仕事始め*そのイケメン、お断りします!
神様、新年始まって早々、あんまりにもひどいんじゃないか。
正月休み明けに見たメールボックスはもちろん山となっていた。中には新年の挨拶もあったりするが、年末最後に送りつけた確認メールの返信がほとんどだ。
その中に『至急』と題名がついたメールに要件を題名に書けといちゃもんをつけながら開く。
予想通り、ちょっと何が言いたいかわかんないメールが来ていた。どーしろ、と呟いていたらしい。隣の席から、正月ボケですかと言われるが聞かなかったことにした。
いやいやいや。俺の読解力が問題かもしれない。もう一度、読もう。
『明けましておめでとうございます。今、撮影をしていて、このイメージで
「で?」
つまり? どーしろと?
受信時刻は二時間前、今とは今なんだろう。あまりにもイメージでぴったりの撮影をしているのだろう。せめて、画像を添付しろ。
横から覗いてきた後輩が御愁傷様ですと言ってきた。
怒りを通り越して、何だか意地になる。幸い、メールには住所が添付されていた。タイミングがあれば、来いということか。行ってやろうじゃねぇか。
「おい、行くぞ」
「いってらっしゃーい」
「薄情者ぉッ」
結局、一人できた撮影場所は寺の一角だった。何度か写真撮影の見学に入ったことはあるが、IORIの現場はスタッフが少ない。世を騒がせるジェンダレスモデルは身ひとつで勝負してるのでは思えてくる。
反射板も置かない参道は木が繁り、薄暗い。湿気を感じる石畳は、朝の空気をまとい澄んでいた。差し込む光が瞬くたびに変わり、この一瞬を写真に納めるのは限界がある。確かに、目で見た方がインパクトが強い。
「歴史あるものの上に、IORIが新しい文化を踏みしめているんですよ」
レンズの向こうで、苔がむした石を鍵盤のように鳴らして歩くIORIは神々しささえ感じられる。
どうやってページに起こすか、形にするか。空気を感じられるようにするか。頭の中で構築していく。
「はい、心ばかりですが」
マネージャーの呑気な声で現実に引き戻され、促されるままに手を出した。正月らしく花びら餅だ。甘く似た牛蒡と白餡、ほんのりと紅をさした餅は今だけの味だ。ありがたくちょうだいしよう。
ナマケモノのようなマネージャー、センスはある。言葉が難解だけど。
休憩に入ったようで、IORIが近付いてくる。
「
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
内心、嫌々な気持ちでにっこり返した。
軽くとはいえ、メイクもばっちりな顔面がよろしくお願いしますと応える。仕事モードなのか、オーラが全開だ。妬ましい。
己の器の小ささを見せないようにこにことした時間を無駄に過ごした。
IORIが俺の手を見つめ、くすりと笑う。
「菅谷さんは花びら餅ですか」
「まめですよね」
「他の人にはくじ入りのガレットあげてたんですよ」
「へぇ、そういうのもあるんですね」
何種類も準備しているのかと感心してしまった。
また、IORIが笑う。そうじゃなくて、と前置きをした口元に綺麗な人差し指がそえられる。
「和菓子、お好きでしょう?」
小首までかしげられてみろ。直視したら、倒れる奴が出るんじゃないかという破壊力だ。
空いた手をすくいあげられて、まんじゅうっぽいものをのせられる。
よくご存じで、と顔を引きつらずに答えられた俺は大人だろう。
帰って封を開けてみたら、中身はだるまの形をした最中で、今年も転がされるのかとため息をついた。
『そのイケメン、お断りします!』よりhttps://kakuyomu.jp/users/kac0/collections/16816700427438841010
菅谷とIORIでした。
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