第16話 気の緩み

『…よ……が力……れ……』


 なんだろう。


『汝よ……我が力を……獲れ……』


 何だか、声が聞こえる。上下も前後左右も分からない暗闇の中、声のする方を向くとそこには小さな光があった。それを優しく覆うようにすると、覆った掌の隙間からまばゆい光が漏れだす。


『汝よ……あとは正しき行いを……さすれば力は与えられん……』


 声の主は分からない。でもこの光から出ている声のような、そんな気がした。


☆★☆★☆


「ふぁぁあ………おはよう」


 僕は誰もいない寮でおはようという所から一日が始まる。今日は変な夢を見た気がする。夢の事だしあまり鮮明には覚えてないけど………まぁそんなことはどうでもいいんだ。


「それよりも………あ~終わった」


 昨日は何でリーダーになってあげるなんて言ってしまったのだろう。僕は死なないためにここまで色々としてきたのに、女の子一人の笑顔を守って僕の命は守れないとか嫌だからね?女の子の笑顔も守れないで何が守れるんだって言われるかもだけど。


「今、僕が抱えている問題は、えーとまず…」


・『チームのリーダーになってしまったせいでMVPに掲載されたときにクレジアントに目を付けられる可能性がある』


 これはまぁ、何とかなるだろう。もしかしたらMVPに選ばれない可能性だってあるし選ばれたとしてクレジアントが僕だけに目を付けるかと言ったらそんなことはない。しかも、クレジアントは元来優しい性格のはずだからね………


「それと…」


・『父親が領地で好き勝手してるせいでワンちゃん僕が流れ弾を食らって死ぬ可能性がある』


 これは何気に一番やばかったりする。クレジアントは優しいって言ったけど、容赦はない。僕の父親であるレンメル子爵は僕よりよっぽど悪役貴族だからね。そのせいで、僕とか兄弟とかに飛び火したらたまったもんじゃない。


「後は…」


・『強盗を倒したけど、多分あれ裏で誰かと繋がってるため僕が暗殺される可能性がある』


 ユーリアを助けた時、僕は確実に裏があるなと思った。流石に理由もなく伯爵家の娘を攫ったりしないはずだし、本当は強盗とみせかけた誘拐だったわけだから。確証はないけど、ユーリアの兄弟姉妹とかがあいつらを送ったのだろう。ユーリアは魔法の才能があるから身内からしたら脅威に感じることもあるだろうし。


「ってところかな。うん、僕死ぬかも」


 すべては可能性に過ぎない。でも、こんなにも問題が山積みって………神様は絶対僕を殺したいのだろう。そんな強い意志を感じる、今すぐ捨ててほしいけれど。まぁいい、気にしていても前には進まないから取りあえず今日も課外授業に行こうかな。


☆★☆★☆


 昨日と同じような依頼を見繕ってもらってきた。今日もダンジョンの一掃だ、今回は中級ダンジョン3層分の魔物の掃除らしい。


「今日は罠に掛からないようにしよう」

「え、えっと、でも………」

「ん?どうしたの、キュールさん」

「いや、クライトくんならボスも倒せるかな………って思って」

「うん、クライトなら倒せるね!」

「そうだね。私もそう思う」


 え?何言ってんの、昨日ボス倒したの今となっては間違えたと思ってるから。おい僕、『ボス倒した方が速いじゃん』じゃないんだよ。僕はいかに表で目立たないかにかかってるんだから。


「いや~ちょっと今日はだいじょ………」

「こ、今回は私達も手伝おうよ」

「うん、俺もクライトから戦いとは何たるかをみて学びたいと思っているからね」

「私もクライトがボスを倒しているところを見てないからな。興味がある」

「いや、え?」


 僕の話なんて聞いちゃいない。3人で勝手にボスを倒そうっていう方向に行こうとしてる。しかも僕が倒すっぽいし、なんだこの3人。


「わ、分かったよ。倒せばいいんでしょ倒せば」


 もうどうなっても知らないからな!そんな気持ちでダンジョンの中に足を踏み入れる。もちろんと言ってはあれだけど、キュールさんはお姫様抱っこしている。罠を不用意に踏まないためだ。

 昨日とは違い、魔物を見つけ次第倒しながら進む。こうすればボスは強化状態のレベルが下がるからね。昨日は蛇型の魔物で体内から楽に攻略で来たけど、今日は強化されていたら倒せない敵が来るかもしれないからね。


「おっと、挟み撃ちだね」

「じゃあ私達は前方処理するよ」


 スタグリアンとマリスタンは前にいる獣型の魔物数体を相手する。そしたら僕とマリアンヌさんは後ろの人型の魔物を倒そう。


「グギャァ!」

「えい」


 キュールさんを一度降ろし、水で作った刃を風で飛ばして魔物達をなぎ倒していく。流石に中級ダンジョンでも上層の魔物は弱いな。後ろを振り向くと丁度スタグリアンとマリスタンも倒し終わったところだった。


「こっちは終わったよ」

「それじゃあどっちも終わったね、じゃあ行こう」


 僕はキュールさんを持ち上げて歩き出そうとする。しかし、目の前に急に岩盤が落ちてきて昨日と同じようにまたしてもスタグリアンとマリスタン、僕とキュールさんで2人ずつに分かれてしまった。しかし、岩盤を通して会話はできるみたいだ。


「おーい、大丈夫!?」

「………大丈夫だ~!でもどうする!」

「じゃあ2人ずつでボスの所に向かおう!」

「そうだね、それじゃあまた後で!」


 そう言って僕達は二手に分かれて行動し始める。さて、下層に繋がる罠は………あった!罠はたいてい気が付かないように仕掛けてあるけど、罠の設置方法や場所によってどういう罠なのかは分かる。それをまとめた本なんかも前に読んだな。


「捕まっててね」

「は、はいぃ…っ!」


 キュールさんを抱えながら次々と罠を選別して踏み抜いていく。しかし、あるところで罠が何もない場所にやってきた。確かにこういう階層もゲームの時からあったな。僕達ユーザーが余りにショートカットに使うから、運営が敢えて罠じゃなくて強い魔物達を置くみたいな階層もあった。


「この階層は魔物を倒さないといけないみたいだね。罠は無いみたい」

「そ、そうなんですか?じ、じゃあ私降りますね?」


 地に足を付けると確実に罠を踏み抜いてしまうキュールさんが恐る恐る僕の腕から降りる。罠はもちろん作動しない、キュールさんは嬉しそうに胸をなでおろして進もうと僕を催促する。よっぽどダンジョンで普通に歩きたかったんだろう。


「あ、あそこに魔物が居ます!」

「そうだね、倒しに行こうか」


 そこにいたのはコウモリ型の魔物の群れ、あいつらはなかなかに厄介で体には電気を纏っていて敵を見つけるや否や周りを取り囲んで纏っている電気を放電してくる。それを食らった敵はひとたまりもない、体に通電して筋肉や臓器が麻痺状態になったり最悪の場合体が電流に耐え切れずにショック死してしまう。


「気づかれないようにね」

「は、はいぃ………ひゃっ!?」


 僕はキュールさんを僕の胸に引き寄せる。キュールさんは見たところ体があまり丈夫な部類ではない。だから、コウモリ達の電気を浴びればひとたまりも無いだろう。だからこそ、僕は恥ずかしさを我慢してでも近くにいてもらうほかない。


「こういうのは………」


 土魔法だ。ダンジョンの柔らかめの地質をえらんで槍のように形作る。金属ではないため、電気は通りにくくなっているはずだ。僕は槍状の土の塊を魔素で固めて握りしめて、僕とキュールさんの周りを魔素障壁で固める。あいつらコウモリに有効な魔法は土魔法と氷魔法だからね。


「工夫でどうにでもなるさ」


 コウモリ型の魔物はこちらに気が付いたようで、連携を取って僕の周りを囲もうとする。僕はそれを一匹一匹、土槍で貫いていく。しかし、コウモリ達はそこそこ多く僕達は囲まれてしまった。


「キェェエエエァァァア!!!」

「良いよ、来てみな」

「く、くらいとさぁん………た、助けっ!!!」


 コウモリ達は円になって放電しあい、電気の密度を一定化させて一気にこちらに放出した。だけど、僕はこれを待っていた。均一なエネルギー量で放たれる電気を魔法障壁で防ぎ、僕は土槍を構える。


「はぁあっ!!!」


 数が多いならまとめて処理すればいい。ちょこちょこ減らしていたのもあって、円状に広がっているコウモリ型の魔物はそこまで多くない。キュールさんをしゃがませて、円状に土槍を振るった。


「キェェェェエ!」


 よし、全て倒したようだ。キュールさんは………


「ふ、ふぇえぇぇぇ!!!し、死ぬかと思いましたぁ………」

「ご、ごめんね」

「い、いぇ。だ、大丈夫です!」


 申し訳ない。といっても、これが最善手ではあったと思うけれど。一人でいるわけじゃないんだから、もう少し配慮すればよかった。申し訳ない。


「い、行きましょう!そ、それとクライトさん!か、かかかっこよかったです!」

「ほんと?そう言ってもらうとなんだか恥ずかしいな」


 束の間の安息を覚えながら近くにあった階段を二人で下る。今は何層か分からない。でもそろそろボス層に来れる気がする。


「こっちでしょうか………あっ!」

「そうかもしれない………えっ!」


 僕も気が緩んでいたのだろう。あまりにも分かりにくい罠を今度は二人で踏んでしまった。その瞬間、体に浮遊感を覚えて思わず目を瞑る。目を開けると、そこは先ほどいた階層では無かった。そして、なにより。


「………キュールさん?」


 戦闘が得意ではないキュールさんとはぐれてしまった。これは………まずいかもしれない。

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