食料が無ければコオロギを食えばいいじゃない!(中編)
「人類、カイコ育ててきたじゃん」
そうである。
熊自身、これは自分で言ってみてカチリと何かがはまったような気がした。
昆虫がどれだけ他の家畜等と比べて小さくてその管理や世話のオートメーション化が難しく大量生産が困難と言った所で、既に人類は養蚕をしてきたという過去があるじゃないか。
言うまでも無いが、カイコは卵、幼虫、さなぎ、成虫の成長過程を持つ。
そして、さなぎの段階で作る繭を人類は解きほぐして生糸としてつむぎ、絹を作るのだ。
このカイコの養蚕は、それこそ紀元前から人類はやってきた。
人類とカイコの付き合いは実に長い。
それもあってか、カイコ自身すら飛ぶ機能を捨ててしまい、人類の助けなくして繁殖が出来ないほどに絹を作ることに体を特化させてしまっている。
熊自身、どのように生糸を作るかについては群馬県の富岡製糸場を見学した程度の知識しかないが、当時ですら大量生産していたのだ。現代なら更に技術は進み、オートメーション化の度合いも進歩しているだろう。
昆虫は小さいが、現代の技術では管理が出来ないシロモノでは無い。
人類は既にそれを実践してきた歴史があるのだ。
もうこれは突き崩せないやろ、と確信を抱き、同僚に畳みかける。
「昔富岡製糸場見てきた事あっけどさ。あれ明治の時代で既にある程度オートメーション化してて大量生産実現させて日本の近代化を進めるだけのゼニ作ってたわけじゃん。明治の時代でそれが出来てたんだから、令和の今ならもっと大量生産可能やろ。んでカイコって卵、幼虫、繭作るさなぎ、成虫って変態するわけじゃん? サイズ的にも虫としては並サイズだろうし。あのサイズで4段階に姿変える奴、人類は既に管理してきたってゆるぎない実績があるんよ。だから他の昆虫だってやろうと思えばカイコ程度には大量生産できんじゃね?」
「それは……」
「だから、やはり安価で大量生産する食品としては、牛豚鶏よりも昆虫がジャスティスなんだ。you tubeを倍速再生して時間効率がどうとかぬかすコスパ厨共は、地べたに這いつくばって虫を食え」
「なんでお前は事あるごとに何かをディスるんだよ! でも、確かに人類はカイコとの付き合いは長いな……いや、待てよ」
同僚が、何かを思いついたように顔を上げる。
あ、この感じは熊がテキトーにやってミスった仕事を見つけた時に似てるな。
「絹、高いじゃん! 大量生産出来てないだろ!」
「あ……」
今度はこちらが考え込む番になった。
言われてみりゃ確かにそうだ。
カイコは確かに人類との付き合いは古く、長い間生糸を生産してきた。
だが、現代においても絹は衣服や繊維素材としてはまだまだ高めの品で、ポリエステルや綿の衣服に比べて絹のそれは値段が跳ね上がる。
ユニクロで絹のTシャツが1000円とかで吊るし売りされてる事はまず無い。
シルクの衣服は現代でも高級品なのだ。
つまり、これだけ長い間養蚕をしていながら、それでも「大量生産」というレベルには、人類は到達していない。
仮にカイコのさなぎを食品として使用するにしても、その取れる分量は良くて生糸と同等、悪けりゃ半分以下だろう。
大量消費が前提の食品としては、とても向いているとは思えない。
よって、あのサイズで変態を繰り返す昆虫を安価な食品として使用できるレベルで大量生産した経験は、人類は無い。
カイコ以上の数を大量生産された昆虫はいないだろうし。
あ、詰んだなコレ。
「あー、ダメだな。確かに人類、現代の技術じゃ安価な食品として昆虫を大量生産すんのは無理っぽそうだ」
素直に自分の論が行き詰った事を認める。
「ただ、鶏が家禽として成り立ってる以上、人類が本気で昆虫の大量生産に取り組めば、そう遠からずどうにかできるかもな。だって人類、小型高性能化ってやたら得意でそればっかやってる節あるじゃん。鶏やヒヨコのサイズの生き物を管理できるなら、ちゃんとビジネスになるくらい昆虫が食品として売れれば、いずれは牛豚鶏に加わる食物になるかもなー」
「どんだけ虫食わせたいんだお前は。でもムリだろ。いくら食えるったって、虫食おうなんて考える奴少数派だろ! 食品としてご家庭に普及させるなんて無理だって! 人類そこまで虫食う文化持ってねえよ!」
「いやだからそれはお前、虫食ってる長野県民とこじらせ港区女子の皆様に謝れよ」
「お前が謝れ! 長野県民が虫食うったってそんな皆さん食ってるわけじゃ無いだろ!」
「こじらせ港区女子は良いのかよ」
熊のツッコミに、だが同僚はしばし考え口を開く。
「あのさ。昆虫食が商品として出回るとして、消費するのは、言っちゃあ悪いけどそういった層なんじゃないかとは思うんだよね。港区女子というか、なんか庶民とは違う、健康志向とかそういうのが強いハイクラスの人たち」
「ああ、タワマン住んでて毎朝ベランダから『見ろぉ、人がゴミのようだ!』とか叫んでそうな意識高い系の連中な」
「お前、本当に偏見が酷いな! とにかく、もし昆虫食が広まっていくとして、最初は安価な食材としてじゃ無くてむしろ逆に割高な高級食材としてなんじゃないかな」
「あー、それはあるな」
同僚の意見に熊もうなずく。
「でもそこまでじゃないかな。前にも言ったけど、いくら虫が食品として適正価格で流通しても、心理的抵抗強すぎてみんな食べないと思う」
「そうかぁ? 俺も前にも言ったけど、グロい見た目の食材なんて世の中いくらでもあるし、回転ずしのネタとか現物見せたら子供泣くようなもん多いだろ。要はイメージや慣れの問題なだけだと思うけどな」
考えてみれば日本人、ウニとか見た目的に絶対食っちゃいかんような奴までうまうまと食らってるわけで。
あんなトゲトゲした、見るからに攻撃性高そうな物まで余裕で食材として認知されてる時点で、見た目がどうとかってのは単なるイメージの問題だろう。
つーか最初にウニ捕って食った奴は一体何考えてたんだ。勇者過ぎる。
「おお? だったらもし俺が虫買ってきたら食うんだな!?」
どうしても虫を食べ物と認めたくないのか、熊の発言に同僚が突っかかる。
「あー、ハイハイ。もし買ってきたら食ってやるよ。でもアレだぞ。ちゃんと『食品』として出回ってる奴だぞ。原っぱでその辺の虫とっ捕まえて『さあ食え!』とか言っても知らんからな」
「おーし、言ったな! その言葉、覚えとけよ!」
後日、同僚はガチで昆虫食セットを買ってきた。
食料が無ければコオロギを食えばいいじゃない!(中編)……END
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