第9話 着物


朝起きて台所に行くと、宗二さんがいなかった

寝坊でもしたのだろうかと思い、特に気にはしなかった


でも朝ご飯ができて、それをちゃぶ台に二人分置いても

宗二さんは起きてこない......

何かあったのかな?夜更かしでもしたのかな?

不安になって、宗二さんの自室へ向かうその途中


私の部屋と宗二さんの部屋の間にある部屋の扉が開いていることに気づいた

もしかして......泥棒!!?

もしそうだったらどうしたら.........

そ、宗二さんに助けを求めるしか......でも、とりあえずは覗いてみましょう


「...........」


部屋を覗くと、箪笥の中を漁っている?宗二さんがいた


「そ、宗二さん。何してるんですか?」

「あ........仁子さん。少し...その...掃除をと......」

「掃除道具が見当たらないのですが...」

「..........」


押し黙ってしまった宗二さん...

どうしたんでしょうか?


「こんなことを言うのは失礼かもしれませんが、その...仁子さんの着物が随分と古くなっているように感じて......」


あと何年くらい着れるかな、一年どころか半年も無理かもと先日、呟いた独り言が聞こえていたのでしょうか......


「す、すみません!!」

「本当なら、一緒に買いに行かなければいけないことは分かっているのですが、僕は買い物が苦手なので......」

「いえ!大丈夫です!!全然、この着物まだ着れます!!!」


どうにか誤魔化そうとしてみるけれど、宗二さんの反応を見て無理だなとすぐに分かった


「この部屋は元々、ウメノが使っていたんです。ウメノの着ていた着物なら、仁子さんも着れるかなと.......ただ、仁子さんが好きそうな物が僕には全く分からなくて」

「宗二さん.....................すみません。このままじゃ、朝ご飯が冷えてしまいます」

「あ........」


本当にすみません、でも言わなきゃと思ってと付け足すと、いえありがとうございますと優しく返してくれた宗二さん

本当にすみません.......



「仁子さんはその...どういう色とか柄が好きですか?」

「あまり意識したことはないのですが、淡い色が好きです。柄は.......」


箪笥から一通り、着物を出して考える

あ、この着物...姉さんよく着てたなとか、これは智子が好きそうだなとか

今は関係ないことばかりが頭をよぎってしまう


私がウメノ姉さんの物を使ってもいいのだろうか

きっと姉さんは笑って許してくれる

気にしなくていいとか、これが似合うんじゃない?とか、言ってくれる

でも..........


「宗二さん、私には勿体ないです」

「仁子さん......?」

「私には着れません。ごめんなさい」


そう言って部屋を抜け出す


いくつか、見たことのある物もあった

見たことがない物もあった

それはおそらく、嫁いでから買った物で

きっと宗二さんが姉さんに買った物


私には勿体ないし

着る資格はないと思った


それにもし私がそれを着たとして

宗二さんはどう思うのだろう

代わりでもいいと言ったのは私だ

それを受け入れていたし、覚悟もしていた


一番になれなくたっていいじゃないか

姉さんがいた場所を奪い取るぐらいの気で、図々しくやればいいじゃないか

それに文句を言うような人達ではない

姉さんも宗二さんも


上手くできる、上手くやれる...

智子にはそう言った

自分にもそう言い聞かせていたのかもしれない


私、我儘だ...すごく......



一人で勝手にへこんで、そのまま寝てしまっていたらしい

外を見れば、綺麗な夕焼けが見える

結構長い間、へこんでめそめそして寝ていたんだな


部屋の扉を開けて外に出ると、近くに仁子さんへと書かれた紙と少し大きめな包装紙が置いてあった

宗二さんからだろうか?

いや、普通で考えて宗二さん以外の人からというのは有り得ないか


「...........!」


薄桃色の桜柄の着物とそれに合わせた帯

こんな着物、箪笥の中には無かったはずなのに

どうしたんだろう...


「宗二さん、これどうなさったのですか!!?」


急いで宗二さんの部屋に行って、尋ねる

宗二さんはかなり驚いた様子で


「えっと、それは...」

「姉さんの箪笥の中にはありませんでしたよね?」


見るからに綺麗で真新しい物

今日買ってきたとしても、こんなにすぐ着物にはならない

反物を買って、採寸を合わせて、仕立てて...


「その...引かないでくださいね.......」


と前置きをする宗二さん


「元々、ウメノに新しい着物をと考えていた頃に自分で仕立ててみようと勉強していたんです。でも、反物の準備をする前にウメノは死んで.......だけど、いつも頭の中に残ってて、いっそのこと反物を買って...それを仕立てて墓前に供えようと思っていたんです」


未練がましい男でしょう?と悲しく笑う宗二さん


「完成間近に結婚が決まって、一度はやめていたんです。でも今日思い立って、仕上げをしたんです」

「じゃあ、これはウメノ姉さんの着物です」

「そのつもりだったんですが、仁子さんが着てください。墓前に供えても勿体ないだけですから.......勿論、無理にとは」


いつもこの人は、無理強いをしない

ちゃんと相手を尊重して、相手のことを考えてる


「いえ、私なんかでよければ着させてください.......!」


私もそうなりたい、この人達のように...


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