


「なんですかこれ……急に頭がキーンとして……」

「出たわねアイスクリーム頭痛」

「アイスクリーム頭痛……?」

「かき氷とかアイスを一気に食べ過ぎると頭が痛くなる現象のことだ」

「そ、それ……先に言ってほしかったです」


 涙目にそう訴えるアルフィリアに俺たちは笑って見守るのであった。



 かき氷を食べて、一休みしてから俺たちは存分に海を満喫した。

 砂浜で何かを作ってみたり(父さんの作品が一番完成度が高い)、水鉄砲で遊んだり(誰も父さんに当てることができなかった)、貝拾いしたり(父さんが一番でかいのを見つける)と遊べるだけ遊び尽くした頃には陽も沈み始めていたので、今日はもう泊まる予定の旅館へ向かうことにした。

 女性陣と別れ、軽く海水を洗い流すためにシャワーを浴びてから着替える。

 父さんも手早く準備を済ませると、車の準備をするために先に荷物を持って駐車場へ向かったので、俺は一人でアルフィリアたちを待つことになった。


「それにしても、こんなに遊んではしゃいだ夏休みなんていつ以来だろ」


 海に沈み始めている夕日を眺め、昔の事を思い出す。

 最後に海で遊んだのも小5のときくらいだった気がする。

 その時にはあの人もいて、たくさん遊んでもらった記憶まで思い出し、少し胸にひっかりを覚え、想起した映像を無理やりテレビのスイッチを切るように消す。

 俺は胸の引っ掛かりを追い出すように一度深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。


「まだ、忘れられそうにないな」


 と自分の心の溝の深さに呆れつつ、目を閉じると……。


『……で……』

「ん?」


 誰かの声が聞こえたような気がしたので目を開いて辺りを見渡すが、ほとんどの海水浴を楽しんでいた人たちは帰ってしまい、他に誰もいない。

 母さんたちもまだ来ていないので、首をかしげる。


「……気のせいか?」

『お……で……こっ……へ』


 気のせいだと思ったところで、今度は先ほどよりも少しだけはっきりと女の人の声がして、改めて周りを見渡すが、やはり誰もいない。

 何を言っているのかも変なノイズのようなものに邪魔されて聞き取れない。

 だが、この声……どこかで。


『こっ……ちに…………いで』

「…………」


 その声に耳を傾けているうちに、段々と意識が遠くなっていくのを感じる。

 ふわふわとした感覚が襲い、思考能力が鈍っていく。

 気が付けば俺は荷物を地面に放り出し、声のする方へ誘われるように無意識に足が動いていた。

 ただ、何も考えず、海の方へと進んでいく。

 もう着替えているのに、海へと入るような恰好ではなくなっているのに、声の謎の魔力に逆らえずに海の中へと入っていく。

 もう身体の半分以上は海水に浸かっているというのに、それでも身体は言うことを聞かずに歩みを止めようとしない。


『こっちにおいで……』


 海に入っていくにつれて、段々はっきりしていく言葉。

 そして、もうほとんど首のあたりまで海に浸かったところで歩みを止めた。

 止めたのは自分の意思ではない。

 ただ何故か止まった。

 身体は動かず、ただ目の前を凝視する。

 すると、目の前に人影のようなものが写り込む。

 それは、美しい女性だった。

 茶髪の綺麗なロングに、儚くも優しい眼差しの女性が目の前に現れる。

 それは俺の知っている人だった。

 いるはずのない人が、そこにいた。


「いちか……さん」


 かろうじて自分の意思で動かせた口を使って、目の前の女性の名前を口にする。

 そしてその女性は俺の両頬に手を伸ばして優しく触れる。

 濡れていて冷たい手だ。

 本能で触れてはいけないのだと、手を伸ばしてはいけないのだとわかっているのに、俺は無意識にその人の顔に手を伸ばす。

 きっとこれは幻だ。

 でも、俺は手を伸ばさずにはいられない。

 だって、この人は……。

 段々と意識が遠のいていくのを感じる。

 これで、この人と一緒のところに……。


「優さんッ!!!!」


 そして後ろから自分の名前を叫ぶ大きな声が聞こえたのを最後に、俺は意識を手放した――。

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