第26話 海①

◇優視点◇


 車で海へと向かう間、俺の昔話を暴露されるという地獄のような時間をなんとか耐え抜いて、目的地へと着いた。

 正直後半の方は心を完全に無にしていたので、記憶はほとんどない。

 なにはともあれ、無事海へと辿り着くことができたので、いつまでもげんなりしているわけにはいかない。

 せっかく来たのだから楽しまなくては損というものである。

 

「それにしても、人の数凄いな」

「まあシーズンだしね。むしろこれでも少ない方なんじゃないかな」


 女性陣はまだ水着に着替えているので一足先に砂浜のほうへ足を運んだのだが、人の多さに若干気圧される。

 父さんの言う通り多いと言っても歩くスペースがないほどではないので、時期を考えればこのくらいの人数だったのは幸運だと言える。

 おかげで場所取りには困らなそうだ。


「とりあえず先に場所だけ取っておこうか。更衣室の込み具合的に愛さんたちの方はまだ時間が掛かるだろうし、準備して待っていようか」

「そうだな」


 俺と父さんはよさそうな場所を決めると、シートを敷いて折り畳みビーチチェアやパラソルを置いたり、空気入れを使って浮き輪に空気を入れたりと準備していく。

 

「今更だけど、家にこんなに海で使うパラソルやビーチチェアなんてあったんだな」

「僕や愛さんは仕事で海へ行くこともあるだろう?それで、行先で寛ぐためにって買ったものなんだ」

「寛ぐって……いいのか?仕事中にそんなんで」

「まあ基本的にくつろぐのは仕事が早く終わった時だけだし、サボっているわけじゃないからいいだろう?」

「それはそうだろうけど……」


 家に海で使える道具がたくさんある理由に呆れながらも納得する。

 だが、父さんは自分も使っているような口ぶりで話しているが、おそらくほとんど母さん用に買い集めたものだと察する。

 母さんは遊ぶの大好きなので、せっかく来たんだから遊ばないと損とか言って父さんを引っ張り回す姿は想像できる。

 

「母さんに甘すぎじゃない?」

「それは否定できないね」

「自覚はあるんだ」

「もちろん。まあ自覚してるからって治すつもりはないけどね」

「左様で」

「優も人のこと言えないと思うけどね」

「はっ?母さんを甘やかしたつもりはないぞ」

「いや、愛さんじゃなくてアルフィリアさんにだよ」

「えっ?」


 俺がアルフィリアを甘やかしている?

 父さんに言われて記憶を思い返してみるが、とくに甘やかしているような心当たりはない。

 

「自覚はないようだね」

「だって、甘やかしているつもりはないからな」

「でも、少し前までの優からは信じられないくらいに彼女に甘くなっているよ。少なくとも僕の目にはそう見える」

「…………」


 少し前というのは、アルフィリアに出会ったばかりの話だろうか。

 たしかにあの時に比べればアルフィリアとの距離は縮まっただろうが、それでも甘やかしているつもりはない。

 

「前の優は損得勘定で物事を考えて、やるだけ損だと思ったら動こうとはしなかっただろう?でも、最近はアルフィリアさんのためなら多少の損があっても彼女のために動いている。いや、彼女のために動くことを損だと思わなくなったと言った方が正しいかな?」

「そんなことは……」


 否定の言葉を言おうとして踏みとどまる。

 たしかに、アルフィリアのためならば基本的に協力は惜しまなくなっている。

 出会ったばかりの頃の自分なら、絶対に必要最低限のことだけ協力して、それ以外は特に手を出したりはしなかっただろう。

 今考えればとんでもない奴だな俺、と心の中で少し前の自分を卑下する。


「親としては嬉しいよ。アルフィリアさんも表情も豊かになったし、結構素直になってきたけど、優も彼女と出会ってから変わってきている。もちろん、いい方向にね」

「……だといいけどな」

「まあ、あとは優が素直になればいいんだけどね」

「素直じゃなくて悪かったな」

「おーい!」


 浮き輪などの準備をしながら父さんとそんな話をしているうちに、着替え終わったアルフィリアたちが手を振りながらこちらに向かって歩いてきた。

 こちらの準備も終わるところなので、ちょうどいいタイミングだ。


「あ、準備してくれてたんだ」

「お前たちが遅いからな。感謝しろよ」

「はあ?希さんはともかく、優が準備するのは当たり前でしょ?」

「なんでだよ」

「す、すみません。更衣室が混んでいたので……」

「いや、アルフィリアは悪くない。どうせ母さんたちがもたついたんだろ」

「いえ、そんなことは……ない、ですよ?」


 母さんたちがもたついたのではないかと指摘したところ、アルフィリアは若干目を逸らしながら否定しようとしている。

 この様子を見るに、否定し切れないような状況が更衣室内部であったというのは明白だった。

 大方母さんが二人の水着姿を見て、可愛さのあまりに少し暴走しかけていたというところだろう。


「アルフィリアちゃん、そこはしっかりと否定してもらわないと」

「いや、あれは愛さんが……」

「二菜ちゃんまで……」

「母さん、反省してくれ」

「みんなひどいわ……」


 俺たちに暴走していたであろう母さんを責めると、いじけた子供のように砂浜にしゃがみ込んで指で砂を弄り始めた。

 時々思うのだが、うちの母親はもしかしたら精神年齢は相当低いのではないだろうか?

 特にここ最近では、そう思われても仕方がないような姿を何度も見ているのだ。

 息子の俺からすれば、父さんを見習ってしっかりしてくれと思うばかりである。


「それより優」

「ん?」

「私たちの水着を見て何か感想とかないの?」

「えっ……」

「そうですよ!優さんが選んでくれた水着です!どうですか?」

「え、えぇ……いきなりそんなことを言われても……」


 二菜とアルフィリアの二人にぐっと距離を詰められ、俺は若干後ずさる。

 もちろん似合っていると思うし、似合うと思って選んでいるのだからそうであってくれないとあの日恥ずかしい思いをした自分が報われないのだが、いきなり感想と言われても、恥ずかしすぎて俺にはハードルが高すぎる。

 助けを求める視線を父さんのほうに向けてみても、父さんは諦めろという風に首を振っている。

 

「どうなの?似合ってるの?似合ってないの?」

「……二人とも似合ってるよ」

「「……!」」


 半ば逃げるのを諦め、恥ずかしい気持ちを抑え込みつつ簡潔に感想を言うと二人は顔を赤らめて固まってしまった。

 もしかしてこれでは不十分だったのだろうか。


「ありがとう、ございます……」

「あ、ありがと……あ、そ、そうだフィリア!日焼け止め塗りましょ!」

「そ、そうですね!」


 俺の心配を余所に、二人は感想を言われて恥ずかしかったのか逃げるように日焼け止めを塗りに行ってしまった。

 恥ずかしいなら感想なんて求めなければいいのに、と思う。

 

「ふふっ」

「……なんだよ」


 先ほどまで砂を弄りながらいじけていた母さんが、いつのまにか復活しているかと思えば、俺たちのやり取りを見ながら急に微笑み出した。

 

「息子が可愛い女の子二人に言い寄られてるのを見て思わず嬉しくなっちゃって♪」

「そんなんじゃないし」

「優もまだまだ乙女心分かってないわねぇ」

「男の俺が知るわけないだろ」

「そこは日々勉強よ。なんなら私が教えてあげても……」

「遠慮しとく」


 このまま母さんの蘊蓄を聞くことになればいろいろ面倒くさそうなので、逃げるように俺も自分に日焼け止めを塗りに行く。

 後ろで母さんが何か言っているようだが、無視する。

 車での生き地獄に続き、遊び始める前だと言うのに妙に疲れてしまった。

 今日一日で俺の精神はどれくらい削られるのか不安になりながら、俺は日焼け止めを身体に塗っていくのだった――。

 

 

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