第13話 幼馴染

◇優視点◇


 独白のあった夜から二日ほどでアルフィリアの体調は回復した。

 その後、改めてアルフィリアの口から、母さんたちにこの世界で生きていきたいという意思を伝えられ、無事母さんたちもそれを尊重し協力すると言ってくれた。

 具体的に異世界からやってきたアルフィリアがこの世界で生活をしていくのにはいろいろ問題点もあるが、それはまた追々話し合いをしていくことにして、アルフィリアには少しでもこの世界に慣れてもらおうということになった。

 俺は俺でできることを考えつつ、またいつも通りの日常へと戻っていく。

 現在は学校の教室でぼーっと時計を眺めながら、早く時間が過ぎてくれないかと願っているところだ。

 まあ残念ながら時間というものは決まった間隔で進んでいくもので、いくら願っても進みは早くならないのだが。


「優~?なにぼーっとしてんの?」


 俺の視界に人影が入り込んだことで時計が見えなくなってしまい、仕方なく視界を遮った元凶に目を向ける。

 

「二菜か」


 俺に声をかけてきたのは幼馴染の柚原ゆずはら二菜になだった。

 この教室で俺に声をかけてくるのはこいつくらいなのでわざわざ確認する必要もないのだが、万が一にでも他のクラスメイトにでも話しかけられたら身構える必要があるので念のためだ。

 

「二菜か、じゃないわよ。この前のこと、説明してもらえる?」


 二菜はそういうと顔をぐいーっとこちらに近づけて、『この前のこと』について聞いてきた。

 この前というのはおそらくアルフィリアが倒れた日のことだろう。

 あの日胸騒ぎを感じてホームルームをサボって早く家に帰っていたのだが、その際二菜に先生へ適当に誤魔化すように頼んだのだ。

 

「あー……きゅ、急用ができてだな……」

「私の目を見なさい」


 思わず目を逸らして答えたところを、鼻を摘ままれ強制的に二菜のほうに顔を向けられた。

 

「目を逸らすってことはなにかあったのね?」

「お、お前には関係ないだろ」

「急に先生を誤魔化すように私に頼んできて、関係ないだろはないでしょ!?」

「い、痛い痛い!鼻がもげる!」


 怒った二菜が俺の鼻を引っ張る。

 

「しかも次の日には学校を休むし!タダ事じゃないでしょ!」

「や、やめろ!マジで痛いから!とりあえず離してくれ!」


 そこまで言ってようやく二菜は手を離してくれた。

 自分の鼻がまだ顔にくっついていることに安堵しつつ、二菜にどう説明したものかと思考を巡らす。

 アルフィリアのことを知られると、いろいろ面倒なことになりかねないので言うわけにはいかない。

 もしかしたら今後アルフィリアがこっちで生活していく上で協力してもらうことができた場合は話をするかもしれないが、いまはまだ言うつもりはない。

 どうしたものか。


「あー、マジで大したことじゃなかったんだが、あの日はどうしても外せない用ができただけなんだ」

「大したことじゃないなら私にも説明できるわよね?」

「いや、それはちょっと……」

「やっぱりなにかあったんでしょ?」


 完全に嘘だと見破られているからか、二菜もなかなか食い下がらない。

 こいつ、昔から勘が鋭いというかなんというか。

 

「……悪いが言えない」

「なんで?」

「なんでもだ」

「…………」

「…………」


 二人して黙ってじっと見つめ合う。

 気のせいだろうか、周りがやけに静かになったような……。


「……き・み・た・ち?もうホームルームの時間なんだけど?」

「あっ……」


 妙に威圧感のある声がしたので、そっちに視線を向けると、鬼神のごとき表情で怒った担任が二菜の後ろに立っていた。

 合わせて時計も確認すれば、もうホームルームの時間を3分ほど過ぎていた。

 周囲が静かになっていたのも、おそらくホームルームの時間になったからだろう。


「……はあ、とにかく二人とも痴話喧嘩もほどほどにしなさい」

「ち、痴話っ……!?」

「ち、違いますから!」


 先生のその言葉に俺と二菜は動揺し、周囲はくすくすと笑い始める。

 もちろん俺と二菜はただの幼馴染であり、友達ではあるが恋人などではない。


「はいはい。柚原さんは席に戻って」

「は、はい……」

「早乙女君も、今日は勝手にホームルームをサボることのないように」

「は、はい……」


 この前のことを担任にも注意されてしまった。

 まあ特別な理由もなしにサボることはしないので、大丈夫だと思うが。

 

「はーい、それじゃあホームルームを始めるよー」


 担任のその一声で遅れながらもホームルームが行われた。

 ホームルームの内容は特にこれといって重要な内容はなかったので、適当に聞き流しているうちに終わった。

 とりあえずこれで今日の学校も終わったので、まっすぐ帰るだけだ。

 アルフィリアも回復したとはいえ、まだ病み上がりなので早めに帰るほうがいいだろう。

 というわけで帰り支度をしていると、二菜がまた俺の席へとやってきた。


「ねえ優」

「なんだ?さっきの話なら、悪いが事情は話せないぞ」

「あの話はもういいわよ……。付き合いも長いから、優も絶対言わないだろうしね」

「理解してくれて助かる。それじゃあ何の用だ?」

「今日久しぶりにそっちの家に行ってもいい?」

「……えっ!?」


 二菜の突然の申し出に思わず動揺してしまった。

 たしかに昔はお互いの家によくお邪魔して遊んだりしたが、あの一件があってからはそういったことは減っていた。

 最後に来たのも高校受験の勉強会をウチでやったとき以来なので、ここしばらくなかった。

 とにかく、今は家にアルフィリアがいるので二菜が来るのはまずい。


「わ、悪いけど今日は無理だ」

「なんで?前は普通に行っても良かったのに」

「いや、だってほら、俺たちももう高校生だし、2人きりでっていうのも……な?」

「…………怪しい」

「怪しいって……なんだよ」


 これはまずい。

 前まで来るのを拒んだことはなかったあら、急にダメだと言いづらい。

 断る理由もアルフィリアがいるからダメとは言えないので、変なことを言ってしまい、余計に疑われてしまった。

 かくなる上は……。


「じゃ、じゃあな!」

「あっ!ちょっと!」


 急いで荷物を背負って教室を飛び出す。

 なにか聞かれる前に逃亡することにした。

 明日は幸いにも土日で休みだ。

 月曜日になれば忘れているかもしれない。

 俺は立ちすくむ二菜を置いて、急いで帰ることにした。


 だが、このときの俺は二つ過ちを犯していたことに気ついていなかった……。





◇二菜視点◇


「じゃ、じゃあな!」

「あっ!ちょっと!」


 私の制止の声も聞かずに幼馴染の優は教室を飛び出していった。

 怪しい……。

 この前の事といい、今日の挙動不審からタダ事じゃないと私の直感が告げている。

 これは確かめなくてはいけないと思った私は、急いで優の後を追いかけることにした。


(絶対に暴いてやるんだから……!)


 他人の秘密を追い回すような真似は褒められたことじゃないと分かっているが、気になってしまって仕方がない。

 なにより優の様子がここ最近おかしかったのだ。

 ここ半月で少し表情が明るくなったようにも見えるし、たまに一緒に帰るときにコンビニへ寄った時も普段は揚げ物くらいしか買わないのに、いろんな種類のお菓子を買ったりしていた。

 別にお菓子を食べるのは不思議な事ではないが、買うときの優の表情が少し嬉しそうに、なんだか他の人のことを考えて買っているように見えてモヤモヤしたのだ。

 やはり、最近の優は変だ。

 ついていけばその秘密がわかるかもしれない。

 私は優に追いついたところで、気づかれないように一定の距離を保ちながら尾行する。

 

(この道はいつも通り優の家への道だ……)


 だが特にどこかへ寄るでもなく、このまままっすぐ帰るようだ。

 だとすれば、何故私が家に行くことを拒んだのだろうか。

 今までにそんなことはなかったというのに……。

 なにか嫌な感じだ……。

 どうしてそんな風に感じるのかわからない。

 でも、その理由もこのままついて行けばわかるかもしれない。

 私はそのまま尾行を続けたが、特に何事もなく優の家まで着いた。

 

「やっぱり考えすぎ……あれ?」


 家の前で優が立ちすくんでいた。

 あとは鍵で家の中に入るだけなのに、どうしたのだろうか。

 カバンを漁って何かを探しているようだ。

 

(……もしかして、鍵を家の中に忘れたの?)


 どうやらその予想は正しいようで、優は家のインターホンを押していた。

 結局なんの収穫もなかったか……と落胆しそうになるが、そこで冷静になる。

 この時間、優の両親は仕事で家にいない。

 教室での発言からも、家には誰もいないはずだ。

 では、なぜ家のインターホンを押したのか。

 と私が考えていると、優の家の扉が開いた。


「…………はっ?」


 家の中から出てきたのは、綺麗な銀髪の美少女だった。

 優にあんな綺麗な親戚がいたなんて聞いたこともない。

 優は一人っ子だし、兄弟というのもありえない。

 それじゃああの美少女は一体誰だ……?

 まさか……。

 私は考えたくないその関係に思考が辿り着きそうになったとき、無我夢中で走り出していた。

 そして……。


「誰よその女ー!!」


 優とその銀髪の少女に向かって、思わずそう叫ぶのだった――。

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