第21話 アルフィリアと水族館②
◇アルフィリア視点◇
二人で水族館内にあるレストランで昼食を済ませた後、私は優さんに一言告げてから、半ば逃げるようにしてお手洗いへと向かった。
先ほどの食事中に自分がしたことの恥ずかしさを、段々と冷静になるにつれて自覚していき、耐え切れなくなる前になんとしても優さんの前から逃げたかったのだ。
「……~~~~~!!!何やってるんですか私ー!」
洗面の鏡の前で真っ赤になった顔を両手で覆いながら、なるべく声量を抑えながら叫ぶ。
幸いトイレの中には他の人がいないようなので、迷惑にもならず変な目で見られることもないのが救いだ。
『……優さん、よかったら一口いただいてもいいですか?』
『それじゃあ優さんもどうぞ。はい、あ~ん……』
どうしてこのようなことをしたのか、それはもちろん優さんが食べているハンバーグが美味しそうで食べてみたいという気持ちも少しだけあったが、主に午前中に急に写真を撮られ、私も恥ずかしい思いをさせられたのだから、優さんも同じように恥ずかしがる姿を見せなければ不公平だからちょっとした仕返しを、というあまりにも子供っぽい理由だった。
以前希さんと愛さんが食事中にお互いに食べさせ合いをしていたところを見ていた優さんが、若干恥ずかしそうにしながら目を逸らしていたのを見たことがあったので、おそらく恥ずかしがるだろうと予想もしていた。
狙い通り優さんは恥ずかしがってくれたので満足といえば満足ではあるが、こちらも同じように恥ずかしい思いをしているので痛み分け、それどころか午前中の分も合わせると、こちらの方がダメージは大きい。
さすがに今回はやりすぎたと反省せざるを得ない。
「……でも、恥ずかしがる優さん、可愛かったな」
あ~んと口を開いて私の差し出したオムライスを食べる優さんは、普段のかっこよく、どちらかといえば落ち着いた雰囲気から恥ずかしそうにしているときのギャップもあって、非常に可愛らしい一面もあるのだと知れた。
愛さんが時折優さんを揶揄う気持ちも、少しだけ分かった気がする。
揶揄い過ぎると逆に嫌われそうなのであまりするつもりはないが、またこの優さんは見てみたい、という気持ちが芽生える。
「そろそろ戻りましょう」
落ち着いてきたし、あまり長居しては優さんに悪いので、私は鏡を見て自分の表情がいつも通りに戻っていることを確認してから、お手洗いを後にする。
「お待たせしました」
「おう。それじゃあ他のところ回るか」
「はい」
その後、私たちはイルカショーという催しがある時間まで、適当に館内を回ることにした。
色々なことがありつつも午後になり、水族館を見て回るのも後半戦。
今はクラゲという傘に似た形をした透明な海の生き物がたくさん泳いでいる水槽に囲まれた空間へ来ていた。
「すごい……!なんだか幻想的な空間ですね」
「だな」
周囲は薄暗く、照明や鏡などの工夫によるものなのか幻想的な演出で無数のクラゲたちが美しく光っているように見える。
「まあ見る分にはいいんだけどな。もし海行くことがあったら、こいつらを見かけても絶対に触るなよ」
「触ると何かあるんですか?」
「そこの看板に説明が書いてあるぞ」
優さんに指した看板の説明を読んでみると、触手部分に毒があると書かれていた。
毒性が強いものとそうでないものと色々あるようだが、どちらにせよ確かに触らない方がいいだろう。
「毒があるんですね……。こんな綺麗な生き物なのに」
「夏に海でクラゲに刺されるなんてこともよくある話だからな。だからこうして水族館で見る分には綺麗だけど、実際には同じ水の中にいたらって考えると怖い」
「そうですね」
「クラゲに限った話ではないが、見た目が綺麗なのは実は獲物を誘惑して捕獲するためだったとかは結構聞く話だぞ」
「こちらの世界にもいるんですね。美しい姿で誘惑するようなのが」
「アルフィリアの元いた世界にもいたのか?そういう生き物」
「いますよ。例えば海でよく被害があるのは
「マーメイド?」
「はい。美しい歌声と姿で海へやってきた人を誘い食い殺す魔物です」
一度任務で海で起きた魔力災害の対処に向かった際に遭遇したことがある。
乗り合わせていた舟乗りの一人が歌声に誘われそうになったところを助けたことがあり、そのときに本来の姿を見たことがある。
今思い出しても背筋が凍るようなやり口だ。
「意外だな。人魚って聞くと人間と友好的っていうイメージがあったんだが、実際は違うんだな」
「はい。恐ろしい魔物です」
この世界では人魚は人間と友好的だという話もあるのだろうか。
もし本当にそうならばどんなによかったかと心の底から思うが、現実は残酷だ。
「……って、すみません。なんか暗い話しちゃいましたよね」
「いや、大丈夫だ。俺が質問したことに答えてくれただけだからな。逆に勉強になったよ。もし海で変な声を聴いても安易に誘われないようにするさ」
もしいたらの話だけどな、と半分冗談っぽく優さんが言った。
そういった魔物はこちらの世界では伝説上の生き物だとされているので大丈夫だと思うが、万が一なにかあった場合は私が優さんを守ろうと心に決めるのだった。
その後はヒトデという星形の不思議な海の生き物やウニというトゲトゲとした生き物を触れる場所やペンギンという非常に愛くるしい鳥のような見た目をした動物を見て回っているうちにイルカショーの時間となったので、その催しが行われる真ん中に大きな池のような作りになっている会場へと向かい、空いていた席へと座った。
すでに多くの人が座って、イルカショーが始まるのを待っている。
「イルカって最初に見たあの子たちですよね」
「そうだな。まあ実際にあの泳いでいたイルカが今回出て来るかはわからないけどな」
「それでも楽しみです。どんなことするんでしょうか」
「俺も実はちゃんと見るのは初めてなんだよな」
「そうなんですか?」
「ああ。俺はどっちかっていうと館内をじっくり見て回りたいタイプだったから、イルカショーは見に行かなかったんだ」
「意外です」
「意外ではないだろ」
だって子供の頃の優さんはさぞ可愛いんだろうな、と思っているからなんて言ったら、きっと優さんは全力で否定する気がしたので言わないことにする。
せっかくだし、愛さんに子供の頃の優さんの写真とか見せてもらえないか聞いてみよう。
あわよくば優さんの昔話とかも聞ければ合わせて聞きたい。
「アルフィリア、今良からぬこと考えてない?」
「そ、そんなことないですよ?」
「本当に?」
「本当です!」
本当は考えているが、ここは是が非でも否定しておかないと。
「まあ、そういうことにしておいてやる」
なんとか問い詰めるのをやめてくれたことにほっとしつつ、イルカショーが始まるのを待つ。
人と海の生き物が仲良く触れ合うというのは、私のいた世界では考えにくいことなので、どんなことをするのか予想がつかないので、とても楽しみだ。
そうしてしばらく待つこと5分。
ステージの真ん中あたりに設置されている大きな画面からイルカの紹介映像が流れ始め、水族館の人と思われる人が出てきた。
「いよいよですね」
「ああ」
そして映像が流れている画面の方でカウントダウンが始まった。
5,4,3,2,1……0になるタイミングで大きな音が鳴り響き、それに合わせて水面から1頭のイルカが挨拶と言わんばかりの大ジャンプをして飛び出す。
そして再び水の中へと姿を消し、大きな水しぶきを上げる。
「す、すごいです!」
「おお、思ったより迫力あるな」
大興奮の私とは対照的に優さんは比較的落ち着いている。
私はあんなにタイミングよくイルカが飛び出してきたことに驚きと興奮を隠せないでいる。
どうやってやっているのだろうか。
そんなことを考える間もなく、ショーは続いて行く。
今度は3頭のイルカが交差するように水面から飛び出し、また大きな水しぶきを上げる。
そして手前側にある壇上に乗り上げ、観客に愛くるしい姿を見せて会釈していく。
「可愛い……!可愛すぎますイルカさんたち!」
「……はは」
「?なにか私、おかしなことを言いましたか?」
興奮のままに盛り上がる私を見ていた優さんが突然笑みを零す。
どうしたのだろうか。
「いや、めっちゃはしゃいでるなーと。楽しそうで何よりだ」
「だ、だってイルカさんたち可愛いですし、迫力ありますし……」
「まあ気持ちは分かる。別に俺のことは気にせずたくさん楽しんでくれ」
「……写真とか撮らないでくださいね?」
「それはどうだろうな?」
「もう!」
私はぽこぽこと優さんの二の腕を叩く。
本人は特に効いた様子はないし、もちろん力は込めていないがなんだかちょっとむくっとしてしまう。
いつもこうだが、優さんのペースに乗せられることがほとんどである。
いずれこのペースを乱せるようになりたいものだ。
「ほら、イルカショーに集中しなくていいのか?」
「……絶対撮らないでくださいね」
「わかったわかった」
本当にわかっているのか分からないが、とりあえずイルカショーは見逃したくなかったので、一旦は分かってもらえたと思うことにする。
ショーの間の15分間、餌をもらって喜ぶイルカや5頭同時の大ジャンプ、ぶら下げられたボールをジャンプでタッチするなどの数々のパフォーマンスに私は釘付けになり、終わるのは寂しいと思ってしまうほどイルカショーを楽しんだ。
「今日は楽しめたか?」
「はい!とっても!」
来るときには色々あったが、今日は本当に楽しかった。
最初に水族館のことを聞いたときは、魚を鑑賞して楽しむ場所なんて面白いことを考えるなくらいに思っていたが、実際に見てみると想像をはるかに超える世界が目の前に広がっていた。
巨大な水槽の中で海の中を再現した装飾を施し、そこを多種多様な魚たちが泳いでいるその光景は、まるで自分が海の中にいるような気持ちになれたし、泳いでいる魚や海の生物は、私の元いた世界では見たことがないものばかりだが、水槽近くに設置されている看板に説明書きがあったので、どんな生き物か分からない私のような者でも楽しめるようになっていて、色々学びも多い一日だった。
まだ十才にも満たないであろう子供たちが泳いでいる魚の名前を呼んでいたり、親に嬉しそうにその魚の特徴を説明している姿を何度か見かけているので、実際子供たちにとっても学びの場にもなっているようだった。
今回ここへ来れたのも、希さんたちのおかげだ。
帰ったら改めてお礼を言うことにして、私たちは水族館を後にするのだった――。
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