第9話 聖女様と買い物③
◇優視点◇
ラーメンの注文を済ませ、父さんたちが待つ席へ戻って来た。
あとは注文の際に渡された機械からアラームが鳴ったら取りに行くだけだ。
父さんたちも俺たちが戻ってきたタイミングと入れ替わりで自分たちの食べるものを探しに行ったので、今は席でアルフィリアと二人で座っている。
アルフィリアは席に着いた途端に少し息を吐いていたので、もしかしたら疲れてしまっているのだろうか。
「疲れたのか?」
「え、えっと……少し、人が多い場所はあまり慣れていなくて」
「向こうの方だとこんな風に人が多い場所はなかったのか?」
「市場のほうは大勢の人で賑わっているところも多いですが、私はそういったところにほとんど行ったことがなくて」
「なるほどな。こっちだと人は結構多いし、慣れないうちは大変だろうな」
「はい……」
と言いつつも、俺も人混みに慣れているほど外出はしていないので偉そうに言える立場ではないが、アルフィリアの場合は見知らぬ場所で慣れない人の多さに身を投じているのだから、俺が思っているよりも疲れはすごいのだろう。
「まあウチの母さんが振り回してるみたいで悪いけど、午後はもっと振り回されるぞ。服選びとか大好きだからなあの人」
「い、いえ!むしろ右も左も分からない私に親身になって考えてくださって、感謝しています。優さんにも希さんにも……」
「俺は特に何もしてないけどな」
「そんなことないです。私が困ってると声をかけてくださいますし、今も私が疲れていると思って心配してくださっていますし……」
「……まあ、ちゃんと見るように言われてるしな」
アルフィリアはただ素直に感謝を言葉にして伝えているつもりだろうが、そんな風に感謝されることに慣れていなくて、なんだか照れ臭くなる。
「そういえば、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「優さんっておいくつなんですか?」
「俺か?15歳で今年16歳になるが……」
急に改まって聞いてくるものだから重要なことかと思っていたのだが、何かと思えば俺の年齢を聞いてきた。
「あ、同い年なんですね」
「そうなのか。でも突然どうしたんだ?年齢なんか聞いてきて……」
「いえ、その……部屋をお借りしたときに机の上になにかの教材が置かれていたので、どこか学園に通われているのか気になってしまって……すみません」
「いや、謝ることじゃないんだが……」
そういえば机の上に教科書出してたな。
着替えの時にしまっておいたが、アルフィリアはそれで俺が学校に通っているのか気になったということだろうか。
「たしかに俺は高等学校に通う高校生で、アルフィリアが見た教科書もその学校で使うものだな」
「そうなんですね。私、実は学園のようないろんな人が集まる学び舎に通ったことがなくて……」
「そうなのか。そっちでは勉学ってどうしているんだ?」
「貴族の方々は学園に通ったり、家庭教師を雇って教育したりですね。庶民などの経済的に貧しい方々は両方難しい場合が多いですが……私の場合は家庭教師の方を雇っていました」
つまり、学校などの学び舎に通えるのは裕福な家の子供だけということだろう。
貴族が優遇される世界なのかもしれないが、それでも通えない子供たちへの救済処置くらいは用意してもいいのではと思うが、異世界のことなので俺にはどうすることもできない。
そんな中でアルフィリアは貴族の生まれで、勉学の機会自体与えられた点では優遇されていたのかもしれない。
「私、学園って少し憧れてて……いろんな人と同じ場所で同じことを学べるのって素敵だなと思っていたので」
「アルフィリアは学園に通わせてもらえなかったのか?」
「……父が、最低限の教養さえあればいいと、学園へ行くことは許されず家庭教師を雇ったのです」
アルフィリアが目を伏せて答える。
その表情はすごく痛ましく見えて……。
「……悪い。配慮に欠ける質問だったな」
「い、いえ!気にしないでください!」
そういえばアルフィリアは元いた世界では冷遇されていると思う、とこっそり母さんから聞かされていた。
学園へ通いたくても、親に必要ないと本人の意思を全く尊重しない家で育ったということだろう。
他人の家庭に口を出すことはできないので俺たちにはどうすることもできないが、それでも心の痛む話だ。
「……でも、憧れはまだあって、こっちの世界の学園ってどんな感じの場所なんだろうって気になっていたのです」
「そうか……まあ俺はあんまり学校へ通うのは乗り気じゃないから楽しい話はそんなに聞かせられないけど、時間があるときでよければ話くらいはできる」
「!……はい!ぜひ!」
「……あんまり期待するなよ」
今までに見たことがないほど目を輝かせるアルフィリアに若干身を引きつつも、わずかひと月でクラス内の微妙な立ち位置を獲得した俺が話せることはあるのだろうかと考えるが、特に思いつかない。
目を輝かせているアルフィリアに何も話せないのは申し訳ないので、せめて学校というものに触れる機会を作ってやりたいがどうしたものか……。
さすがに通わせることはできないだろうが、なにかきっかけがあれば学校の中の見学はできるだろう。
これはまた今度、母さん辺りに相談してみよう。
「戻ったわ~」
そんな風に考えをまとめたところでちょうどよく父さんたちが帰って来た。
すでにトレーを持っているので、注文してすぐ出来るものを選んだようだ。
「久しぶりのM《エム》バーガーよ。ポテトはみんなで食べましょう」
「これはまた無難なものを……」
「でもこういった機会でないと食べないからね。たまにはいいだろう?」
「そりゃそうだけどな」
選択肢が多いので、困ったら有名なチェーン店のものを選べば間違いはない。
まあ俺もアルフィリアがいなければ同じように無難なチョイスにしていただろうから何も言うまい。
ピピピピッ!
ここで手元にある機会が料理の準備ができたことを告げる。
タイミングのいいことで……。
「ラーメンできたみたいだから、取りに行くか」
「はい」
さっそくアルフィリアと二人で受け取りに向かう。
受け渡しカウンターには先ほど注文の際にいた筋骨隆々なおっさんではなく、若い女の店員さんが立っていた。
親子でやっているお店なのだろうか。
「これ、お願いします」
「醤油ラーメンと豚骨ラーメンのお客様ですね。お待たせいたしました」
そういって店員さんからラーメンの載ったトレーを受け取る。
「アルフィリア、零れないように気を付けて持ってくれ」
「は、はい」
アルフィリアもトレーを受け取ると、ゆっくりとした動作で慎重に歩き始める。
そこまでゆっくりじゃなくてもいいんだが……と思いつつもアルフィリアの歩調に合わせて歩く。
なんとか零さずに席までたどり着いたところで、俺は一度お冷を持ってくるために席を立つ。
母さんたちはMバーガーのセットメニューでドリンクがあるので、とりあえず俺とアルフィリアの分だけ紙コップに注いで持っていく。
「はい、水」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃあ食べようか」
「そうね。それじゃあ……」
「いただきます」
「「いただきます」」
「い、いただきます」
母さんの掛け声とともに挨拶をする。
アルフィリアだけ少し出遅れ気味ではあったが、同様に挨拶をした。
各々が頼んだ料理を食べ始めるが、アルフィリアだけは食べずに、なんだか困った様子だ。
見たところ、どうやって食べればいいのか分からないといった感じだ。
「食べ方がわからないか」
「……お恥ずかしながら、はい」
「ラーメンはこの箸を使って食べるんだ。そっちのトレーにも同じものがあるだろ?」
「こ、この二本の棒で食べるんですか?」
アルフィリアがそんな馬鹿なとでも言いたげな顔で箸を見る。
まあそういう反応になると思ったので、念のためフォークもお願いしたのだ。
ひとまず箸に挑戦してもらってから、無理そうならフォークを使って食べればいいだろう。
「こうやって持って、先端の方で掴んで食べるんだ。やってみてくれ」
「……こ、こう……あ、あれ?つ、掴めない」
箸の使い方を実演して、アルフィリアもそれを真似て挑戦してみるも、なかなか思うように操れなくて苦戦している。
日本人でも子供の頃こんな風に悪戦苦闘した人も多いので、できないのは仕方がない。
これは練習あるのみなのだ。
苦戦するアルフィリアを横目に自分のラーメンを食べる。
豚骨の濃厚な味のスープが麺としっかりと絡んで、美味しい。
色々インパクトの強いお店ではあったが、味はちゃんとしている。
どこか近くでチェーン店を出していないだろうか。
また食べたいので後で調べてみよう。
「…………」
「ん?どうした?じっと見つめて」
「優さんはそんな簡単に掴んでいるのに……私に才能はないのでしょうか」
「まあこれは練習あるのみだからな。とりあえず今日はこれを使って食べな」
そういって万が一の時のために頼んでいたフォークをアルフィリアに渡す。
なんだか少し悔しそうな顔をしながら受け取るが、食べられないよりはマシだとわかってくれたのか、フォークを使って醤油ラーメンを食べる。
「……!おいしいです。この麺すごくつるつるして面白い触感です。味も優しくて……」
「ここのラーメン、俺も初めてだけど美味しいよな」
「はい。この世界にはこんなにおいしい料理がたくさんあるんですね」
「大げさだとは思うが……まあそうだな」
と食べ進めながらそんな話をアルフィリアとしていると、正面に座る両親……特に母さんがこちらをニヤニヤしながら見つめていた。
「な、なんだよ」
「別に~?息子が可愛い女の子と仲良さそうにしているのを見るのは目の保養になるな~と」
「普通だろ普通。あんまり変な目で見るなよ」
「だって、そんな楽しそうに話してる優は久しぶりに見たんだもの」
「……あんまり見るなよ」
思わず目を逸らしてしまう。
こういう時の母さんのペースに飲まれると調子が狂って仕方がない。
「あまり優を揶揄わないでね。拗ねちゃうから」
「あら、それはそれで可愛いじゃない」
「……はあ」
両親が俺に愛情を注いで育ててくれた事には感謝しているし、もちろん尊敬もしているのだが、この息子を揶揄って面白がるのだけはどうにかならないだろうか。
「……ほんと、仲がいいのですね」
「……アルフィリア?」
「い、いえ!なんでもありません」
小声でなにか言ったように聞こえたんだが、本人は誤魔化すように手を振って、ラーメンの残りを食べていくので、それ以上追及できなかった。
一瞬寂しそうな目をしたような気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。
まあ本人も話したがらないのであれば、そっとしておこう。
誰にでも踏み込まれたくない部分はあるのだから。
その後の時間は他愛もない会話をしつつ昼食を済ませると、午後の買い物を済ませるべく、移動することになった――。
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