第23話 水着選び

◇優視点◇


 泣きついてきた二菜の勉強を見てやりながら、自身もなるべくいい点を取れるように勉強をする忙しない2週間の末、無事学期末試験を終えた。

 俺は学年32位とそれなりの順位に入り、二菜も真ん中より上くらいの順位に収まったようで、夏休み補習なんてことはなさそうだ。

 むしろ手伝った挙句に赤点取って補習を受けるような結果だったなら、夏休みの半分を二菜のための勉強会に予定変更するのもやぶさかではなかったが、その必要はなさそうで俺としても一安心である。

 兎にも角にも、無事試験を終えた俺たちは、夏休みに海で着るための水着を買う為にショッピングモールへとやってきていた。


「よーし!無事親にも許可ももらえたし、試験も赤点なしで終えることができたので、今日は海に向けて水着選びよ!」

「テンション高……」

「二菜、試験が終わった途端にすごい元気になりましたね……」

「試験期間中は死んだような目をしてたからな」


 試験期間中は魂が抜けてしまっているのかと思ってしまうほど無気力だった二菜が、終わった途端に活力を取り戻したことによる豹変っぷりに、アルフィリアも若干引いてしまっている。

 

「優のスパルタが悪いのよ」

「お前が普段から勉強していれば、あそこまでスパルタにする必要はなかったんだがな。自業自得だ」

「だからってフィリアにまで私の見張りを頼むなんて……」

「すみません。でも、私も二菜と一緒に海へ行きたかったのでここは心を鬼にしました。それに試験は学校では大事なものだと優さんに聞きましたから、真面目に取り組んでもらいたかったのです」

「うっ……」


 二菜は俺が飲み物を取りに行く際などに席を外すとすぐだらけてサボろうとするので、致し方なくアルフィリアに見張りをお願いしたのだ。

 正直ここまでする必要はないと思っていたのだが、二菜はあろうことか前回の試験から勉強を一切していなかったらしく、割と壊滅的な状況だったこともありスパルタ勉強会へと変更したのだ。

 これを機に改善してくれることを祈るばかりだが、今日の様子を見る限り次回以降も同じように泣きついてくる未来が視えて、ため息をつきたくなる。


「とにかく!今日は水着を買いに来たんだから、勉強の話は終わり!」


 嫌気がさした二菜は、勉強の話題を強引に終わらせる。

 確かに今日は水着を買うことが目的なので、勉強に関しての愚痴はまた今度でいいだろう。

 とりあえずここは女子と男子で分かれて買いに行く方が効率的なので、ひとまず別行動でいいだろう。


「それじゃ、一度二手に分かれるか。それぞれ水着買い終わったら集合するってことで」

「待ちなさい」

「待ってください」

「ぐえっ!」


 また後で、と言ってさっそく自分の水着を買いに行こうとしたところで、二菜にはシャツの襟首を、アルフィリアには腕を掴まれ引き止められた。

 二菜に襟首を掴まれたことで首が一瞬締まり、蛙のような声を出してしまった。


「襟を掴むな襟を!」

「優が勝手にどっか行こうとするからよ」

「そうですよ」

「いや、だってそれぞれ分かれて買いに行った方が時間的に効率もいいだろ」

「それじゃあ一緒に来た意味ないじゃない」

「いや、ただ水着買いに来ただけだし問題ないだろ」

「それだと優さんにどの水着がいいか聞けないじゃないですか」

「……はっ?」


 何を言っているんだこいつは……と心の中で思った。

 もしかしなくても、俺に女性の水着選びを手伝えと言っているのだろうか。


「まさかとは思うが、俺に女性物の水着が売っている場所についていってほしいと言ってるのか?」

「そうよ」

「そうです」

「…………」


 さも当然だと言わんばかりの態度で二人に答えられ、俺は頭を抱えたくなった。

 当たり前だが、男子高校生である俺に女性物の水着が売っている店に入る度胸などあるわけもなく、いまにでも逃げ出したい。

 だが二人に掴まれているためそれもできない。


「いやいや!俺男だぞ?俺に女性物の水着のことを聞くのは間違っている!」

「私たちが選んだものを、似合うか似合わないか答えてくれるだけでいいの」

「俺を殺す気か?」

「大げさですよ」

「アルフィリア、今日はやけに二菜の肩を持つな?」

「そうですか?」

「フィリアと私は友達だし、当たり前でしょ?」


 どういう訳か、いつもなら二菜の暴走を優しく抑え込むアルフィリアが、今日は二菜に協力的だ。

 とにかくこの状況から逃げ出す方法を考えないと。


「……常識的に考えてくれ。男の俺が女子二人と一緒に水着を選んでいるのは色々まずいとは思わないか?」

「思わないわ」

「…………」


 どうやら話を聞くつもりはないようで、是が非でも俺を連れていきたいらしい。

 やりたくはなかったが仕方がない。

 ここは力ずくで振りほどいて、無理やり別行動を取る他ないようだ。

 そうと決まれば、俺はアルフィリアと二菜の拘束を振り払うために力を込める。

 ところが……。


「……あれ?」

「ふふっ」


 まずアルフィリアに掴まれた腕を振り解こうと力を入れるが、腕が動かない。

 あの細腕からは想像もできないほどの握力でがっちりと掴まれている。

 現実味のないその状況に理解が追い付かない。


「逃がしませんよ?」

「……はは」


 絶対に逃がさないと言わんばかりに腕を掴む手に力が込められ、乾いた笑みが口から零れる。

 

「……もしかして魔法使ってる?」

「いえ?普通に掴んでいるだけですよ?」

「…………」

 

 なにかしら魔法でも使っているのかと疑ったが、そんなことはないらしい。

 どう考えても同い年の女の子の力ではないが、素でこの力だということだ。

 まさかアルフィリアにこんな力があったとは意外だ。


「もう諦めなさい」

「……はあ、好きにしてくれ」


 振り解くことはできそうにないので、抵抗を諦める。

 どうしてこんな目に……と思いつつ、俺は二人に水着選びへ連行された。



 アルフィリアと二菜に連行され、女性物の水着が売っている店へとやってきた俺は、開始10分と経たずに逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

 ただでさえ女性物が多い場所は苦手だというのに、二人が水着を選んで俺に次々と見せてきては感想を求められるの繰り返しなので、すでに精神的に疲労がすごいことになっていた。

 ついでに言えば、店員さんからの視線も痛い。

 

「これとかどう?似合う?」

「これ、変じゃないでしょうか?」

「…………」


 二人はそんな俺の疲れなどお構いなしに次の水着を選ぶ。

 今度は二菜は赤色のビキニタイプの水着を、アルフィリアは白いワンピースタイプの水着を選んで見せてきた。

 俺が女性物の水着のことなど知るわけがないので、感想を求められてもどうしようもないのだが。

 

「もう好きなのでいいだろ」

「ダメよ。優の好みに合わせてあげようとしてるんだから、優の感想がないと」

「そうです。真面目にお願いします」

「はぁ……」


 ずっとこんな調子で、正直終わる気はしない。

 腰掛に座って頭を抱えていると、背後から突然肩をとんとんと叩かれる。

 なんなんだ?と思いながら顔を上げると、そこには女性の店員さんが立っていた。

 

「お客様、よろしければあちらのお二方に似合うと思ったものをお選びになってみてはいかがでしょう?」

「もしかして、俺に二人の水着を選べということですか?」

「はい」


 それはあんたらの仕事じゃないのか?というか男の俺に選べと言うのもどうなんだ?と色々文句を言いたくなるが、ぐっと堪える。

 

「あちらのお二方は、貴方様の選んだものをご希望のようですので」

「は、はあ……」


 たしかにこのままでは埒が明かない。

 正直女性物を選ぶのは恥ずかしいので遠慮したいが、どのみちここに居続けるのも恥ずかしいので、同じ恥ずかしさなら早く終わるのを選んだほうが幾分か賢い気がしてきた。

 ここは素直に店員さんに従うとして、せめて流行りの物を教えてもらうくらいはやってもらおう。


「じゃあ流行りの物のコーナーか、あの二人に合いそうな水着が置かれている場所を教えてもらえますか」

「かしこまりました。こちらです」


 というわけでいまだ物色している二人は一旦放置して、店員さんに連れられて流行りの物が置かれているコーナーへ案内される。


「では、私はこれで失礼いたします」

「ど、どうも」


 選ぶのを最後まで手伝わないんかい!と心の中で突っ込みを入れながら、目の前の商品を見ていく。

 こんなしっかりと女性物の水着を見ることなんてないので、思わず視線を逸らしたくなる。

 というかこの中から選んで手に取り、あの二人の元へ持っていくのはいささかハードルが高いのではないかと思う。

 世の男子高校生に平気でそんなことできる奴は存在するだろうか。

 いたら勇者だと素直に尊敬すると同時に、周りから変な目で見られているんだろうなと哀れみの感情を抱いてしまう。

 

「……とっとと選ぶか」


 哀れなイマジナリー勇者を頭から追い出し、とりあえず選ぶのに集中する。

 といっても、なにがいいのか詳しいことは俺には分からないので、パッと二人が着けて似合いそうだと思ったものを探す。


「……これだな」


 手に取ったものは、オフショルダービキニというらしい。

 袖付きで露出もそこそこ、スカートビキニもセットのものだ。

 同じ水着で、柄は二菜とアルフィリアのイメージに合っていると感じたものを二つ選んだ。

 それぞれのスタイルに合ったものも選べればよかったのだろうが、どの水着がどんなスタイルに合うのか俺にはわからない。

 念のため他のものも軽く見てみるが、布の面積が少なかったり、雰囲気が合わなそうだと感じるものが多かったので、最初に選んだもので決定する。

 これで好みじゃないと言われてしまったらもう俺には選ぶことはできないので、後は二人に選んでもらうことにする。

 そのときはもちろん俺は逃げる。

 というわけで選んだ二つを二人の元へと持っていく。


「……ほら、これ」

「えっ?」

「これは、優が選んだの?」

「そうだ。俺はもう選ばないからな」


 そう言いながら二人に選んだ水着を渡す。

 二人はしばらく悩んだ末……。


「ちょっと試着してくる」

「わ、私も行ってきます」


 と俺が選んだ水着を持って、試着室へと駆け込んだ。

 それを見届けた俺は、試着室近くの腰掛に腰を下ろして深いため息をつく。

 とにかく、これでこの地獄が終わればいいと願いながら二人を待っていると、二人がほぼ同じタイミングで試着室から出てくる。

 さすがに水着は一度着けて鏡で確認する程度にしたようで、ちゃんと私服の姿で出てきた。


「これにするわ」

「私も、これで……」

「そりゃよかった」


 どうやらお気に召してくれたようなので、ようやく二人の水着選びが終わって一安心だ。


「身に着けた姿は当日のお楽しみよ」

「そうかよ。それより早く買って来いよ。俺は店の外で待ってる」

「わかりました」


 というわけで、一刻も早く女性物だらけの空間から逃げ出したかった俺は足早に店を出る。

 外に出た瞬間、まるでいままで呼吸を制限されていたかのように、大きく息を吸って吐く。

 こんな買い物イベントは二度と御免だと思っているうちに、水着のお会計を終わらせた二人が店から出てくる。


「いい買い物だったわ」

「そうですね」

「自分で選んだほうが良かったと思うけどな」

「優に選んでもらったっていうのが重要なのよ。ね?フィリア」

「はい。選んでいただき、ありがとうございます」

「……そうか」


 まるで俺に選んでもらったものは特別だ、と言われているようで思わずドキっとしてしまった。

 まったくこの二人は、心臓に悪いことを平然と言ってくる。

 俺が選んだものよりも自分たちの好みで選んだほうがいいとは思うが、二人が満足しているのならいいか。

 そう思うことにして、買った水着の入った袋を大事そうに抱えて笑い合っている二人を横目に、自分の水着を買いに行くために歩き出すのだった――。

 

 

 

 

 



 

 

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