第2話 代わり
「な、なんでいるんですか!?宗二さん!!」
「なんで...と言われましても......」
宗二さんは人が苦手だと聞いていた
だから住み込みで働いている使用人はいないと思い、早朝に台所をお借りして朝食を作ろうと昨晩から考えていた
「使用人は雇っていないので、朝食も昼食も夕食も僕が作っています。食べるのも今までは僕だけでしたし」
「そんな......」
割烹着を着て台所に立つ宗二さん
左手にはネギ、右手には包丁
でも“今までは”か...
「私も手伝いますね」
「ありがとうございます」
・
「美味しそうにできましたね」
「手伝ってくれてありがとうございます、仁子さん」
「いえいえ」
ちゃぶ台に並ぶ二人分の朝食
ふわふわと立ち昇る湯気
「冷めないうちに食べましょうか」
「はい」
例外はあったけれど、上手くいったような気がする
昼食も二人で作れたらいいな、いや昼食こそ私が作って....なんて考える
でも、食べ終わってから
「僕が全部しますから、仁子さんはゆっくりしていてください」
鳩が豆鉄砲を食らうってこんな感じなのかなと場違いなことを思ってしまった
「それはあの、お手伝いもしなくてよいと...」
「はい」
「では私は買い物を...」
「食材の調達なら、本邸から週に一回人が来てやってくれますので」
「で、でも...」
それって私のいる意味あるのでしょうか
だって、宗二さんの話を聞く限り、お料理もお掃除もお洗濯も全部一人でできると
「もしかして、私が片腕だからですか?」
「いえ、そういう意味では決して...」
言葉を詰まらせる宗二さん
結婚して二日目で私はしでかしてしまったのかしら
「正直に言うと仁子さんはすぐに出ていくと思っていました」
「え、何故そんな...」
「父からも言われたでしょう、代わりだと」
代わり......
「父は僕が仁子さんと結婚したら、また元に戻ると思っているようですが、僕は代わりなんて必要ありません」
それはきっと当たり前だ
それに私では代わりにはなれない
「代わりだと扱われることに不満を持って、出ていくと思っていました。僕にとってもその方が都合がいいので......僕はもう誰かと関わるつもりはありません」
そんな悲しいことを言わないで
「例えそれがウメノにそっくりな貴方でも、僕はウメノ以外を愛するつもりはありません」
ウメノ姉さんは宗二さんが、人と関わることをやめるのを望むだろうか
望まないはずだ、きっと
「私は......初めから愛されようと思って結婚したわけではありません。代わりになってほしいと頼まれはしました」
「なら........」
「代わりという言葉は嫌いです!でもそれ以上に姉さんが死んだことで、全てを諦めてしまった宗二さんが嫌いです!!」
失礼しますと言って、私は自室に逃げてしまった
嗚呼、最低だ
分かり切っていたことなのに、文句を言ってしまった
それに噓も言ってしまった
愛されようと思っていないだなんて、大噓だ
どこかで期待していた
私は酷い女だ、嫁に貰ってもらえただけで充分だというのに
ウメノ姉さんは父さんの年の離れた妹で
私の叔母だった
宗二さんの妻だった
私と智子の母は出産と同時に死んでしまった
10歳年上のウメノ姉さんは、母親代わりを自称していたが、私と智子にとっては姉のような人だった
智子は死んだ母親似で、私はウメノ姉さんと瓜二つだと周囲に言われるような容姿だった
生まれつき右腕がなくとも、誰よりも一生懸命で強くて綺麗な姉さんに憧れていた
容姿だけでなく、中身も姉さんのようになりたいとずっと思っていた
七年前、姉さんが嫁ぐことが決まったときに大泣きして、姉さんを困らせた
病気で四年前、姉さんは亡くなった
死ぬ間際までよく手紙が来ていた
『宗二さんは素敵な人』
『とても優しい』
『私は幸せ者だ』
姉さんのお葬式で、ずっと棺に縋り泣いていた人がいた
この人がきっと宗二さんだと思った
こんなにも思われて、愛されて姉さんは幸せだったんだと思うと同時に、私もこんな風に誰かに愛されたいなんてぼんやりと思ったのを覚えている
宗二さんは世捨て人だと聞いた
名家の次男坊なのに親の仕事を手伝うわけでもなく、別邸に引きこもって物語を書いている
誰とも会わず、人を...家族すら近づけさせず
でもウメノ姉さんと結婚してからは、今まで築き上げてきた高い壁のようなものがなくなったと、引きこもるようなこともなくなったと
それがウメノ姉さんが亡くなって、元に戻るどころか悪化したと聞いた
どうか諦めないでほしい、人と関わることを
こんなに素敵な人なのに誰も宗二さんを知らない
「謝らなきゃ......」
これはただの我儘だけれど、姉さんが生きていた頃の宗二さんに戻ってほしい
上手くは言えないけれど、その方がいいと思うから
続
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