第27話 海②
◇優視点◇
「ゆ、優さん……ぜ、絶対、は、離さないでくださいね!」
「離さないから安心してくれ」
アルフィリアはバタ足の練習をしている最中、俺の両手をぎゅっと力強く握りながら不安そうな顔をしていた。
仮に離しても底に足が着くくらいの浅瀬なので、溺れることはほぼない。
「……なにしてんの?二人して」
「泳ぎの練習」
「いや、見ればわかるんだけど……」
俺とアルフィリアの様子を隣で眺めていた二菜が呆れ気味に聞いてきたので、やっていることをそのまま伝えたところ更に呆れられてしまった。
「というかフィリアって泳げなかったんだ」
「は、はい……向こうでは泳ぐことなんてなかったですし」
「それで優に教えてもらってたと」
「ああ」
「……海で練習はさすがに無理があるんじゃない?」
「…………確かに」
考えてみれば確かに海はプールなどと違い、波がある分教えるには適していない。
朝お願いされたときに深く考えなかったが、どう考えてもプールなどに行って教えたほうがいい。
「もし泳ぎの練習がしたいっていうのなら、夏休み中にプールへ行けばいいんじゃない?そこでも遊べるし、一石二鳥でしょ」
「それもそうだな」
「というわけでフィリア、泳ぎの練習は中断よ!」
「で、でも……お、溺れたりしないでしょうか?」
「深いところまでいかなければ大丈夫よ。仮に流されてしまっても、私や優が助けに行ってあげるから安心しなさい」
「わ、わかりました……」
二菜の説得に、いまだ泳げないことへの不安が拭い切れないアルフィリアも渋々といった感じで納得する。
「はい!それじゃあ早速海らしい遊びをしましょう!」
「海らしい遊び、ですか?」
「貝拾いとか?」
「なんでそんな地味な……」
「なんだと」
俺にとっては数少ない思い出の遊びの一つだというのに、地味とは何て失礼な感想だろう。
小さい頃に海へ来た時には、必ずと言っていいほど貝拾いをしていたものだ。
それこそ二菜たちと一緒に来た時なんて、誰が一番大きい貝を見つけられるかで競ったものだ。
「せっかくボールもあることだし、ビーチバレーとかどう?」
「びーちばれー?」
「でもあれって砂浜でやるもんだろ?この人の多さじゃさすがに厳しくないか?」
俺は砂浜を指さして海水浴に来ている人の多さを指摘する。
とてもじゃないが、ビーチバレーをやれるだけのスペースはパッと見無い。
「ビーチバレーっていっても、そんな試合形式みたいなものじゃなくていいんじゃない?ボールを打って、落としたら負けっていう単純なルールなら海の浅瀬でも全然できるでしょ」
「それはまあそうだが……」
そんな適当でいいのだろうか。
いや、細かいことを気にしてたら遊べるものも遊べなくなるか。
「えっと、そのびーちばれー?というのはどういったものですか?」
「とても掻い摘んで説明すると、飛んできたボールを相手に打ち返していく遊びで、落とした方が負けみたいなやつだ。本来はコートとかネットがあって試合みたいな感じでやるもんだから、これからやろうとしているのは厳密にはビーチバレーではないんだが」
「は、はあ……」
簡単に説明してみたものの、アルフィリアは全然イメージができないのか首をかしげている。
もしかしたら異世界にはボールを使ったスポーツというものがなかったのかもしれない。
聞いたわけではないので想像ではあるが、向こうでのスポーツは剣術や魔法などが該当するのではないだろうか。
ダンジョンなどを攻略する冒険者や、国を守る騎士や兵などがいることを考えれば球遊びなんてしている暇はないだろうし、貴族たちもそんな汗くさいことはしないのだろう。
だとすれば、アルフィリアがイメージできないのは無理もない気がする。
「まあ、とりあえずやってみればいいんじゃない?」
「そうだな」
「よ、よろしくお願いします」
「そうだ。ただやるだけっていうのも面白みに欠けるし、先に五回落とした人は脱落。最後に残った人の勝ち。最下位の人は二人にかき氷奢りっていうのはどう?」
「……まあ、俺はいいけど」
ただのゲームでは面白くないと思ったのか、罰ゲームまで決めてしまった。
たしかにこのままだと少々退屈だとは思っていたので俺は構わないのだが、どう考えてもやったことも見たこともないアルフィリアが不利ではないだろうか。
「私もそれで構いません」
いいのかよ、と心の中で突っ込んでおく。
まあアルフィリアがいいのなら
というわけで、早速なんちゃってビーチバレーをすることになったのだが……。
「それ、僕も混ざろうか」
「えっ?」
これから始めようというところで、父さんがこちらに来て参加表明をした。
というかさっきまで父さんたちは砂浜でのんびりしていたはずだが……。
「希さんもやるんですか!?」
「まあ運動不足だし、身体を動かせる機会も少ないからね。お手柔らかに頼むよ」
「父さん、さっきまで砂浜で遊んでなかったか?」
「うん。砂で名古屋城を作ってたんだけど、完成したら大勢の人が写真を撮りに来てしまってね。居づらくなって逃げてきたんだ」
「……写真?」
砂の名古屋城を作っていたことに驚きだが、それを大勢の人が写真を撮りに来たというよくわからない状況に首をかしげる。
「あ、私たちの荷物が置かれてるところの近くになんだか人だかりが出来てますよ!」
「えっ?……わっ!本当だ」
アルフィリアが指さした方を見てみると、俺たちが取っておいた場所の近くに十数人の人がスマホを構えて砂の立派な城の写真を撮っていた。
よく見ると、スマホを向けているのは半分くらいが外国人観光客らしき人たちだ。
「……派手にやったね父さん」
「いや、僕も衰えてしまったよ。一昔前なら今の倍の大きさの名古屋城が作れていたんだけどね」
「今の倍って……」
遠目で見てるのでわかりづらいが、今作られている砂の名古屋城は高さ50㎝はありそうなほど大きい。
それの倍ともなると、高さ1mの砂のお城ということになる。
我が親ながら末恐ろしいものを感じる。
「海の砂浜であんな立派なお城作れるんですか?」
「いや、希さんが異常なだけよ……」
「間違いない」
それには思わず俺もうんうんと頷きながら同意せざるを得ない。
「みんなしてひどいね……。まあいいか。それよりさっそく始めようか?」
「そうね」
「よろしくお願いします!」
こうして戦いの火ぶたが切って落とされたのだった……。
「それじゃあ、私からね!」
ボールを持った二菜が宣言して構える。
俺たちもいつ自分に来てもいいように身構える。
「……それ!」
意外にも可愛らしい掛け声とともにボールが上に放たれる。
ボールが飛んでいった先はアルフィリアだ。
「わ、私!?……そ、そりゃ!」
いきなり自分のところに飛んできたことに驚きつつも、しっかりとボールを落とさずに上に打ち上げる。
そしてそのボールは父さんの方へと飛んでいき……。
「ふっ!」
「……はっ!?」
父さんは自分の上へ飛んできたボールをそのまま打ち返すのかと思いきや、突然大きく飛び上がった。
まるで、バレーのスパイクでも撃つような体制だ。
「ちょっ!ま、まさか!」
「ふんっ!」
パァァァン!!
というとてもビーチボールから鳴ったとは思えないような豪快な音とともにボールが俺の方にすごい勢いで飛んで来て……。
「ふごっ!?」
「ゆ、優さん!?」
「ゆ、優!?」
父さんの明らかに俺を狙って放ったスパイクによってボールは俺の顔面へとクリーンヒットし、無情にも水面の上へと落ちた。
「ふ~……スッとしたぜ」
「スッとしたぜ……じゃねえよ!なにすんだよ!?」
「なにって、スパイクで返しただけだよ?」
「だからって顔面狙うか!?」
「取れない優が悪いんじゃないかい?」
「ぐっ……」
とても爽やかな顔で正論を言われて言葉に詰まる。
確かにルールにスパイク禁止とも、顔面狙ってはいけないとも言ってないし定めていないけど、実の息子に対して容赦なさすぎだろ。
「狙う先なんて他にあっただろ」
「優だけボールに触れないのはかわいそうだと思って。父さんなりの優しさという奴さ」
「何が優しさだ」
「……もしかして、希さんって運動の方もヤバい?」
「……やったことがない私にも分かります。あの動きは明らかに只者じゃありません」
俺と父さんが言い合っている間に、二菜とアルフィリアは父さんの異常さに息を吞んでいた。
これで二人にも分かっただろうが、うちの父さんは息子の俺から言わせてもらえばはっきり言って怪物だ。
勉強も運動も出来て、手先も器用で性格も良く、見た目も40代前半とは思えないほど若々しくイケメンというハイスペックぶりなのだ。
砂遊びやこういった遊びでも手を抜くことを知らないという真面目さというか不器用さくらいしか欠点と呼べるものがないくらいだ。
今はその欠点が俺たちに襲い掛かってきている。
先ほどまでは正直アルフィリアや二菜の二人ならば問題なく戦えると思っていたのだが、父さん一人の参入に寄ってすべてが狂ってしまった。
「これで優は一回落としたから、あと四回だね」
「……くっそ~」
父さんはあえて俺を挑発するようなことを言ってくる。
ダメだと頭ではわかっているのだが、感情がそれに乗ってしまう。
「ぜってえ倒す!」
「ゆ、優……?」
「優さん……?」
自分が無謀な挑戦をしようとしているのは理解しているし、アルフィリアも二菜もそれが分かっているため、やめておけという視線を送ってくるが今の俺には意味を成さなかった。
ただ目の前の父親に好き放題されてたまるか、という感情だけで動いてしまっている。
「……じゃあ次、行ってみようか?」
「は、はい……」
「あ、あの~……優も希さんも程々に……」
そんな二菜の制止も虚しく、俺と父さんのほぼ一騎打ちのような戦いが始まってしまうのだった……。
ちなみに結果は父さんの圧勝だった。
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