第19話 アルフィリアと初めての電車

◇優視点◇


「……水族館?」

「うん。今度の休みにアルフィリアさんと二人で行ってくるのはどうかな」


 リビングのソファーでのんびりした時間を過ごしていると、父さんがいきなり水族館へ行く気はないかと聞いてきた。

 

「また唐突な……どうして水族館に?」

「実は仕事で依頼先からよかったらって水族館のチケットを2枚もらったんだけど、せっかくならアルフィリアさんと優の二人が行くのがいいんじゃないかって愛さんと話したんだ」

「まあ俺は行っても構わないが……アルフィリアがどうしたいか次第だな」

「私がどうかしましたか?」


 行くかどうかはアルフィリア次第だと父さんに伝えたところで、洗い物を終えたアルフィリアがリビングへとやって来た。


「アルフィリアと俺で水族館へ行く気はないかって話。チケットもらったんだと」

「すいぞくかん……?」


 アルフィリアは水族館がどういった場所なのか分からないようで首をかしげる。


「いろんな魚や海の生き物が見られる場所だよ。大きな水槽に様々な魚が泳いでいるところやすごい深いところに生息している生き物だったりね」

「そのような場所が……」

「向こうにはそういった場所はなかったのか?」

「なかったです。あちらでは魚は食用とするのが一般的だったので、鑑賞目的で魚を展示するような話は聞いたことがありません」

「ならちょうどいいんじゃないかな。見たことないなら色々見て楽しめると思うし、優も水族館は小さい頃に行ったきりだろう?」


 確かに最後に行ったのは小学生の頃だったので、相当久しぶりだ。

 アルフィリアも行ったことがないのであれば、色々体験するという意味でもいいかもしれない。


「……そうだな。アルフィリアはどうだ?」

「行ってみたいです」

「なら決まりだね。はい、これチケット」

「ありがとう」

「ありがとうございます」


 というわけで父さんから水族館のチケットをもらったので、次の休みに水族館へ出かけることが決まった。

 今更だが、女の子と二人きりで水族館に行くって、周りから見たらデートに見えるのでは?と思えてきてしまった。

 そう考えてしまうと、なんだか落ち着かない気分になってきた。

 今からでも俺が一緒に行くのをやめて、チケットを二菜あたりに譲ったほうがいいかもしれないと考え始めるが……。


「ふふ。優さんと水族館、楽しみです」

「…………」


 俺と水族館へ行くのをすごく楽しみにしている様子のアルフィリアに、とてもじゃないがそんな提案をする気にはなれず、先ほどまでの考えは引っ込んでいった。

 緊張はするが、そこまで楽しそうにしているのなら水を差すのも悪い気がするので、ただ友達と一緒に遊びにいくつもりでアルフィリアと二人で水族館へ行くことにする。


「それじゃあ今週の土曜日、早速行くか」

「はい!よろしくお願いします」

「おう」


 ほんと、最近ではいろんな表情を見せるようになり、今もすごく嬉しそうだ。

 向こうでは聖女として振る舞い、ただ自分の役目を全うするための機械のような生き方をして感情を表に出すことができなかっただけで、本来はこんな風に表情豊かな少女なのだろう。

 水族館へ行けば、もっといろんな表情が見られるだろうか。

 そんな期待を密かに抱きつつ、水族館へ行く日を楽しみにするのだった。





 水族館へ行く当日。

 目的地である水族館は電車で移動する必要があるため、まずはアルフィリアにICカードを作った。

 いちいち切符を買うよりもこの方が便利で楽なので、作っておいて損はない。

 アルフィリアはさっそく作ったばかりのICカードを緊張しつつ改札口にかざすと、ピッ!という音が鳴って、目の前の小さなゲートが開いた。


「ひ、開きました!」

「はいはい、早く来いよ」


 先に自分のICカードを使って改札を通り抜けていた俺は、まるで子供を見守る親のような気持ちになっていた。

 この世界のことに新しく触れていくアルフィリアを見ていると、いつもこんな気持ちになるので少しほっこりする。

 戸惑いつつも改札を通り抜けたアルフィリアは、無事通ることができて安心したのかほっとしていた。


「なんだか少し不安になっちゃいますね……」

「そうか?」

「その、こちらの札をあの機械にかざすことで乗車賃を払うことができるのは理解したのですが、ちゃんと払ったという実感が湧かなくて、通って大丈夫だったのかなって思ってしまって……」

「ああ、なるほど」


 電子マネーというものが世の中に普及し、現金以外でも買い物できるのが割と当たり前になってきた現代を生きる若者としては、特に違和感を覚えることはない。

 たが、アルフィリアの居た世界ではこういったICカードやコード決済などはなく、基本的に現金を渡して対価を支払うのが当たり前だったので、お金を渡さずに支払いができるというのには違和感を覚えるようだ。

 ICカードなどの電子決済では、ちゃんと払えたのかどうか分からないという不安が生まれるのも無理はないが、この辺りは徐々に慣れてもらうしかないのだ。


「まあ大丈夫だ。基本的にシステムでエラーが起きたりしないかぎりは問題ない。ただ残高があるかないかだけはちゃんと見たほうがいい。カードを機械にかざすときにカードの中の残高が表示されるから、よく確認してくれ」

「わ。わかりました」


 とこんな感じで無事改札を通り抜けることができたので、ホームの方に降りて電車を待つ。

 あと5分もしないうちに乗る予定の電車が来るのでしばし待つ。

 周囲を見渡すと、休日ということもあって人が多い。

 これは電車で座れないことも視野に入れないといけない。

 しばらくして電車が来る知らせがホーム内の放送で流れ、時間通りに電車が来た。


「これに乗るんですか?」

「そうだ」


 電車が止まって扉が開いたので乗り込んだが、すでに席は埋まってしまっており、俺とアルフィリアは立って乗車することになった。

 予想よりも電車内の人が多く、他の乗車客と肩が触れ合うほどだ。

 転倒しないように吊革を掴むようにアルフィリアへ伝えると、扉が閉まり電車が動き出す。

 ここから数十分ほど電車に揺られることになるので、できればどこかのタイミングで席が空けばいいのだが、休日で出かける人も多い中だと難しいだろう。

 

「……大丈夫か?」

「は、はい、なんとか……」

「席が空けば座れるから、しばらくの間は我慢してくれ」

「わ、わかりました」


 電車内は控えめな声で雑談する人たちや、スマホを弄っている人、頭をコクコクさせながら眠そうにしている人など様々だ。

 しばらく電車の揺れに身を任せていると、段々と眠気が襲ってくる。

 昨日は二人きりで出かけるのは初めてのこともあり、少し緊張してあまり眠れていなかった。

 だが立ったまま寝ることはできないので、睡魔との戦いはしばらく続くことになりそうだ。

 なんとか意識を保ちながら電車に乗ること20分ほどが経った。

 すでに7駅ほど過ぎただろうか。

 目的の駅まではあと2駅なのでもう少しだ。

 次の駅にもうすぐで着くというところで事件が起きた。


「……ん?」


 あともう少しでこの窮屈な状況から抜け出せると安堵したところで、アルフィリアの腰辺りに触れようとしている手が視界に映ったのだ。


(まさか痴漢か……!?)


 そう認識した瞬間、身体は勝手に動いていた。

 俺はその伸びている手首を鷲掴みにして力を込める。

 アルフィリアは自分に向かって伸びている誰かの手首を俺が掴んでいるのを見て、自分が触られそうになっていたことに気づく。


「……!?」


 手を伸ばしている中年の男の方を睨みつける。

 

「おい、なにしてんだアンタ……」

「えっ……」


 自分でも驚くくらい低い声を出した俺を見て、アルフィリアは驚いたように目を見開いた。


「……っ!」


 アルフィリアを痴漢しようとしていたことに対しての怒りで、自然と手首を掴む手に力が入り、男は痛みで少し顔をしかめる。

 周囲も少しだけここの異変に気付き始めたようで、段々と視線が集まってくる。

 次の駅へと到着するや否や、痴漢しようとした男は無理やり俺の手を振りほどくと、逃げるようにして電車を出ていった。

 痴漢があったことは次の駅で降りた際に駅員へ伝えることにして、今はとくに追いかけたりせず、先にアルフィリアに声を掛ける。


「大丈夫か?アルフィリア」

「!?……は、はい、大丈夫です……」


 急に俺が声を掛けたからか、アルフィリアは少しビクっとしながら答える。

 一応触られる前に止めることができたが、怖い思いをしたことに変わりはない。

 

「悪い。電車ではこういうことが起きる可能性があることを説明するのを忘れていた。怖かっただろ」

「いえ……確かに怖かったですけど、優さんが守ってくれたので大丈夫です」

「それでもすまん。次の駅で降りるから、不安かもしれないが我慢してほしい。俺も警戒しておくから」

「わ、わかりました」


 痴漢が起きる可能性を考えて、扉の近くが空いていたのでそこにアルフィリアを誘導して自分が壁になるなど色々対策ができたはずなのに、それを怠った結果アルフィリアに怖い思いをさせてしまったことを強く反省する。

 帰りも電車に乗る予定だが、またこのようなことが起きてアルフィリアにとって電車がトラウマになってしまわないように、父さんたちに事情を話して帰りは迎えに来てもらった方がいいかもしれない。

 そんな反省をしているうちに目的地の駅へと到着したので、俺とアルフィリアは電車を降りたのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

 

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