第24話 聖女の変化
◇アルフィリア視点◇
「んっ……?」
私は目を覚まし、布団から上半身を起こす。
窓の方を見ると、陽が少し昇り始めている。
「ここに来て、もうすぐ三か月……ですか」
私がこの世界に来て、もうすぐで三か月が経とうとしていた。
このたった三か月という短い時間で、様々な変化があった。
一つは聖女である必要がなくなったこと。
これまでの人生を聖女として生きてきた私にとっては、これが最も大きな変化だ。
聖女であり続けて、己を押し殺して国や民の為に身を削っていく日々は、いつか報われるかもしれないというありもしない一縷の希望に縋らないと立ち続けることさえできないほどに、私は疲弊していた。
でもこの世界で出会った方々は優しくて、私をアルフィリアという一人の人間として接してくれた。
私が欲しかった温かさも、優しさも、言葉も、憧れも……その全てがどんなに願っても元の世界では手に入れられなかったものだ。
そのすべてが徐々に私の心を癒していき、この世界で生きていきたいと望んだ私を受け入れ、ここでは聖女である必要はないと言ってくれたことで、私はようやくアルフィリアという一人の人間の人生を歩むことができるようになったのだ。
二つ目は感情を表に出すようになったこと。
父や母から、聖女には不要な感情は捨てろと言われ、喜びも、悲しみも、怒りも押し殺していた私は、ただ仕事を全うする人形のように生きていた。
聖女である必要がなくなった今、この世界でそれらの感情を表に出せるようになってきた。
おかげで最近ではよく笑ったり、怒ったり、喜んだりできるようになったと思う。
これも全部、優さんや二菜、希さんや愛さんのおかげだ。
三つ目は友達が出来たこと。
教育も家庭教師を雇って家で行っていたし、学園に通うこともなかったので、同い年の人たちとの交流も持てず、同い年の人と会う機会といえば社交の場に侯爵家の娘として出向いたときくらいで、そこで出会った人たちは聖女としての私しか見ておらず、地位欲しさに取り入ろうとする人たちばかりだった。
でもこの世界では、二菜という初めての友達が出来た。
二菜は優しくて、ちょっと気が強いけど面倒見がよくて、もしかしたら二菜から見た私の第一印象は最悪だったかもしれないのに、それでも友達だって言ってくれた大切な存在だ。
これからもずっと友達でいたいと思っている。
そして四つ目は好きな人ができたこと。
この世界で初めて出会った早乙女優さんに、私は恋をしている。
不器用だけど優しくて、少し捻くれているところはあるけど誠実で、一緒にいて温かいと感じる人。
最初は恋なんて呼べるような感情はなかったと思う。
私自身好きという気持ちを知らなかったし、誰かと結婚するのであれば両親が選んだ相手とすることになると思っていたから、きっと自分には恋なんてできないと諦めていた。
でも私の愚痴のような独白をしたあの夜から、何かが変わった。
きっと、そのときから私は優さんのことが好きになっていたのだろう。
ここにいてもいいと言ってくれて、聖女である必要はないと言ってくれて、本当に嬉しかった。
聖女という呪縛から解き放ってくれた人を、好きにならない方が難しいと思う。
まさか私が恋をするなんてこの先一生ないと思っていたので自分でも驚いているが、初めてのこの気持ちは大事にしていきたい。
恋に関しては二菜も優さんを好きだという問題があるが、二菜からの提案でとある勝負をしている最中だ。
それが、どちらが先に優さんを好きにさせられるかという勝負だ。
提案されたときは驚いたし、ずっと好きだったのであれば二菜に譲るべきだと一瞬諦めようとしたが、二菜に止められた。
きっと想いを押し殺すのは苦しいからと、押し殺したままじゃ友達でいることすらも苦しくなるから、そんな思いをどちらにもしてほしくない。
だから勝っても負けても恨みっこ無しの勝負をしよう、という二菜の優しさからの提案を私は受け入れた。
受けたからには負けるつもりもないし、今では負けたくないと思っている。
それから少しでも優さんと距離を縮めようと頑張っているが、実際優さんにどう思われているのかは正直わからない。
思えば私は、優さんのことをほとんど知らない。
でも、これから知っていきたいと思っている、
まだ知らないことだらけのこの恋だけど、全力で向き合っていこうと思う。
「ん~……!」
私は自分にあった変化を振り返って、改めて濃厚で充実した日々を過ごせていることを実感し、ベッドを出て大きく伸びをした。
今日は優さんたちと海へ行く日だ。
元の世界で海に行くことは何度かあったが、基本的に危険な場所であるので遊ぶ目的で足を運んだことはない。
どんなことをして遊ぶのかわからないが、みんなと一緒ならきっと楽しい一日になるだろう。
だが、なぜだか少しだけ……どうしてかはわからないが胸騒ぎのようなものを感じている。
なにかよくないことでも起こるのではないか、そんな不安がほんの少し胸に居座っている。
「まあ、きっと気のせいですね」
そう思うことにして、私は部屋を出る。
廊下は薄暗く、まだ誰も起きていないようだ。
スマホで時間を確認すると、4時半と表示されている。
少々早く起きてしまったみたいだ。
キッチンに行って、コーヒーでも飲もうかと音を立てないようにしながら廊下を進もうとして、ふと立ち止まる。
私の借りている部屋の隣には、優さんの部屋があった。
ちょっとした好奇心が私の中で生まれる。
「少しくらいなら……いいですよね?」
聞いても誰も返事はしないのに、自分を納得させるように好奇心という悪魔に逆らえず、私は優さんの部屋の扉をそっと開ける。
当然まだ優さんは起きておらず、穏やかな寝息を立てて眠っていた。
私は静かにベッドに近づいて、優さんの寝顔を見る。
「……可愛い」
誰にも聞こえないような声で、私は呟いた。
初めて見るその寝顔は、普段見ているクールな雰囲気などどこにもなく、あどけない少年のようだ。
この年齢でここまで可愛いのなら、子供の頃はもっと可愛かったんだろうなと勝手に想像する。
私はスマホを取り出して、カメラを起動させる。
最初は使い方もわからなかったスマホだが、最近では少しだけ使い慣れてきた。
といっても、電話やメッセージ、カメラくらいしか使わないのでこの世界の人たちから見ればまだまだだと感じるレベルかもしれないが、私にとっては大きな進歩だ。
私はよく使う機能の一つであるカメラで、優さんの寝顔を捉える。
そして、ちょうどいい感じに収まったところでボタンを押すと、その寝顔が写真となってスマホに保存される。
「ふふっ……」
無許可で人の部屋に入って寝顔を見るだけでなく、さらには無断で写真を撮るなどどう考えても悪い行為ではあるが、前に水族館へ行ったときにたくさん写真を隠し撮りされていたので、これでおあいこだ。
私はベッドの横に座って、さらに近くで優さんの寝顔を見る。
こんなに近づいているのに、いまだに起きる気配はない。
「いい夢でも見ているんですかね」
私はちょっとだけ優さんの頬を指でつつく。
柔らかくて、ぷにぷにとしたほっぺただ。
なんだか気持ちよくて、何度もつついてしまう。
「んぅ……」
「……!?」
突然優さんが動いた。
もしかして起こしてしまったのか、と思って身構えるが、寝返りを打って再び規則正しい寝息が聞こえてくる。
「ふぅ……」
優さんが起きなかったことに、私は胸を撫でおろして安堵する。
優さんがいつ起きてもおかしくないので、そろそろ部屋を出なくては。
私は立ち上がって、音を立てずに扉の前まで行ったところで一度優さんのほうに顔を向ける。
そして変わらず穏やかな寝息を立てていることを確認して、優さんの部屋を後にするのだった――
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