第3話 提案


宗二さんの部屋の扉をコンコンとノックする


「宗二さん、入ってもよろしいですか?」


数十秒ほどの沈黙が流れる

それがとても長く、永遠にこのままなのではないかと嫌なことを考えさせる


「どうぞ」


扉を開けた宗二さんが顔を出す

その顔はとても申し訳なさそうな、悲しそうな

泣き出してしまいそうな顔で


「ありがとうございます」


こっちまで泣きそうになった


出してもらった座布団に座り、宗二さんと向き合う

話そうとしてどこか詰まらせてしまう宗二さんを見て、私から切り出さなければと思った


「さっきは申し訳ございませんでした」

「いえ、僕の方こそ失礼なことを沢山言ってしまって...」

「宗二さんが言ったことは失礼なんかじゃありません。全部本当のことです」


夢を見過ぎていた

だから、本当のことを言われて悲しくなった

でも引き下がるのは嫌だ


「宗二さんに提案があるんです」

「提案...ですか」

「はい。まず、私のことをウメノ姉さんの代わりだと思ってください」

「それは.......」

「代わりでいいんです」


代わりでもいいから、この人に愛されたいという私の我儘


「私自身を愛してくれとは言いません。ただ、姉さんは宗二さんが幸せになることをきっと望んでます。だから私と家族になってください。姉さんが安心できるように、宗二さんのお義父様が心配しないよう、普通の人になりましょう」


燃えるような愛でなくても、一緒にいれば家族としての愛が生まれるなんてことは流石に言えなかった


「僕は意気地なしですよ」

「私が宗二さんを引っ張ります」

「僕は喋るのが苦手です。今だって仁子さんと目を合わせて喋れていません」

「じゃあ沢山、練習しましょう。それに宗二さんが苦手なことは私が代わりにすればいいんです」

「僕は駄目な奴ですよ、汚い所だってあります」

「問題ありません。一緒にゆっくりでもがんばっていけば、どうにかなります」


「夫婦なんですから、二人でがんばりましょう」


宗二さんは俯いて、ゆっくりと話し始める


「朝食後に......その....好意を無碍に扱ってしまって、すみませんでした」

「平気ですよ。あまり気にしないでください」

「......重なってしまったんです。ウメノとも一緒に料理をしていたから」

「あの、お辛いのを承知でお願いしたいのですが、毎日一緒にご飯を作りませんか?」


驚いた顔をして、断ろうとする宗二さんに重ねる


「毎日一緒にご飯を作って、お掃除をしてお洗濯をして、少し外を歩いて......そういうことを繰り返して、家族になりましょう」

「........たまにお断りしてしまうことがあるかもしれませんが、それでもよければ」


根負けしたかのように返事をする宗二さん


「はい!これからよろしくお願いします!!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


お互いにお辞儀をする

どちらからともなく、昼食の準備を始めて

一緒に食べて、片付けをする

外を少し散歩してみないかと聞いてみて、明日からと約束をして

どこを歩こうかと二人で相談して

夕飯の支度をして、二人で食卓を囲んで

お風呂の準備をして、どちらが先に入るかの譲り合いをして


「流石に寝室が一緒になるのはもっと後ですね」


なんて、自室でぼやいてみる

もしかしたらと昨日も心の準備をしていたけど

この調子だと何十年後になるやら...なんて

今でも充分幸せなのに、欲張ってしまう


姉さんのお葬式で宗二さんを見たとき、私は姉さんみたいになりたいと思うと同時に、あの人にあんな風に愛されたいと思った

宗二さんは私の初恋の人だ

これは墓場まで持っていく私の隠し事


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