第17話 勝負

◇二菜視点◇


 私たちはゲーセンで遊びつくした後は、軽くお昼を食べてから普通にショッピングを楽しんだ。

 といっても、アルフィリアさんはお金を使うことにどこか抵抗があるのか、あまり何かを買うようなことはなく、買ったものといえばノートくらいだ。

 こっちの世界のことについて勉強しているとかで、ノートはそのためらしい。

 真面目だな、と思うと同時に女の子同士の買い物にしては可愛げのない買い物だとも思う。

 アルフィリアさんはこっちの世界に来てまだ日が浅いこともあって、ショッピングを楽しめるほどこの世界のことに慣れていないのだろう。

 そう考えるとショッピングを提案したのは失敗だったなと反省するが、なんだかんだいろんなものを見るだけでも楽しんでいるようだったのでよしとしよう。

 

「さて、ショッピングも楽しんだところで次は喫茶店にでもいかない?」

「喫茶店……ですか?」

「そうそう。いろいろ動きまわったし、甘いものも食べたいし」

「私は二菜さんにお任せします。こちらのことは詳しくないので……」

「それじゃあ決まりね。行きましょうか」

「はい」


 というわけで次は喫茶店へと向かうことにした。 

 このように今日はほとんど私が何処へ行くか、何をするかを決めている。

 どこに何が、どんなものがあるか分からないという理由もある思うが、おそらく友達と遊びに出掛けたことがなく、どのようなことをするのが普通なのかを知らないのだろう。

 元いた世界では、友達の類はいなかったのだろうか。

 ……いや、おそらくいない。

 彼女はこの世界で生きていきたいと言っていた。

 普通は自分のいた世界に帰ることを願うはずだが、彼女はそれを望んでいない。

 だとすれば、帰りたくないと思うほどの扱いを受けていた可能性がある。

 私がアルフィリアを友達だと思っていると伝えたところ、本人はすごく嬉しそうにしていたので、友達もいたことがないのかもしれない。

 いまは彼女の事情を踏み込んで詳しく聞く勇気はないが、今日は別の話をするために誘ったので、彼女のことを聞くのは今よりもっと仲を深めてからでも遅くはないだろう。

 




 喫茶店へ着いた私たちは店員さんの案内された席へと座り、飲み物と甘いものを頼んだ。

 私がいちごのタルトとホットココア、アルフィリアさんがパンケーキとコーヒーを頼むと、すぐに注文したものが来る。

 そして、その届いた甘いものを目の前にしたアルフィリアさんはというと……。


「……~~~~!」


 アルフィリアさんは綺麗な青い瞳を大きく見開いて、幸せそうにパンケーキを食べている。

 その姿がまるで小さい子供のように見えて、なんだか可笑しくて思わず笑ってしまった。


「ぷっ!……すごい美味しそうに食べるわね」

「す、すみません……こんなにふわふわなパンケーキは初めて食べたので……」

「だから謝ることじゃないわよ」

「は、はい……」


 アルフィリアさんは自分だけが楽しんでいるのではないかと感じたときに、まるで自分を出していることが悪いことだと思っているかのように、こうやって謝ることがある。

 今日は私も楽しめているし気にする必要はないのだが、彼女にとっては一種の癖のようなものだろう。

 楽しいなら楽しいと、美味しいなら美味しいと言えばいいと思うのだが、何かしら過去になにかがあったのだろう。

 友達として関わっていく上では、自分をどんどん出してもらえたほうが付き合いやすいので、これからも遊びに誘って、そんなことを思わなくなるようにしようと思うのだった。

 ちなみにアルフィリアさんはこの後パンケーキを二度注文した。





 甘いものを十分に堪能してから喫茶店を出ると、周囲は少し暗くなり始めている頃だった。

 時刻は17時過ぎなので、そろそろ最後の目的地へと向かうとしよう。


「もういい時間だし、最後に行きたいところがあるんだけどいい?」

「?……はい、大丈夫です」

「それじゃ行きましょ」


 真面目な表情で聞いた私に違和感を覚えつつも、大丈夫と答えてくれたことに安堵しつつ、私は目的の場所に向かって歩き出す。

 二人の間に会話がないまま歩いて、しばらくすると目的の場所にたどり着く。

 周囲はすっかり夕日の光でオレンジに染まっている。

 私は懐かしさを覚えながら、錆びついてしまった遊具に手を触れる。


「……ここは?」

「私と優が昔よく一緒に遊んだ公園よ」

「……なぜここに?」

「……話したいことがあるから」

「……!」


 私が振り向いて答えると、さすがに私の表情が真剣だからか、これから話すことは大切なことなのだと感じ取ったアルフィリアさんはどこか緊張した表情になる。

 

「勘違いしないでよ。別にアルフィリアさんを非難するとかそういう話じゃないから。ただ私のわがままを聞いてもらいたいだけだから」

「……わがまま、ですか?」

「そう……。ねえ、アルフィリアさん」

「……はい」

「……優のことどう思ってる?」

「えっ……」


 私は初めて会った日に質問したことと、全く同じ質問をした。

 突然のことでアルフィリアさんも困惑する。


「ど、どうしてまたそのようなことを……」

「いいから」

「……いい人だと思っています。さりげない気遣いも、時折見せる不器用さも、そのすべてが温かくて、優しくて、頼りになる人だと思っています」


 あの日と同じ答えを、今度は私の目を真っ直ぐ見つめながら口にする。

 でも、私が聞きたいのは違う答えだ。


「……聞き方を変えるわ。アルフィリアさんは優のこと、好きなの?」

「……ふぇ!?す、好きってどういう……!」

「そのままの意味よ。異性として好きなのかって聞いてるの」

「そ、それは、その……ようなことは……」


 アルフィリアさんは辛そうにしながら目を逸らす。

 それだけで心にもないことを口にしようとしているのが分かった。

 自分の心を誤魔化すことなんて。絶対にさせない。


「私は優のことが好きよ」

「えっ……」

「アルフィリアさんも好きなんでしょ?」

「……そんな風に思う資格、私には……」

「そんな風にってことは、好きなのね」

「っ!……それは」


 私はこんな質問をしなくても、アルフィリアさんが自分と同じ気持ちを抱いていることなんて分かっていた。

 ただそれを明確にしておきたかったのだ。

 これから私がしようとしているわがままに必要なことだからだ。


「ねえ、アルフィリアさん……私と勝負をしましょう」

「……勝負?いったいどんな……?」

「私とアルフィリアさん、どっちが先に優を落とせるかっていう勝負」

「……へっ!?」


 もしこのまま私が何もせず、いつものように幼馴染として優と一緒にいれば、いつかは優の心はアルフィリアさんへと傾くだろう。

 実際に優がアルフィリアさんのことを多少なりとも意識しているのは、あの日の様子から分かっている。

 いつか優とアルフィリアさんが恋人同士になってしまったら、私はきっと二人を心から祝福することはできない。

 本心を隠し続けて、無理に笑って、二人の友達を演じることなんて、考えただけでも胸が苦しい。

 今まで幼馴染という立場に甘んじていた私に、二人が付き合うことを恨む資格なんてないのだ。

 だからこれは私のわがままだ。

 

「……ごめん。私はアルフィリアさんが優のこと好きだってことは、なんとなくわかってた」

「……でも、二菜さんも優さんのことがお好きなんですよね?なら、どうして勝負なんか」

「……もし私が優に告白して、それで仮に付き合えたとしてさ……アルフィリアさんはどうするの?」

「……もちろん、祝福します」

「うん、きっと私も逆の立場ならそうする。でも、内心はきっと苦しい気持ちになると思う」

「…………」

「そんな気持ちを抱えたままじゃ、いつか友達として一緒に居ることさえ苦しいと感じるようになると思う。私はそれが嫌なの。アルフィリアさんにもそんな思いはしてほしくない」


 アルフィリアさんが優に好意を抱いていることを知った上で、無視することは私にはできない。

 

「……だから、先に優を落とした方の勝ち。勝っても負けても恨みっこ無しの勝負をしましょ……受けてくれる?」

「…………わかりました。その勝負、お受けします」

「……よかった」


 正直アルフィリアさんが勝負を受けてくれたことにホッとする。

 これは私の押し付けでしかなく、最悪受ける必要のないものだ。

 それなのに受けてくれた理由はおそらく、自分自身と私に辛い思いをしてほしくないからだろう。

 本当に、優しい人だと思う。


「でも、勝負とは具体的にどのようなことをするのですか……?」

「明確なルールは、お互い告白をしないこと」

「告白しない……ということは優さんから告白された方の勝ちということですか?」

「そうよ」

「わかりました」

「言っておくけど、私に勝ちを譲ろうとか考えて何もしないのはナシだからね?」

「は、はい」


 こうして、私とアルフィリアさんの優の落とし合いが始まることになった。

 

(ごめんね……アルフィリアさん)


 私は卑怯だ。

 アルフィリアさんの優しさに付け込んで、明らかに自分のほうが有利な勝負を持ちかけているのだから。

 優と一緒にいた時間は私のほうが長い。

 優の好きなものも、過去も、好きだった人のことも知っている。

 アルフィリアさんがまだ知らないことをたくさん知っている。

 でも、これくらいは許してほしい。

 ただでさえ姉に似ているだけでもずるいのに、優はアルフィリアさんに惹かれている上に一緒に暮らしているのだ。

 だから私は優の情報を教えない。

 これは私からのささやかな意地悪だ。

 

「……さて、すっかり暗くなっちゃったし今日はもう帰りましょうか」

「はい、そうですね」

「それじゃあ優の奴に連絡……あ、そうだ」

「?」

「アルフィリアさんって携帯持ってたっけ?」

「はい、一応……」

「それじゃあ連絡先を交換しましょうか。何かあった時に連絡手段がないのは不便だしね」

「はい、わかりました」


 そうして私とアルフィリアさんは連絡先を交換した。

 スマホの操作がなんだか覚束ないアルフィリアさんを見て、さっきまで張り詰めていた空気が一気に和む。


「……はい、交換完了っと。これからもよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします、二菜さん」

「……その二菜さんっていうのやめない?」

「えっ?」

「私のことは二菜って呼び捨てでいいわ。私もフィリアって呼ぶから」

「え、えっと……それじゃあ二菜、これからよろしくお願いします」

「うん、よろしくね、フィリア」


 私とフィリアはお互いに握手を交わした。

 これで私たちは友達であり、同じ相手のことが好きな恋のライバルというわけだ。

 何とも奇妙な関係だが、こういうのも一種の青春っぽくて嫌いじゃない。


「それじゃあ、優にも連絡したからここで待ちましょうか」

「はい」


 空を見上げると、先ほどまでオレンジ色に染まっていた空はすっかり夜の色に染まっていた。

 こうして長かったようで短い一日は終わり、私とフィリアは雑談しながら優が来るのを待つのだった――。


 

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