第11話 聖女
◇アルフィリア視点◇
私が異世界の日本という国に迷い込んで、早乙女家にお世話になり始めてから約2週間が過ぎた。
最初の1週間の間、優さんや希さんたちはお仕事も学校もお休みだということで、家事のやり方やいろんな機械の使い方など、この世界で生活していくうえで必要なことを色々説明してくれた。
そしてここで生活していくためのルールなども早乙女家と話し合いで決められた。
まず基本的に希さんや愛さんはお仕事、優さんは学校へ行くため、朝から夕方くらいにかけては私1人になるからその間に家事をすること。
これはこの家においてもらう条件として、提示されたことだ。
次に魔法の使用について。
この世界では魔法という存在は空想上の概念だと言う。
そのため魔法を使っているところを万が一他の誰かに見られてしまうと、世間は大騒ぎになってしまうとのことで、基本的に使用は控えるように言われた。
生活魔法を使えば早く家事をすることもできるが、『郷に入っては郷に従え』という言葉がこの世界にはあるらしく、この世界へ来たのなら、ここのやり方に従うべき、とのことだ。
正直不慣れなことばかりで大変だが、お世話になっているので言われた通りにするだけだ。
最後に私の行動について。
家事などやるべきことさえやっておけば、空いた時間は私の好きに過ごしていいとのこと。
外出の制限も設けるつもりはないらしく、家の合い鍵も渡してくれた。
出掛ける際は必ず誰かに携帯で連絡を入れることと戸締りはしっかりして、安全に気を付けてさえくれればいいと愛さんが言ってくれたのだ。
これ以外にも細かい取り決めなどは話し合ったが、基本的にはこんな感じでまとまった。
そして私は愛さんや優さんの指導の下、家事などをなんとか覚え、この世界での生活に少しずつ慣れ始めてきたところだった。
「……いただきます」
午前中は教わった通りに洗濯物を回して、洗い終わった洋服などをベランダで干しているうちにお昼になったので、今は愛さんが作っておいてくれた昼食を電子レンジという機械を使って温め直して食べるところだ。
最初に昼食を愛さんが用意していってくれると言われたときに、わざわざ用意してもらわなくても昼食抜きで大丈夫だと断ったのだが、強く反対されてしまった。
それならば食事なども私が作ると申し出たが、残念ながら元いた世界でも料理などしたことがなく、この前初めて挑戦してみたがうまくいくわけもなく、出来上がった料理は黒焦げで、優さんには呆れられ、愛さんたちには笑われてしまった。
もし私が料理をしたいと思ったら、愛さんが教えてくれるとのことなので、それまでの間は愛さんが用意してくれたものを食べると言うことで話がまとまった。
「……おいしい」
愛さんの作ってくれた料理は、魚の塩焼きにライス、みそ汁という優しい味のするスープ、キュウリの漬物だった。
この世界の料理は本当に美味しいと思う。
元いた世界の料理も決してまずかったわけではないが、食べてもなんだか心が冷たいと感じるばかりで、味も良くわからなかった。
だがこの世界に来てから食べる料理はどれも食べると美味しいと感じ、同時に心も温かくなるのを感じたのだ。
私はその温かさを感じながら食事を済ませると、リビングのソファーで少しだけ休んでいた。
(元の世界は……今どうなっているのでしょうか)
最近はこの世界の生活に慣れることに精一杯だったので余裕がなかったが、少し慣れてきた今では、こうして休んでいるときなどに、ふと元いた世界のことを考えるようになっていた。
きっと私が居なくなって、今頃向こうは大騒ぎだろう。
死んだと噂されているのか、はたまた裏切り者だと糾弾されているのかわからないが、一つだけわかるのは、誰も私が居なくなったことを悲しんではいないだろうということだ。
今にして思えば、魔力災害の対処をしていたときに感じた別の力の介入は、暗殺を企てた王国の誰かの仕業だったかもしれない。
魔物の死体を森に放置し、意図的に魔力災害を起こして私を対処に向かわせ、事故に見せかけて排除。
そんな筋書きが脳裏によぎる。
もしこの妄想通りなら、不愛想な聖女がいなくなったことを貴族や国民たちは喜んでさえいることだろう。
だとすれば、もう向こうの世界に私の居場所はない。
……それなのに私は、元の世界へ戻れる方法を探そうとしているなんて、我ながら馬鹿だと思う。
それでも私は、聖女としての使命を放棄することができないのだ。
いままで人々に、国に尽くす為だけに生きてきたのだ。
それ以外の生き方を知らないから、見捨てられると分かった上でも聖女であることに縋ろうとしているのだ。
そう思い至ったところで、心が締め付けられるように苦しくなる。
こんな感情を抱くことは許されていないのに。
向こうで必要とされないのなら、いっそのこと……。
「…………もうこの世界で」
とそこまで言って我に返る。
ただ自分が楽になるための方法を口にしようとしたことに驚く。
そんなことは許されないのに、元の世界へ帰ることを諦め、聖女であることを投げ出してこの世界で生きていくなど、夢物語にも程がある。
色々考えていたせいか、頭痛を感じる。
心なしか身体が熱い。
「ふぅ…………いけません。言われたことをしなくては」
きっと、これは一時の気の迷いだ。
家事に専念すれば思考を切り替えられるはずだ。
それに仕事を放棄するわけには行かない。
私は家の掃除をするために立ち上がる。
掃除の後は洗濯物を取り込んで、畳まなくてはいけないのだ。
少しでも恩をお返しするためにも、休んでいる暇はない。
気分が優れないのは気のせいだと自分に言い聞かせ、力が入らない身体に鞭を打って私は掃除を始めるのだった。
フラフラになりながらもなんとか掃除を終えた私は、ソファーへと倒れ込んだ。
先ほどから気分が優れず、身体も思うように動かなかったため掃除も思った以上に時間がかかってしまい、時刻はもう午後3時を過ぎていた。
しかしまだ洗濯物を取り込んで畳まなくてはいけないので、休んでいるわけにはいかない。
「……あっ……!?」
なんとかソファーから立ち上がろうとした瞬間、足に力が入らず今度は床に倒れ込んでしまった。
これは非常にまずい状態だ。
「はぁ……!はぁ……!」
体中が熱い。
意識も朦朧として、身体に力が入らない。
熱のせいか頭も痛い。
(……洗濯、物……まだ……)
まだやらなくてはいけないことがあるのに、倒れているわけにはいかないのに身体が私のコントロールから外れてしまったかのように動かない。
ダメだ、動きたくてもできない。
(……申し訳、ございません)
あれだけよくしてもらった方々から与えられた仕事をやり遂げられない不甲斐なさと申し訳なさを感じながら私は意識を手放した――。
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