梅花の候、

曲輪ヨウ

第1話 結婚


拝啓


梅花の候、天国のウメノ姉さん

あちらでも元気にしておられますか

私も智子ともこも元気です


半月前、父さんが亡くなりました

父さんは今、そっちにいますか

もしいたら言ってほしいことがあるのです

仁子きみこも智子も元気にやっているから、心配しないでと


私は本日、結婚することになりました

智子も再来月に結婚式を控えております

借金のカタとしての結婚ですが、きっと上手くいくと信じています


____そう信じていたのですが

三三九度の杯を交わした後、隣にいた花婿が消えてしまいました

幸先不安です.....ただでさえ、少し問題の多い結婚だというのに.....

なんて、後ろ向きになっていてはいけませんね

私がめそめそしていたら、智子が安心してお嫁にいけません



さっきまで堅苦しかった場が今は少し緩んだ酒の席に変わり、皆楽しそうにしている

ただ、智子は少し不安そうにしていて


「仁子姉さん、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫よ。無口な方だけど、宗二そうじさんは優しい人だと聞いているし」

「でも....」


宗二さんは賑やかな場所が苦手らしく、多分戻ることはない

次に顔を合わせるのは、宗二さんの住む別邸に移動してからになるだろう


「姉さん、無理だって思ったらいつでも連絡してね。いくら借金が返済できないからって、父さんも姉さんが嫌な思いするくらいなら....」

「父さんなら、あの世から来て自分が借金のカタになるって言いだしそうね」


でも、この結婚は借金の返済と同時に家同士の繋がりのためでもある

私が駄目なら花嫁が智子に変わるだけ

智子には好き同士の幼馴染みがいる

だから私が結婚を拒むことはありえない

それに.......


「隻腕の女を貰ってくれるというのだから、嫌だなんて口が裂けても言えないわ」

「姉さん....」


二年前の地震で家の下敷きになった

右腕が壊死して、切断することを余儀なくされた

それだけで済んだのだから、私は幸せ者だ

この事を知ったうえで館花たちばな家は智子ではなく、姉の私を嫁にと言ってくださった


「神様に感謝しなきゃ」


私はとてつもない幸せ者だ



白波瀬しらはせただしの長女、仁子と申します。改めて不束者ですが、末永くよろしくお願いいたしします」

「館花宗二です。よろしくお願いします、仁子さん」


別邸に移り、式の前にもした自己紹介をする

式を行った神社からここは近くて宗二さん曰く、お義父様達の住んでいる本邸は少し遠い所にあるらしい


「ここが仁子さんの部屋です。自由に使ってください」


本邸と比べれば随分と別邸は小さいそうだが、それでも私が暮らしていた家の倍はあって、私にと用意してくれたお部屋も元の自室が三つは入ってしまいそうだ

その自室も智子と共有していたもので、広すぎて落ち着かない


宗二さんは自分の部屋は私の部屋の二つ隣にあるから、何かあったら言ってほしいとだけ言って、おそらく自室に帰ってしまった

どんな女性も羨むような雪のように白い肌、元が癖のある髪なのだろうか......それを放置してしまった結果のような蓬髪頭

でも髪自体は女性を指す言葉で少し申し訳ないが、烏の濡れ羽色

目も切れ長で鼻筋もスッと通っていて、おちょぼ口のような小さい唇


少し、いやかなり羨ましい

肌の白さは雪と例えるよりも、幽霊のような青白さと例えた方が正解かもしれないが、それでも美しい人だと思う

齢31にはとてもだが、見えない


16歳という年頃にも関わらず、日に焼けた麦のような肌

癖はないものの、黒というよりは焦げ茶に近い断髪頭

女学校で友人に“出目金デメキン”と言われたどんぐり目

鼻はひしゃげているし、口は大きいし

挙句の果て......


『この方が仁子さん?妹さんではなくて?』


結婚式の際、多くの方々に言われた言葉

12、3歳にしか見えないと

双子であるはずの智子は私と違い、大人びた美しい顔立ちをしている


「釣り合わない.....」


誰がどう見ても、私は宗二さんに相応しくない

外見では不釣り合いなら、内面で釣り合えるよう努力しよう

私達のような者はがんばるしかないのだと、必ず誰かが見てくれている、決して無駄にはならないと姉さんが言っていたのを思い出す


「ウメノ姉さん、仁子はがんばります」


宗二さんに相応しい女性となるために

ウメノ姉さんのような女性になるために


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