第20話 アルフィリアと水族館①
◇優視点◇
目的の駅で降りた俺たちは、電車内で痴漢しようとした男が一つ前の駅で降りたことを駅員に伝えた後、水族館へと向かった。
とんだハプニングに見舞われたが、ここからは嫌なことを忘れるように切り替えて楽しむことにしよう。
アルフィリアも同じ考えのようで、電車内での少し怯えた様子はもうなく、初めて来た水族館に目を輝かせていた。
「うわぁ……!イルカ、すごくかわいいですね……!」
「そうだな」
入館した俺たちを最初に出迎えてくれたのは、イルカとシャチが優雅に泳いでいる大きな水槽だった。
アルフィリアは2頭のイルカが胸びれを触れ合いながら仲良く泳いでいる姿を見てすごくご満悦なようで、非常にほっこりとしている。
俺はそんなアルフィリアを横目に、イルカと一緒に展示されているシャチを見る。
黒と白の体で圧倒的な存在感を放ちながら、さながら王者のごとき風格を持ったその姿はかっこいい。
男としてはやはりかわいいよりもかっこいい姿に惹かれてしまう。
「あっ、イルカさんがこっちに気づいてくれましたよ!」
アルフィリアの方に視線を戻すと、イルカが1頭近くに寄って来ていた。
近くでイルカが見られて子供のようにはしゃぐアルフィリアを、俺はスマホのカメラアプリを起動して、フラッシュをオフにして写真を撮った。
パシャッというシャッター音でアルフィリアは俺が写真を撮ったことに気づく。
「……!?あ、あの……い、いまもしかして私の写真を撮りましたか……?」
「ああ、撮ったぞ。すごく嬉しそうにイルカと触れ合っているもんだから、ついな」
「あ、あぁあの!できればその写真は消して頂けると……」
「それはできない相談だな」
「そ、そんなぁ……」
アルフィリアは写真を撮られることが非常に恥ずかしいようで、耳まで赤くしながらしゃがみ込んでしまった。
前に二菜と出かけたときにプリクラを撮ったらしいのだが、自分の写りが悪かったと思っているせいか、その時から写真に苦手意識を持っているようだ。
ちなみにプリクラは内緒で二菜から見せてもらったが、別段写りが悪いなんてことはなく、強いて言えば目を閉じてしまっている写真があったくらいで他は可愛く写っていた。
「そんな恥ずかしがらなくても、すごく可愛く写っているぞ?」
「か、可愛いくないです!きっと子供っぽい顔をしています!」
「それが可愛いじゃないか」
「からかってます……!?」
「いやそんなつもりはないんだが」
「もう……!」
少し頬を膨らませながら可愛く怒るアルフィリア。
ほんといろんな表情を見せるようになったなと思いつつ、この姿も写真に収めようとスマホを構えようとしたら、今度は俺のスマホのカメラレンズを両手で覆うようにして阻止され、可愛く怒るアルフィリアの写真は撮り逃してしまった。
「わかったわかった。今だけ勘弁してやる」
「今だけって……後でまた撮るんですか!?」
「当たり前だろ。母さんにも写真は頼まれてるからな」
「それなら私も優さんを撮ります!」
「それは構わないが……って今撮っても仕方ないだろ」
せめてもの反撃として、自身のスマホを取り出して俺の写真を撮ろうとしたアルフィリアに今撮る意味はないと伝えると、唇を尖らせ、少し眉間にしわを寄せながらぷいっと顔を逸らされた。
「……絶対、優さんの可愛い姿を撮ってみせます……!」
「はいはい。せいぜい頑張ってくれ」
「……むぅ」
俺の余裕綽々な様子にアルフィリアは余計に口を膨らませるのだが、その姿が余計に可愛いことに本人が気づいていないのがなんとも面白い。
若干不機嫌ながらも可愛い顔で怒るアルフィリアと俺は、その後も昼食の時間までいろんなエリアを回るのだった。
俺がいつ写真を撮るのかと警戒心を強めたアルフィリアは、和んでは警戒、和んでは警戒を繰り返し、俺に写真を撮られないような立ち回りをするようになった。
だがそんな努力も虚しく、俺はシャッター音をオフにしてアルフィリアに気づかれないように写真を撮っていたので、アルバムの中にしっかりと可愛く和んでいるアルフィリアが保存されている。
そんな感じでアルフィリアの写真を撮りながら、午前中に回れる場所はひと通り回ってから、俺とアルフィリアは館内の中で営業しているレストランへとやってきた。
中はすごいお洒落なことに、水槽で泳ぐ魚たちを鑑賞しながら食事を楽しめるようになっており、俺もアルフィリアもそれには思わず「おお……!」と声に出して興奮してしまった。
「お魚さんが泳いでいるのを見ながら食事ができるなんて、すごいお洒落ですね」
「だな。水族館だからこその演出だよな」
「はい」
「とりあえず注文済ませるか。これ、メニュー」
「ありがとうございます」
アルフィリアはメニューを受け取って早速開く。
そしてメニューを見た瞬間にアルフィリアの顔が青ざめたかと思えば、驚いたようにメニューすぐ閉じた。
「どうしたんだ?」
「……あ、あの……や、やっぱり私、食べなくても、へ、平気です」
「え、えぇ……?」
突然そんなことを言うものだから、さすがに俺も困惑してしまう。
とりあえず自分もメニューを開いて中を確認するが、サメの肉を使ったステーキなどの珍味や全体的に少々値段が高い以外はとくに普通の内容なのだが、一体どうしたのだろうか。
「別におかしなところはないけど、どうしていきなりそんな……」
「べ、別にお腹は空いていないのでだいじょ……」
ぐぅぅぅ~~~~~……。
「…………」
「……お腹は……なんだって?」
「はぅ……」
お腹は空いていないので大丈夫と言いかけたところで、お決まりのように腹の音が鳴った。
アルフィリアは腹の音を聞かれてしまったことによる羞恥心から俯いて肩を震わせている。
「それで、なんで急に食べないなんて言い出したんだ?」
「……その、お値段が……」
「ああ、そういうこと」
どうやら、安くても千円以上するものしか載っていないメニュー表を見て遠慮してしまったのだろう。
相変わらずそういうところを気にするのは、こっちに来たときから変わらない。
まあ気持ちは分からないでもないが、もう諦めて素直に受け入れればいいと思う。
父さんたちはもうアルフィリアを甘やかす気満々なので、今のうちに慣れていってもらわないと困るのはアルフィリア自身なのだ。
「こういった水族館やテーマパーク内にあるレストランの値段はだいたいこんなものだから遠慮しなくてもいいぞ。確かに高いが、こういうところでしか食べられないものだったり、思い出になると考えればいい」
「ですが……」
「ここでアルフィリアが食べないのなら俺も食べないぞ」
「えっ?ど、どうしてですか……?」
「いやだって、俺だけ食べるのもなんだか気まずいだろ。せっかく二人で来てるのに、一人で食べるのは寂しいだろ」
「あっ……」
俺が一人で食べるのは寂しい、と口にしたところで何かを思い出したのか、アルフィリアは自分のしようとしていたことに気づく。
なにを思い出したのかは定かではないが、おそらく一人で食事をするということに思うところがあったのだろう。
「……わかりました。やっぱり私もお腹が空いているので、一緒に食べます」
「それでいいんだよ。せっかく来たんだから遠慮なんかするな」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ選ぶか」
「そうですね」
というわけで、どうにかアルフィリアを説得することに成功し、二人で改めて注文を済ませる。
そしてしばらく魚が泳いでいる水槽を眺めて待っていると、注文したものが運ばれてきた。
「おお、これは美味そう」
「はい、美味しそうです」
俺があらびきチーズハンバーグのセットで、アルフィリアがオムデミライスだ。
いろいろサメの肉やワニの肉などの珍味を使った料理もあったが、今回は冒険せずに無難なものを選ぶことにした。
記念に来た料理の写真を撮影しておく。
「それじゃあ食べるか」
「はい!」
「いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせて挨拶をしてから、料理を口に運ぶ。
ハンバーグの肉は柔らかくジューシーで、チーズもしっかりと溶けていてうまい。
セットでついてきたライスも進む。
肉、チーズ、米という神の組み合わせを考えてくれた人に感謝しながら、どんどん食べ進めていく。
アルフィリアの方もふわふわのオムライスを上品に食べながら、幸せそうな表情を浮かべている。
「美味しいですね」
「ああ」
「…………」
「?」
アルフィリアが俺のハンバーグをじっと見つめる。
どうしたのだろうか。
「……優さん、よかったら一口いただいてもいいですか?」
「えっ?」
アルフィリアがいきなり俺のハンバーグを食べたいと申し出てきた。
まさかそんなことを言われるとは思っておらず、戸惑ってしまう。
「……ダメですか?」
「ダメじゃ、ないけど……」
「……!ありがとうございます!」
まあ一口くらいなら問題ないか、と思って一口サイズに切り分ける。
それをアルフィリアに取ってもらおうとしたところで、アルフィリアは驚きの行動に出た。
「あ~……」
「!?!?」
なんとアルフィリアは食べさせろ、と言うように目を閉じながら口を開いたのだ。
いわゆるあーん、というやつをご所望らしい。
「あ、あの……?アルフィリアさん?」
「あ~……」
俺が声を掛けてもあーんしてもらう姿勢は崩さずに待っている。
どうするべきだろうか考えるが、おそらくアルフィリアは俺がその口にハンバーグを持っていくまでこの姿勢を崩すつもりはなさそうなので、ここは恥ずかしいのを我慢して、食べさせてあげるほかなさそうだ。
俺は切り分けたハンバーグをフォークでアルフィリアの口まで運ぶ。
緊張のあまり手が震えてしまうが、なんとかアルフィリアの口まで到達したところで、そのハンバーグをパクっと食べた。
そして顔を綻ばせながら、ハンバーグをしっかりと味わう。
「このお肉、美味しいですね」
「そ、そうだな」
アルフィリアは満足げに感想を言うが、俺は正直今のやり取りだけでかなり疲弊してしまった。
まるで恋人同士がするようなそれを、アルフィリアは何とも思っていないのか平気な様子だ。
もしかして、元いた世界では普通の事なのだろうか。
海外ではスキンシップは意外と当たり前にするところも多いと聞くし、俺が気にしすぎなだけだろうか。
といろいろ考えたりもしたが、まあ本人が満足したのならそれでいいか、とこの一幕は心の中にそっとしまうことにして、食事に戻ろうとしたが……。
「それじゃあ優さんもどうぞ。はい、あ~ん……」
「……えっ?」
「優さんのお肉を一口いただいたので、私のオムライスを優さんも食べてください。はい、あ~ん……」
先ほどのハンバーグのお返しだとでも言うように、スプーンでオムライスを一口分すくって俺の方に差し出す。
まさかのあーん返しである。
「自分で食べるから……!」
「ダメです。私が食べさせます」
「なんで!?」
「なんでもです。ほら、早く」
「ぐっ……あ、あーん……」
と頑なに食べさせることに固執しているアルフィリアに押し切られ、俺はそのオムライスを食べる。
「おいしいですか……?」
「……おいしいよ」
「よかったです」
俺の感想に、アルフィリアは満足げに笑う。
たしかにふわふわの触感は感じるが、恥ずかしさのあまり正直なところ味がわからなかった。
それにしても、まさかアルフィリアがこんなことをするとは思っていなかった。
二菜と遊びに出掛けてから、やけにここ最近はスキンシップを図ろうとしたりと距離が近いと感じるとことはあったが、一体なにがあったのだろうか。
今度無理やりにでも二菜から聞き出そうと心に決め、味がわからなくなったハンバーグを食べるのだった――。
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