第14話 修羅場(?)

◇優視点◇


「誰よその女ー!!」

「……!?」

「……?」


 突然背後から聞き覚えのある大声がしたので振り返ると、そこには二菜がすごい形相で立っていた。

 

「お、お前!なんでここに!?」

「優が逃げるからでしょ!?学校でも逃げるように帰るし!気にもなるわよ!」

「だからって尾行するなよ!」

「うっ……それは、ごめん」

「あ、あの~……こちらの方は……?」


 俺が二菜と話していると、アルフィリアが軽く手を挙げて恐る恐る聞いてきた。

 こうなってしまった以上は、話すしかなさそうだ。


「はあ……とりあえず玄関先で騒いでると近所迷惑になりかねないから、一旦家に入ろう。二菜も」

「そ、そうね。お邪魔します」


 というわけで招かねざる幼馴染を家に上げつつ、どう説明したものかと考えを巡らせる。

 正直に異世界からウチに迷い込んできたと伝えるのが一番だろうが、果たして信じるだろうか。

 まあ信じられないと言われれば、アルフィリアに魔法を使ってもらって無理やり信じさせるとしよう。

 ひとまずテーブルに三人で座ると、早速二菜が口を開く。


「……で?あなたは誰?優とどんな関係?」

「え、えっと……」

「二菜、そんな威圧するな。アルフィリアが困ってる。とりあえず二人とも自己紹介してくれ」

「それもそうね。……私は柚原二菜よ。優の幼馴染でクラスメイトよ」

「私はアルフィリアと申します。いまはこちらの家に居候させていただいてます」

「居候?」


 お互いに簡単な自己紹介を済ませたところで、二菜が居候という言葉に反応する。


「はい。こちらの家の方々に……」

「あー、そこからは俺が説明する。いいか?」

「あ、はい。わかりました」

「ええ、お願い」


 というわけで俺はアルフィリアが異世界からウチに迷い込んできたこと、ウチで面倒を見ていること、ウチの両親も納得済みであることを説明する。

 あまりの現実離れした話に、徐々に二菜は混乱していく。

 そしてひと通り説明し終わったところで……。


「……ごめん。異世界から来たってマジで言ってるの?冗談じゃなくて?」


 頭を抱えながら、二菜は言った。

 まあ当然の反応である。

 そもそも、突然異世界から来たなんて言われて信じる方が難しいのだ。

 なので、ここでアルフィリア自身に証明してもらうことにする。

 

「もちろんマジだ。なんなら証拠もあるぞ」

「証拠?」

「アルフィリア、あの日見せた魔法をもう一度使ってもらえるか?」

「いいんですか?」

「まあこの際仕方ない。俺が許可する」

「わかりました」


 そう言うと、アルフィリアは掌をテーブルの上に出し、意識を集中させる。

 二菜はアルフィリアを怪訝そうに見つめる。


「一体なにを……」

「まあ見とけ」

「……光灯ライト


 アルフィリアが魔法の名を告げると、あの日と同じように掌から光の球体が現れて、俺たちの頭上に浮かんだ。


「…………」


 現実離れした光景に、二菜は光の球体を見ながら固まってしまった。

 それにしても、前見たときは驚いてしっかりと見れなかったが、改めてみても不思議なものだ。

 見たところ実体はあるようだが、触れることはできるのだろうか。

 もちろん何かがあっては困るので、さすがに触る勇気はないが。


「アルフィリア、もういいぞ」

「あ、はい」


 アルフィリアに合図をすると、魔法が解除されて光の球体が姿を消す。

 二菜はいまだに球体が浮いていた場所を見つめている。

 大丈夫だろうか。


「おーい、二菜。大丈夫か?」

「…………」


 俺が声をかけると、二菜がゆっくりとこちらに視線を戻す。

 そして無言で俺の方に手を伸ばしてきて……。


「痛い痛い!」

「に、二菜さん!?」


 突然俺の頬をつねってきた。

 

「こ、これ普通自分の頬でやる奴だろ!」

「……夢じゃないわね」


 夢じゃないのを確認できたようで、俺の頬を離した。

 どうやって判断をしたのか気になるところだが、ひとまず夢じゃないことは分かってもらえたようだ。

 それにしてもとんでもない力でつねられたせいで頬が赤くなってしまった。

 ものすごく痛い。


「まったく……。とにかく見てもらった通り、彼女は魔法が存在している世界から来たんだ。だからこうして魔法も使える」

「…………」


 二菜はなにか考え込むような素振りで黙り込む。

 俺とアルフィリアは黙って二菜の言葉を待つ。


「……はあ、わかったわ。信じる」

「そうか」


 二菜も諦め交じりのため息で、この話を信じることにしたようだ。

 さて、本題はここからだ。


「本題だが、アルフィリアのことを知っているのは俺たちと母さん父さんだけだ」

「ようは異世界から来たってことを他言するなってことでしょ?言われなくてもわかってるわよ。というか言っても誰も信じないでしょ」

「話が早くて助かる」

「それで、あなたは元の世界に帰れるの?」

「それは……」


 二菜からの問いかけに、アルフィリアは目を伏せる。

 現状、元の世界に帰る方法はない。

 だがもうそれを探す必要はなくなったのだ。


「アルフィリアはこの世界で生きていくことにした」

「えっ?それってつまり、帰るつもりはないってこと?」

「そうだ」

「あ、あなたはそれでいいの?」

「……はい。私は、この世界で生きていきたいです」


 確固たる決意をアルフィリアは口にした。

 あの日弱っていたときに聞いた言葉を、今度ははっきりと力強い声で。


「……そう」


 アルフィリアの言葉を聞いて、二菜は顔を伏せる。

 どうかしたのだろうか。


「……あ、あの……二菜さん?」

「………アルフィリアさん、だっけ」

「は、はい」

「……あなた、優のことどう思ってる?」

「えっ……?」


 二菜は俯いたまま、アルフィリアにそんなことを問いかける。


「お、お前なに聞いて……」

「優は黙ってて」

「…………」


 二菜の真剣な声に、思わず黙ってしまう。

 どうして、そんなことをアルフィリアに聞くのだろう。

 

「答えて」

「…………優しくて、頼りになる人だと思っています」

「……そう」

「そして……温かい人だと思います」

「えっ……」


 その言葉に、二菜は顔を上げた。

 その表情は驚いているようで、目を見開いてアルフィリアを見つめていた。

 俺もつられてアルフィリアの方を見ると、彼女は頬をほんのり桃色に染めながら、柔らかく微笑んでいた。

 その表情が、頭を撫でたときの表情を彷彿とさせて、思わずドキっとしてしまう。

 

「…………」

「……えっと、どうかしましたか?」


 俺たちに見つめられて、アルフィリアは困惑した。

 どうやら本人は自分がどんな顔をしていたのか自覚がないらしい。

 とはいえ、さすがに本人にその表情が可愛かったと言えるような度胸はないので黙っていると、二菜が突然立ち上がった。

 俺とアルフィリアはどうしたのかと二菜の方を見る。


「…………帰る」

「えっ?ど、どうした……」

「……私もなにかあれば協力する」

「あ、ああ……それは助かるけど……」

「……じゃあ、また学校で」

「お、おい!」


 何が何だか分からないまま、二菜は俺の制止も聞かずに荷物を持ってリビングを飛び出していった……。

 

 



◇二菜視点◇


 私は優の家を飛び出すと、振り返らずにひたすら走った。

 アルフィリアさんのあの表情を見て、私は感じ取ってしまったのだ。

 あの表情は優に特別な感情を抱いている。

 そう確信できるほどに、あの表情は私にとって強烈だった。

 

「はあ……!はあ……!」


 走り続けるのも限界になったところで、立ち止まって息を整える。

 念のためあの二人が追いかけてきていないか後ろを振り向くが、そのような人影は見当たらない。

 追いかけては来ていないことに、助かったと胸を撫でおろす。

 

「……どうして」


 私が逃げ出した理由は優の表情だ。

 アルフィリアさんを見ていた優に、なんとなく特別な何かを感じ取ってしまったからだ。

 それを完全に認めることが怖くて、逃げてきてしまったのだ。

 

「……ずるい」


 優の初恋の相手である姉にどこか似ている少女が、あんな表情をするなんてはっきり言って反則だ。

 私に勝ち目などないと思い知らされているようで、居心地が悪かった。


「……でも、何年も一緒にいてチャンスだってあったのに足踏みしてる私も悪いか」


 小さい頃から一緒に遊んで、同じ時間を過ごして私は徐々に優に惹かれていった。

 でも姉の一件があってから、私は想い伝えられずにいる。

 どこか姉の面影を追いかけているように見えた優に、想いを伝えたところできっと成就しないのだと理解していたからだ。

 それなのに、出会って間もない少女に、優がわずかに向けた特別な何かを目の当たりにして気が気じゃなかった。

 あの場に居たら私はきっと、アルフィリアさんにひどいことを言ってしまう。

 そうすれば、きっと優は私を非難する。

 それは絶対に嫌だ。

 それに、姉に似ている彼女には何の罪もない。

 これは私の独りよがりの妬みでしかない。


『……はい。私は、この世界で生きていきたいです』


 確固たる決意を持って、彼女はこう言った。


「……元の世界に、帰ればいいのに」


 しゃがみ込んで、涙をこらえながら愚痴のように零す。

 口に出しておかないとどこかで言ってしまう。

 私は、どうすればいいのだろうか。

 勝ち目がないと分かっていて、想いを伝えるべきなのだろうか。

 どうするのが正解か、わからない。

 

「……とりあえず、帰ろう」


 しゃがみ込んだままでいるわけにもいかない。

 立ち止まったままでいるわけにもいかない。

 まだもう少しだけ時間はあるはずだ。

 その間に、どうするべきかを考えるんだ。

 だから、どうかまだ二人が気持ちにを自覚しないことを願おう。

 そんな悪い考えを胸に、私は家に向かって歩き出すのだった――。

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