第10話 聖女様と買い物④
◇優視点◇
「ねえねえ!アルフィリアちゃん!こんなのもどうかしら?」
「えっあの……私は……」
「お客様!こちらなんてどうでしょう?きっとお似合いですよ!」
「こちらもいかがですか?」
「あ、あの……ま、待って……」
午後の買い物が始まるとお腹も満たされ、体力も全回復した母さんとお店の店員さんによるアルフィリア着せ替え劇場が目の前で繰り広げられていた。
次から次へと服や帽子を渡され、目が回っているアルフィリアを苦笑しながら父さんと一緒に見守る。
「……止めなくていいの?父さん」
「さすがに僕でも今の愛さんは止められないよ」
「……だよなぁ」
父さんにも止められないのであれば俺も止めることはできないので、気の毒だがアルフィリアはされるがままになるしかない。
それにしても、母さんだけではなくお店の店員まで着せ替え劇場に参戦するとはアルフィリアも災難だ。
きっと買い物が終わる頃にはフラフラになっているだろうから、後で飲み物でも買ってあげるくらいの労いはするか。
「……それにしても、優も渋っていた割になんだかんだ彼女とうまくやっていけそうでなによりだよ」
「あそこで否定し続けたら父さんたち、強硬手段として俺の小遣い減額とか言い出しかねなかったからな」
「まあ否定はできないね。でも優は彼女を本当に見捨てることはできないんじゃないかって思ってたよ。お前は優しい子だからね」
「……優しい、ね。もしそうなら俺はまだあの人のことを忘れられないだけなのかもな」
『うぅ……!』
『どうしたの?優君!』
『ころんで……おひざ、ケガしちゃった……ぐすっ……』
『あらら……ほら、お姉さんが痛いのなくなるおまじない、かけてあげる』
『おまじない……?』
『痛いの痛いの吹っ飛んでふとんに寝転んだ!』
『……………………?』
『…………』
『……ほ、ほら!痛いのなくなったでしょ?』
『……おねえちゃん、へんなひと』
『へ、変じゃないよ!優しいお姉さんだよ!』
『あはは!』
ふいに脳裏に浮かんだのは幼い頃の記憶。
怪我をして泣きべそをかいていた自分と、1人のお姉さんの姿。
近所に住んでいた優しいあの
でもあのことをきっかけに優しいだけでは、いつか自分が損をすると知ってしまったから、今はもう子供の頃の憧れは遠い夢のようになっていた。
「優……」
「はーい!お待たせー!」
「うおっ!?」
突如眼前に現れた大量の紙袋と母さんの声で現実に引き戻された。
どうやらいつのまにか買い物は終わっていたらしい。
「びっくりさせんなよ……」
「ぼーっとしてる方が悪いのよ」
「はいはい悪かったよ……てかそんなに買ったのか?」
母さんとアルフィリアの両手には、お店のロゴ入りの紙袋が、計10袋提げられていた。
どう見ても、アルフィリア一人分の服にしては買い過ぎだろう。
「いやぁ、アルフィリアちゃんが可愛いから思わずたくさん買ってしまったわ」
「…………」
ちなみにテンションが高い母さんとは真逆に、アルフィリアは疲れ切った顔をしていた。
まああれだけ着せ替え人形にされて、母さんに振り回されたのだから無理もない。
「大丈夫か?」
「は、はい……なんとか……でも……」
「でも?」
「あの、その……こんな高価そうな服、たくさん買っていただいてよかったんでしょうか……?私、その……お返しできるかどうか……」
「とりあえず落ち着け。とりあえずお返しとか考えなくていいぞ。どうせ母さんの自己満足だからな」
「そうよ~!私も楽しめたわ」
俺はあまり詳しくはないが、このお店はそこそこの値段はした気がする。
通貨の説明などはしていないので、おそらくアルフィリアは服の材質などを見て高価だと判断し、それをこんなに大量に買ってもらって困惑しているのだろう。
「これはまた……ずいぶん暴れたね、愛さん」
「そうねぇ。ちょっとだけやりすぎた気はするけど……」
「……ちょっと?」
母さんがやりすぎだったことを自覚していることに感心するべきか、これでちょっとだと言っていることに呆れるべきか……。
まあなにはともあれ、無事服も買い終わったことだし、今日の目標は達成されたのでよしとしよう。
「とりあえず買ったもの持つよ」
「はーい、お願いね」
「ほら、アルフィリアも」
「えっあの、自分で持ちますから」
アルフィリアが持っている分も受け取ろうとしたが、自分で持つと断られてしまった。
さすがにこれだけいろいろ買ってもらっているのだから、せめて買ってもらったものは自分で持とう、と考えているのだろう。
「いいから。俺はどのみち荷物持ちとして来ているんだから、その役割を奪われてしまったらここに来た意味がなくなるだろ」
「で、ですが……」
「はあ……とりあえずもらってくぞ」
「あっ……」
このままでは埒が明かないので、遠慮するアルフィリアの手から荷物を奪い取る。
「父さん、一旦車に荷物置きにいかない?」
「そうだね。この荷物持ったまま動くのは大変だからね」
そういって、父さんは自分が持っている日用品の入った袋と俺の手にある袋を見て同意してくれたので、一度車へ荷物を置きに行くことになった。
さすがにこの状態で本屋に行くのは避けたいのだ。
というわけで駐車場へ向けて歩き出す。
「…………ありがとうございます」
「いいよ。ウチの母さんの戯れに付き合ってくれた礼ってことで」
俺が荷物を持ってくれたことに対してお礼を言うアルフィリアに、顔を見ずに返事した。
車に荷物を置いた後は、俺の要望である本屋にアルフィリアと二人で来ていた。
母さんたちはついでに夕飯の買い出しをしてくるということで、一旦別行動をしている。
今はなにかいい本はないかと店内を探して歩く俺に、アルフィリアが付いてきている。
店内であればどこに居ても、合流には困らないから好きなところをみてもらっていいのだが……。
「アルフィリア、もし見たいところがあるなら好きに見てきていいぞ?店内なら合流は難しくないし」
「えっあの……ではその、色々見てきてもいいですか?」
「ああ。もしなにかあれば声をかけてくれればいい。この本屋の中にいるから」
「わかりました」
そういってアルフィリアと店内で別行動をすることにして、俺はひとまずラノベが並べられているコーナーへと足を運ぶ。
普段ラノベを読んだりしないが、昨日今日とファンタジーと遭遇したせいもあり、なんとなく異世界を題材にした小説がないか見に来ていたのだ。
異世界転移、転生、魔法と剣で戦う世界の話など、いつからか大ブームになった題材の本が並べられている場所を見つけた。
「……さすがに聖女が日本に来る、みたいなピンポイントな話のラノベなんてあるわけないか」
期待してたわけではないが、やはりどれも転生して異世界へ行くもの、何かに巻き込まれて異世界に飛ばされ、特別なスキルを得て冒険するといった話がほとんどだ。
まあ別に置いてないからといって悲観するほど欲しているわけではないので、ないならないで別の本を探すだけだ。
「せっかくラノベコーナーに立ち寄ったし、たまには読んでみるか」
とサクッと思考を切り替え、ラノベコーナーを物色していく。
あまりシリーズ物で10巻以上発売しているものは、今から追いかけるのも大変だし、できれば3巻くらいまでがちょうどいいので、それを目安に探す。
すると、少し気になるタイトルが目に入ったのでそれを手に取る。
「……へえ、ゾンビ世界でサバイバルね」
裏表紙に乗っているあらすじを読んでみると、高校生男女二人組がゾンビだらけの荒廃してしまった世界で奮闘する話らしい。
ありきたりな内容ではあるが、表紙の絵が綺麗……いやゾンビが映り込んでいるので綺麗と言うと語弊があるが、ビジュアルは非常にいいし洋画などのゾンビパニック映画も好きなので、これを買うとしよう。
巻数も2巻と希望に沿っているのでちょうどいい。
2巻も手に取って、他になにかないかをひと通り見て回ってみたが特に興味を惹くものもなかったので、一度アルフィリアと合流するとしよう。
彼女の姿を探しながらお店を歩き回ると、一冊の雑誌を集中しながら読んでいるアルフィリアを発見する。
手に持っているのはグルメ雑誌だった。
どうやら昨日今日でこの世界の料理に興味が湧いたようだ。
「それが欲しいのか?」
「うぇ!?」
集中しているところに俺が突然声をかけたことでびっくりさせてしまったようで、変な声を上げながらこちらを振り向く。
「悪い、驚かせるつもりはなかったんだが」
「い、いえ……もう優さんの買い物は終わったのですか?」
手に持っていた雑誌を元の位置に戻しつつ、アルフィリアが聞いてきた。
「いや、これから会計するところだ。それよりさっき読んでいたのは?」
「少し目に留まったもので、いろんなお料理が載っているので気になっただけです」
「ふーん……」
あまり興味なさそうに振る舞っているが、明らかに読みたいと思っているのが丸分かりだ。
本人は気づいていないようだが、目がその雑誌の方に泳いでいる。
(……やれやれだぜ)
某有名な漫画の三部の主人公のようなセリフを心の中で零しつつ、先ほどアルフィリアが見ていた雑誌を手に取って、先ほど選んだ二冊と一緒に会計するためにレジへと向かう。
「えっ?」
「ほら、行くぞ」
「あ、あの……それ、どうするんですか?」
「なにって、会計するんだよ。お金払わずに持っていったら万引きだからな」
「でもそのお料理の本……」
「俺が欲しいと思ったんだから、俺が買っても問題ないだろ?」
あくまで俺が欲しいから、別にお前のために買うわけじゃないという風に伝える。
「俺が読み終わったら読んでもいいぞ」
「…………」
別に俺はこの雑誌に興味があるわけではないので読まないと思うが、こうすればアルフィリアも断りづらいだろう。
黙ったままのアルフィリアと共にレジに行き、三冊分のお会計を済ませると本屋を後にした。
父さんにメッセージでこちらの買い物が終わった旨を送ると、あちらも終わったようでここに向かってきてると返信が来た。
ひとまず近くに座れる場所があるので、そこに腰を下ろす。
「……ずるいです」
「なにが?」
座った途端にアルフィリアはそんなことを言ってきた。
なんのことを言っているのかわかっているが、あえて聞き返す。
「さっきの、私のために買ったんですよね」
「なんのことだか」
「…………」
「さっきも言ったが、俺が欲しいから買っただけだ。お前が気負う必要はないし、俺の物なんだから俺が誰に貸し出し出そうと俺の自由だろ?」
「そうですけど……」
「そしてお前はこの本を最初に借りられる権利を得た。おめでとう」
「…………ずるいです」
また同じことを言われてしまった。
ここまで来たら諦めて素直に読みたいと言ってくれればいいのだが……。
「……ありがとうございます。ではそちらの本、お借りします」
「……ああ」
本人は若干不服そうにしていたものの、最終的に折れてくれたことにほっとする。
まあこの遠慮しがちな態度も徐々に和らげていってくれることを願っていると、父さんたちの姿が見えたので、今日の買い物はこれで終了だ。
時間も時間だし、みんな疲れているだろうからこのまま遊びには行かずに帰ることになるだろう。
「なあアルフィリア」
「どうかしましたか?」
「今日、楽しかったか?」
「……はい、慣れないことだらけで疲れましたけど……楽しかったです」
「……そうか」
アルフィリアのその言葉を聞けて、内心で満足する。
せっかくこの世界に来たのだから、辛いことばかりにならないためにも俺たちがサポートする必要がある。
何の得にもなりはしないのに、突然一緒に暮らすことになった異世界の住人のためにそんなことを考えるくらいには、今日一日で俺は自分がお人好しなのだと思い知らされる。
父さんの言う通り、最初から見捨てることなど俺にはできなかったのだ。
(まったく、憧れって厄介だな……)
心の中でそんなことを呟いていると、両親が買い出しから戻って来たので今日の買い物はこれで終了だ。
車に乗り込み、父さんの運転の元自宅へ向けて出発する。
しばらくすると、アルフィリアが寝息を立てながら眠り始めた。
今日は相当疲れただろうし、今はそっと眠らせておこう。
……というか俺もなんだか眠くなってきた。
まあ母さんたちが起こしてくれるだろうし、寝てしまっても問題ないだろう。
そう考えてしまったときにはもう睡魔に抗う気は消え失せ、瞼を落としていた。
そのまま俺とアルフィリアは二人揃って、家に到着するまでの間後部座席で眠り続けるのだった――。
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