第4話 梅の花


まだ日が昇って間もない時間

そんな早くから宗二さんは起きて、台所に向かう


「宗二さんは朝がお早いですね」

「癖みたいなものなんです」


これで四度目になるけれど、何度見てもきっと慣れないだろうな


「?......どうかしましたか」

「いえ」


男の人の割烹着姿は


「仁子さんはお味噌汁をおねがいします」

「はい!分かりました!!」



食後に少し気になったことを聞いてみる


「宗二さんはお料理がとてもお上手ですが、どなたかに教わったのですか?」

「........はい」


返事に間があるのは会ってからずっとそうだけれど

ここまで長い間が空くということは、ウメノ姉さん関連だろうか


「ウメノに教わったんです。それまでは独学でやっていましたが、今となってはどれも食べられたものではありません」


なんとなく、そうなんだろうなとは思っていた

宗二さんの作るものは全部、ウメノ姉さんが作ってくれていた味によく似ている


とても懐かしくて優しい味


「初めは全部自分でやるからと言ったものの、結局ほとんどはウメノに任せきりになってしまって........」


ただでさえ優しそうな顔を、さらに優しくしする

自分で言ってみて意味の分からない言葉だと思うけれど、どうにも私にはそれ以外の言葉が見つからない

姉さんの話をするときの宗二さんは毎回同じ表情をしている

愛おしむような懐かしむような、悲しむような......もう帰ってこない人を想うというのはこういうことなのだと思い知らされた


何かに触れる度にきっと思い出す

綺麗な景色を見たとき

同じ年頃の人を見たとき

誰かの優しさに触れたとき

数え切れないほどにその瞬間は多くて

日常のふとした中ででも、嫌というほどに思い出す


だから宗二さんは、もう誰とも関わりたくないんだろう


「仁子さん、うちを出て少し歩いた所に梅の木が沢山ある場所があるんです」

「そうなんですか?今の時期なら見頃ですよ、きっと」

「....い、一緒に行きませんか」


少し裏返った声で話す宗二さん

代わりなんて必要としていなくても、そんなものはいらないと言っても、重なってしまうんだ


「はい。行きましょう」


私を通していつも姉さんを見ている

だから私のことを愛おしそうに見てくれているんだ



「見てください、宗二さん!!満開ですよ!!」

「そうですね...」


下がり気味に、落ち込んでいるかのような返事が返ってくる

気分も少し悪そうに見える


「外に出るのは苦手ですか?それとも梅はお嫌いですか?」

「....外は苦手です。でも今日は人が大勢いるわけではないので、まだ大丈夫です」


誰もいない外での散歩でこんなにも気分が悪そうなら、結婚式のときはさぞ無理をしたんだろう

実際に途中からいなくなってしまっていたわけだし


「梅は好きですよ。花や植物は好きです」

「私もです!」


宗二さんはかがんで、下に落ちてしまった梅の花を手に取る

穏やかに笑い、花を見つめる


「でも花はここ数年。まともに見ようとしてきませんでした」


思い出してしまうからと付け足した

宗二さんのその言葉を聞いて、幼い頃のことを思い出す

季節が変わり、咲く花も変わる度に姉さんは私と智子にその花の名前を教えてくれた


『ウメノ姉さん、あのお花は何ていうの?』

『あれは梅、梅の花よ』

『うめ?じゃあ、あのお花は姉さんだ!』

『そうかな?』

『そうだよ!!』

『ありがとう、仁子』


「ありがとうございます、仁子さん」

「......?」


宗二さんにお礼を言われたけれど、どうしてだろう

私は何もしていないのに


「ありがとうございます、一緒に来てくれて。僕一人では行こうとすら思わなかったでしょうから........。きっかけをくれたのは、間違いなく仁子さんです」


何故だろう、そう言って笑ってもらえると

涙が出そうになる

私はこの人が諦めていたことを、ちゃんと諦めないようにすることができたのかな


「いえ、こちらこそありがとうございます。宗二さん」


また来年、花が満開になる頃になったら宗二さんとここに来よう

いや、その前に桜が咲いたら

どこか一緒に花見をしに行きたい

今度は私から誘ってみよう


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