第4話 学校では教えない近代史(2)フェイクニュース〈1〉

フェイクニュース

耳にしたことのある人、いますか?

アメリカの大統領だったドナルド・トランプ氏が広めた言葉です。

本当のことに嘘を交えることで、嘘を本当のことのように見せつける、悪質なデマです。

SNSの発達で、いろんな人たちがフェイクニュースを流すようになってしまいました。


ウィキペディアは、修正が入ることがあるのでまだマシですけど、ヤフコメなんかは怪しいですね。


そして、こういうガセネタに乗せられて無茶をやった人たちもいます。

当時のトランプ大統領に乗せられて議事堂を襲撃した人たちなんか、その代表と言えるでしょう。


これと同じ構図で起きた暴動が、日本でもありました。

聞いたことがあるでしょうか?


日比谷焼き討ち事件


という事件です。


こんなことが起きてしまったのは、日露戦争が実際どんなものだったのかを理解しておく必要があります。


さて、日露戦争とは、どんなものだったのでしょうか。


文字通り、日本はロシアと戦争しました。

1904年に始まって1905年に終わりました

一年戦争です。

こういうと、某アニメの戦争みたいですね。


学校の授業で習った通り、日露戦争は日本の勝利で終わりました。

勝利といっても、いろんな勝ち方があります。


1)圧倒的な大勝利

2)明らかな勝利

3)相手が敗北を認めてくれての勝利

4)第三者の判定を受けての辛勝


ボクシングで言うと、

3ラウンドまででのKO勝ちが1)

TKOが2)

棄権が3)

判定が4)

と言ったところでしょうか。


日露戦争は、4)の判定での勝利でした。


日本海海戦でバルチック艦隊を撃滅し、奉天会戦で大勝利を収めたから2)いや1)だろうと言う人がいるかもしれません。


確かにロシア艦隊を撃滅したので、日本本土を侵略される心配はなくなりました。


ですが、それまでです。


日本は列強と肩を並べるために富国強兵を進めていましたので、海外への進出は不可欠です。

当時は列強による世界分割が進んでいて、ほとんどが列強の植民地。


列強の植民地との輸出入は、高額の関税をかけられてしまうので、いくら近代化を進めても、資源を買ったりモノを売ったりすることができない。

そんな中で、植民地化されていない有力な貿易相手先だったのが、中国大陸。

日本近代化のためには、中国大陸の確保は至上命題でした。


中露国境地帯の満州の確保


日本がロシアから中国大陸の市場を守るためには、これが絶対条件。

これができなければ、日本の近代化は閉ざされ、列強と肩を並べることができず、下手すると列強の植民地にされてしまう。


中国大陸はロシアと陸続き


奉天会戦で投入されたロシア軍は極東ロシア軍なので、ロシアの中では2軍とか3軍扱い。

精強なナポレオン・フランス軍や大国のオスマン・トルコなどと戦った歴戦の欧州ロシア軍という1軍が来たら、日本はひとたまりもありません。


1904年当時、シベリア鉄道はまだ開通していませんでした。


騎兵が戦局の決め手になる時代はとうに過ぎ去っており、銃火器、大砲を扱う歩兵が戦局を左右する時代。

この時代、鉄道がなければ、軍隊の大量移動ができません。


この時期に日本が戦端を開いたのは、シベリア鉄道開通前だったので、コサック兵を主力とするロシア最強の欧州ロシア軍が極東に来ることができないというのも、大きな要素でした。


欧州ロシア軍が来たらオシマイなので、シベリア鉄道開通前までには絶対カタをつけなければならないという制約つき。


これが日本のハンデその1


ハンデその2が、国力の違い


ピョートル大帝の頃からロシアの近代化は始まっており、日本は周回遅れ。

ロシアは欧州列強との交易も進んでいて、経済も日本より近代化が進んでいる。

よってロシアは戦費の調達も問題ない。


日本が対ロシア戦で一番苦労したのが、戦費の調達でした。


海軍の若手強硬派が寄ってたかって山本海軍大臣に対露開戦を詰め寄った時、

「そんなに戦争したければカネを集めてこい」

と一蹴しています。

当時は若手の跳ねっ返りどもをあしらうことのできる大人がたくさんいました。

声の大きいヤツらにすぐ媚びる太平洋戦争時とか今現在とは、全く違いますね。


つい少し前までチョンマゲ結って大判小判で商いしていた国内完結型経済の未開人に、カネを貸してくれる海外の財界なんて、そう簡単に見つかるはずがありません。

いわば、小学生が100億円を借りてくるようなもの。

まず、不可能です。


でも、見つけたんです。後の大蔵大臣(今で言う財務大臣)高橋是清とかが、見つけてきたのです。貸した方もそうだけど、よくもまあ契約できたものです。


高橋是清って人、ホントにすごい人なんですが、あまり知られていませんね。

ある意味、渋沢栄一よりもスゴいんですけどね。


何せ、この戦費を全て返済し終わったのが、1988年6月

既に経済大国になっていたのに、返済にこれだけ時間がかかってしまったことからも、どれだけ巨大なカネを借りていたのかが分かるというものです。


とにかく、日本は圧倒的に不利


だから、とにかく味方になってくれる国を、少しでも増やさなければならない。


ということで、準備したのが


日英同盟


これは教科書にも出てくるから知っている人は多いですが、それだけでは足りないと考えている人がいました。


元老、伊藤博文です。


初代でしかも史上最年少の内閣総理大臣として知られていますが、この人の真骨頂は日露戦争での裏工作ですね。


この人の凄いところは、

日露戦争が始まる「前」に、

どのように戦争を終わらせるかを、すでに考えていたところです。


行き当たりばったりだった太平洋戦争とは大違いです。


日本がロシアみたいな強国と戦争なんかしたら確実に負けるということで、最後まで対露交渉にこだわった伊藤博文。

だが、結局妥協点を見出だすことができず、対露戦に同意します。


だから、判定での勝利に一縷の望みをかけ、行動を始めます。


判定での勝利ということは、誰かに判定してもらわないといけない。


どんな国でも判定できるわけではありません。

当時は弱肉強食の帝国主義絶好調の時代。

弱い国の言うことなんか、誰も聞いてくれません。


よって、列強もしくはそれに近い国でなければならない。


欧州列強は君主制の国が多く、ロシアの帝室と深い関係にある国が多い。

フランスは違うけど、ロシアの貨幣単位が「ルーブル」というように、ロシア寄りの国。

ドイツ帝国もロシアと姻戚関係がある。


そこで伊藤博文が目を付けたのが、当時はまだ新興国扱いだった「アメリカ合衆国」


列強の一角であったスペインに勝利して、フィリピンとかをむしり取った実績(米西戦争)で、アメリカの地位は飛躍的に上昇していました。

まともな通信網も人的交流もない中で、良くもまあこんな情報を伊藤はつかんでいたものです。


欧州からの移民が発言力をもつ国なので、どちらかというとロシア寄りかもしれないが、それでも欧州列強よりは中立性が高い。


伊藤はアメリカに的を絞り、当時のアメリカ合衆国大統領セオドア・ローズベルトと知己である金子堅太郎に資金を与え、アメリカでの裏工作を命じます。


この金子堅太郎って人、裏工作の達人みたいなスゴイ人です。


まだラジオが普及し始めたくらいの時代

そんな情報を広く伝えるのが困難な時代

世界の片隅にあるちっぽけな国を、広く認知させることすら困難を極める。

いわば、特に何も特徴的なことのない自分の母校の小学校を、日本人みんなに存在を知らしめるようなこと、できますか?

それを金子はやって、成功させました。


そして日本は素晴らしい国だと宣伝して、アメリカ国民を日本に友好的にさせました。


こういうムードを作り上げた上で、ローズベルト大統領と対面し、日本寄りになったアメリカ世論を踏まえた上での対露戦の仲介を、約してもらえたのです。


そして、これと平行して、帝国政府は伊藤の案をもとに、戦争のスケジュールを作ります。


スケジュールも何もなく、テキトーにあっちこっちで戦いを繰り広げた太平洋戦争とは、大違いです。


帝国政府が立てたのは、

●大規模な会戦で勝利を収め、そのタイミングで仲介による終戦を図る


というもの


大規模な会戦に勝利するためには、大量の兵隊や物資を「安全に」大陸へと運ばなければならない。


そのためには、妨害してくるロシア艦隊を撃滅しなければならない。


ロシア艦隊は大きく2つありました。

旅順艦隊

バルチック艦隊

の2つです。それぞれが日本の総艦艇と同数あるので、合流されたら日本の2倍の戦力。

まともにぶつかったら敗戦濃厚。

合流させてはならない。


欧州にあるバルチック艦隊が極東に回航されてくる前に旅順艦隊を撃滅しなければならない。

いわゆる、各個撃破ですね。


旅順港から出てこれなくするために港を閉鎖してしまおうとしましたが、閉塞作戦は上手く行かない。


ロシア側もバルチック艦隊との合流を図っているから、どんな挑発にも乗らず、港から出てこようとしない。


旅順は強固な要塞になっているから、日本の艦隊が近づこうにも近づけない。

ゆえに、陸上から旅順要塞を攻略して占拠するしかない。


そこで立案されたのが、旅順要塞の一角である203高地の占拠。


全て勝利に向かうために繋がっています。


無駄な戦闘行為なんて、ひとつもありません。


あっちこっちに手を伸ばしまくった太平洋戦争とは大違いです。


とにかく、勝ちにいくために、多くの人が頭をひねり、心血を注いで没頭しました。


その結果、奉天会戦で勝利を収めることができました。


ここで満州軍総司令部は本国へ打電します。


これ以上の戦闘行為は不可能。今こそ和平へ向けた外交交渉の時!


満州軍総司令部は、自身の限界をちゃんと把握していました。

そして本国も、それを惰弱なんて思わず奉天会戦の勝利を称賛しました。


ここから外務省が総員、寝食を惜しんで終戦に向けたロビー活動に入ります。


ロシアからどこまで譲歩を引き出すことができるか。


賠償金は諦めました。


ロシア皇帝ニコライが、賠償金を払うくらいなら、万難を排して欧州ロシア軍を派遣すると言い出したから。

奉天会戦で力を出し切った日本軍には、もはや余剰師団は残っていません。そんな日本軍には、最強1軍の欧州ロシア軍と戦う余力などなく、戦えば瞬殺で日本敗戦間違いなし。


だが実際は、ロシア皇帝ニコライも対日戦の収束に心が動いていました。

日英同盟とか、対米工作などが功を奏して、ドイツ皇帝のウィルヘルムがニコライに信書を送ってきたのです。


対外戦を止めて、国内対策に力を注ぐべきだ


当時のロシアは、共産主義革命の火種が各所でくすぶっていて、いつ発火してもおかしくない状態でした。

これに対処するために欧州ロシア軍を動かすわけにはいかない

というのが本音。


当時の優秀な日本政府がこれを見逃すはずがなく、陸軍の特殊部隊に工作を仕掛けさせています。

欧州ロシア軍を極東へ向かわせないよう、多くの人があらゆる手を打っていました。


ロシアとのロビー活動の結果、中国大陸における日本の優位性の確保と、当時のロシアにとって取るに足らない南樺太の割譲などの譲歩を引き出すことに成功。


これをもとに、ポーツマス条約が締結されて、日露戦争は終結しました。


とにかく、どうにかこうにか勝利という形に持ち込むことができたわけです。

どのピースが欠けても、勝利に持ち込むことはできませんでした。

人事を尽くして天命を待つ

縁故を排して完全なる実力主義で人材を登用したうえで、尽くしに尽くした結果の勝利です。

それでも何とかギリギリの勝利。


タラレバで太平洋戦争での日本の勝利を書いたフィクションを目にしますが、

私からすると日本の勝利は、絶対絶対絶対に、あり得ませんね。

突っ込みどころ満載で、途中で読む気が失せます。

誰か一人が無敵の人になったくらいでは、世界最高の政治家フランクリン・ローズベルト率いるアメリカに勝つことはできません。完全実力主義のアメリカにおいて亡くなるまで大統領職に就いていたのは、伊達ではありません。


では、なぜ日比谷焼き討ち事件なんかが発生してしまったのか。


次回は、それについて考察したいと思います。

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