究極のコロッケを追い求めて。

首領・アリマジュタローネ

究極のコロッケを追い求めて。


 朝、目覚めたとき、隣にコロッケはいなかった。

 ベッドの下にも冷蔵庫の中にもいなかった。

 誰かのイタズラなのか、代わりにリビングの真ん中にメンチカツが置かれていた。

 温度を失い、抜け殻となったメンチカツを手のひらに置きながら、僕は苦笑いを浮かべた。

 冷めたメンチカツを手の中で温めながら、自室のカーテンを開く。

 眩しすぎるほどの朝日だった。


 僕の家のすぐ近所には森林がある。昔から妖精が住んでいると言われるくらい美しくて、今朝も木々がまるで光合成をしているかのように光の礫を散らばらせていた。あそこに入ればこのメンチカツも体力を回復してくれるかもしれない。


 でも僕はメンチカツに興味はない。

 子供の頃から変わり者だった僕はメンチカツ派の弟によくからかわれていた。

 メンチカツは肉の主張が強すぎて、いかにも“肉!”って感じがして、あまり好きではなかった。

 その点、コロッケは最高だ。

 コロッケは僕みたいな人間をも優しく包み込んでくれる。茹でて蒸したジャガイモが少しのミンチと絶妙にマッチしていて、サクサクの衣と共にお口の中を柔らかく仕上げてくれる。

 逆にメンチカツはたまに揚げが甘いと生肉を食べている感覚に陥る。

 原始時代に生きているわけではない。僕はもっぱら現代人だ。まだ年齢だって若いので揚げ物は食べられる。若いうちに揚げ物をたくさん食べておきたい。


 木々の隙間を俯瞰して見ていると、妖精の絵が浮かび上がってきた。

 妖精は具現化されて、僕の前に現れた。

 そいつはそう言った。



『究極のコロッケを探しに行きなさい。』



 居ても立っても居られなくなって、僕は家を飛び出した。

 そういえば、初めて読んだ漫画もコロコロコミックのコロッケだったっけ……。


 ※ ※ ※


 コロッケはいなかった。

 向かいのホームにも、路地裏の窓にも、交差点にもいなかった。

 どこにもコロッケはいやしなかった。


「すいません!究極のコロッケを探しているんです!衣がサクサクで、ソースを掛けなくても芯から味がして、でもソースを掛ければ味が倍増するような、そんな僕の究極のコロッケを知りませんか!?」


 余裕をなくした僕はなりふり構わず、色んなところで色んな場所で同じことを尋ねた。

 必死だった。嫌な顔をされることの方が多かった。


「コロッケ屋にでも行ってこいよ!!」


 タトゥーだらけの男にブン殴られて、意識を失いかけたときでも、片時もコロッケのことは忘れなかった。

 もう僕はコロッケと結婚したようなものだった。


 ×××


 冬でも公園で寝泊りした。

 新聞紙にくるまりながら、パーカーを被った。

 メンチカツは今頃、ソファーでぐっすり眠っていることであろう。


 ×××


 ある時、駅前のベンチで初老のお爺さんが新聞を広げていた。

 僕がいつものように「コロッケを探しているんですが……」と尋ねると「宗教の勧誘かい?」と言われた。僕は必死に首を横に振って「僕をそんな頭のおかしい奴らと一緒にしないでください!僕は本気マジでコロッケを探しているんです!!」と言った。


 初老のお爺さんは胸ぐらを掴まれてびっくりしたのか目を丸くして「この時代にまだこんな揚げたての若者がいたとはね……」とメガネをズラして泣いていた。



「来なさい。キミを究極のコロッケが在る場所に案内してあげよう」



 ※ ※ ※


 そうして僕は異世界に転移した。


 最初は驚いたものの、しばらくすると「こんなもんか」と慣れた。

 言葉を覚えて、働き口を見つけて、お金を貯めてから、世界中を見て回った。


 枯れ果てた大地、焼かれた城、壊れた街。

 メンチカツ魔王軍の支配の手がここまで来ているとは……。


 ある村で小さな女の子が花の冠を被っていた。

 頭を撫でてあげると、彼女は悲しそうな目をした。



「勇者さん……もう行っちゃうの?」


「うん、行くよ。僕には究極のコロッケを見つけるという“使命”があるからね」


「コロッケってなぁに? それはどこにあるの?」


「君の心の中かな」



 少女を抱きしめると彼女は胸の中でわんわん泣いていた。

 ごめんね、君を連れて行ってはあげられないんだ。

 これはとても過酷な旅だからね。



「ねぇ、コロッケ勇者さん」


「ん、なんだい?」


「いつか私を……お嫁さんにしてね?」



 頬にチューをされる。

 少女なりの精一杯の愛情表現だった。


 でも応じることはできなかった。

 僕には心に決めた最愛のコロッケがいるから……。

 もうコロッケに愛を誓って、コロッケと一生を共にしてゆくと決めたのだから……。


 コロッケを護るためなら、僕は悪にでも染まる。


 ※ ※ ※


 メンチカツ軍をたくさん殺した。手は黒いソースで染まり切っていた。コロッケ以外の食べ物をあまり摂取したくなかったので、身体は痩せこけて、骸骨のようになっていた。

 鏡の前で自分を見たとき、死臭が漂っていた。

 もう時間が、ない。

 早く、究極のコロッケを探しに行かないと……。



「みず、みずをください……」



 地面を這いずりまわりながら、森の中に入ってゆく。

 ハゲワシが僕を狙っている。

 いつ喰われてもおかしくない。

 僕は……コロッケを食したいだけなのに。


 狂いそうになりながら、森を這いずり回っていると、水の音がした。

 池があった。


 紺色の絵の具を溢したかのように真っ青で、陽を反射して輝いておりそれは大変美しいのだけれど、どこか巨大な湖中生物が中でうずめいているような広さゆえの不気味さを感じられる。

 

 喉が渇いたので手を伸ばすと、蛇が腕の中を這いずり回っていた。

 蛇が舌をシャーと伸ばしている。

 首筋を噛もうと狙っている。


 なんだい? 君は僕を食べたいのかい?

 いいよ、究極のコロッケを食べれない人生なんて、もう終わりだ。

 さあ、存分に僕を喰らってくれーー。



「────《弓技》妖精の一撃フェアリー・ブラスト



 瞬間、閃光が走って、遅れて雷鳴が轟いた。

 手元にいた蛇が一瞬で“浄化”された。

 なんという腕利きの弓使い……そして、この魔力は一体……。


 失いかけた意識の中で、湖のほとりから誰かが近づいてきた。

 それは弓を握った裸のエルフだった。



「こ、コロッケを……食べさせてくれ」



 僕は意識を失う。


 ※ ※ ※



「あら、目を覚ましたのね。大丈夫?寒くない?お腹は減ってない? 今、なにか作るからね」



 小屋で目を覚ました。

 パチパチと木が燃えている。

 耳が長く、瞳が翠色のエルフが僕を見つめている。



「ここは……?」


「うふふ、ここはワタシの家。本来、ニンゲンは入れないんだけどね。アナタは特別」


「僕が……特別?」


「コロッケを食べたい、って口にしたでしょう? まさかって思った。ワタシのひいじいちゃんがね、数百年前……いや、数千年前か。コロッケのお店をやっていてね、もう潰れてしまったんだけど、その失われた伝説のメニューがあるの」


「こ、この世界に、コロッケのメニューがあるのか!?」


「……興奮しないで、落ち着いて。でもそのメニューはメンチカツ軍に盗られてしまった。恐らく……魔王城の地下に封印されている」


「……アイツら、よくも。」



 エルフが瞳を涙ぐませながら、僕の手をぎゅっと握った。

 


「ワタシに協力してほしい……。コロッケを、ひいじいちゃんが残した伝説のメニューを取り返してほしい……! ワタシも、もう一度だけ究極のコロッケを食べたいっ……!!」


「わかった。協力する。命の恩人の頼みは断れないからな。君とコロッケのためなら死ねる」



 こうして僕らはメンチカツ魔王を討伐するために、旅に出た。

 旅は簡単なものではなかった。

 でも、なんやかんやあって、メンチカツ軍を全員討伐した。


 ※ ※ ※



 それから、数十年後ーー。



「ただいまー」

「おかえりー、遅かったね!」

「ごめん、食料の調達に時間がかかっちゃってさぁ」

「えーっと、今日こそ“食べる”んだよね?」

「ああ!作るぞーー」



 テ、テ、テ、テー♪

 テ、テ、テ、テー♪

 テ、テ、テ、テ、テ、テテテテン〜♪



「まずはじゃがいもを塩で下茹でするんだ」

「ふむふむ」

「しっかり下味を付けることによって、じゃがいもに甘みが出るんだよ」

「“甘み”ね」



 奥さんが花柄のエプロンをフリフリと踊りながら空中にメモの文字を描いている。

 魔法って便利だー。

 でも、料理のときは使わないぞ。



「小さめの鍋のほうが上手に茹で上がるよ」

「“小さめ”」

「水はヒタヒタなくらいが良いかなぁ」

「“ヒタヒタ”」

「茹でてる間に他のフライパンを使って、具材の準備をしていくよ。玉ねぎをみじん切りにしたら油を加えて炒める。弱火でじっくり炒めたら、ひき肉の出番だ」

「ひき肉でーす!↑↑」

「ひき肉にはしっかり塩を振っておく」



 ピンポーン。誰か来たようだ。



「はいー!今でまーす♪ あ、エルフさん!」


「あら、アナタもう作ってるの? これ、お花。街で売ってて」


「わーい、ありがとうー!わー、ピンクのバーベナだー!」



 もう一人の奥さんであるエルフちゃんが帰宅した。

 この世界では一夫多妻が認められているので、この二人が現在の僕の妻である。

 いつも僕らは三人で生活している。

 っていけない……玉ねぎが焦げてきた!



「じゃがいもに火が通していることを確認したら、熱いうちに皮を剥くぞ。二人とも手伝ってくれる?」

「おっけー!」

「わかったわ」



 僕があち、あちち、と火傷している中、二人は手に冷却魔法を唱えて、さっさと皮を剥き終えていた。

 前言撤回、使えるものは使いましょう。



「ヘラで潰したら保温しておくぞ。じゃあ、ミンチを焼いていくぞー」

「そうだ。美味しいお茶を隣町から仕入れたんだ。あとで飲まない?」

「いいねー、飲もう飲もう! ハーブもあるよ!」



 肉を炒めたら、じゃがいもを加える。

 玉ねぎも混ぜる。

 一通り焼き上がったら、ボウルに移して、こねていく。



「美味しくなぁれ♪ 美味しくなぁれ♪」

「あはは、浮かれすぎ」

「小麦粉と卵とパン粉だよね?」

「そう。僕は油の準備をするよ」



 ーーそして、焼き上げたら。



「これで究極のコロッケの完成だ!!」

「わーい!!コロッケだ!これがコロッケなんだ〜!?」

「……懐かしい香りがする。ホントにありがとう」

「食べる前に泣くなよ〜」



 エルフの頭を撫でながら、三人でテーブルに向かう。

 手を合わせて、いただきまぁ〜すと唱える。

 わかっていたが“至高”の味がした……。



「うますぎる……。ソースなんて要らない」

「ぐすっ……ぐすっ……うう」

「おいしい……。こんなの初めて食べた」



 自然と涙が溢れてきた。

 日本にいたとき、よく食べていた普通の味。

 子供の頃、母さんが作ってくれた大切な味。

 そうだ。僕はずっとこの究極のコロッケを追い求めていたんだ……。



「二人とも、本当にありがとう……。僕は心から幸せだ。そうか、究極のコロッケっていうのは『大切な人と一緒に食事をすること』だったんだ……」



「あはは、鼻でてるよー!」



「……うふふ、そうかもね」



 空っぽになった皿。

 もうお腹も心も大満足だった。

 三人で顔を合わせながら、手を合わせる。




 「「「ごちそうさまでした!!!」」」




 〜fin〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

究極のコロッケを追い求めて。 首領・アリマジュタローネ @arimazyutaroune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ