第10話 本音


 その後、小谷鳥に付き合わされて色々な飲食店をはしごした。

 俺は満腹になっていたのだが、食欲旺盛な小谷鳥はすべての店舗で甘いものを注文。


 いつも思うが、一体小谷鳥の小さな体のどこに食べたものが入っているのだろうか。

 人体というのはなかなかに不思議だ。


 そうこうしているうちにあっという間に時間は流れ。

 午後六時前。太陽の光はオレンジに色を変え、西の空に今にも沈みそうになっていた。


「今日は観光し尽くしたな」


「そうね。冬ノ瀬君がもう少し根性のある人だったら、もっとスイーツを食べられたと思うのだけど」


「なんでフードファイトしなくちゃいけないんだよ」


 満腹になっても食べるなんて御免だ。

 腹七分目くらいがちょうどいい。


「もうすっかり夕方ね」


「そうだな」


 砂浜をゆっくりと歩きながら海を眺める。

 ザーザーと心地いい波の音とトンビの鳴き声が、平和を象徴するかのように響いていた。


「まさか私が、こうやって制服で誰かと遊ぶなんて思ってもなかったわ」


 夕陽に当てられながら、まるで自分に言うかのようにそう呟く。

 普段なら絶対に言わないだろうその言葉は、照れ隠しなんて一切なく、心で思ったままの小谷鳥の本心だろう。


「俺も、まさか女子と二人で海に来るとは思ってなかったよ」


「そうね。私もまさか、男の子と二人だなんて思ってなかったわ」


 俺の少し前を歩く小谷鳥。

 スカートがひらひらと風になびく。


「楽しかったよ、今日は」


「何よ急に。私に感謝したって、何も出てこないわよ?」


「いいよ別に。何かもらいたいために言ったんじゃなくて、もうもらったから感謝したかっただけだから」


「……そ。まぁ感謝はいくらあってもいいから、冬ノ瀬君のとはいえ仕方なくもらってあげるわ」


「そりゃどうも」


 自分でもらしくないことを言ったなと思う。

 だが小谷鳥が本音で話してくれた分、俺も本音で接したいとそう思ったのだ。


 人と人とが本音で触れ合う機会なんてそうそうない。

 それが小谷鳥のような、ツンデレで素直じゃない奴ならなおさらだ。


 俺はその機会を無駄にしたくなかった。

 別にその先の利益とか、本音で話すから関係が発展する、みたいな下心は一切ない。


 ただ俺は今この時、小谷鳥と本音で話したかったのだ。

 ただそれだけなのだ。


「冬ノ瀬君」


 小谷鳥が立ち止まる。

 それでも決して振り返らず、正面を向いたままぽつりと呟いた。



「――」



 ふふっ、と笑いまた歩き始める。

 

 波風に攫われて、俺の目の前で消えてしまった小谷鳥の言葉。

 どんな表情をしているかも分からなかったし、俺に与えられたのはその後ろ姿と小さな笑みだけ。


 たったそれだけだけど、でもそれが全部で。


「ったく、これだからツンデレは」


 どうしようもなく面倒で、相性なんて最悪なこいつだけど。

 憎むことなんてできやしないなと思わされた俺だった。





     ◇ ◇ ◇





 翌日。


 学校に登校すると、「えへへぇ」とだらしない顔をしている現川が俺の席に座って俺を待っていた。


「お、来たなサボり魔!!!」


「なんとでも言いたまえよ」


「このこのぉ~!」


 鞄を机の横にかけ、俺の前の席に腰をかける。


「ってか、なぁ~に小谷鳥ちゃんとイチャイチャしてんのさぁ!! ずるいよずるいよ!!」


「……へへ」


「なんだその笑みはっ!!! もしかしてほんとにイチャイチャしたのか⁉ イチャイチャどころか、ぶちゅぶちゅしたのかぁッ!!!」


「……どう思う?」


「くあぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「ふはははは!!!」



 ――閑話休題。



「それにしたって、結構噂になってたよ。何でも、小谷鳥ちゃんと林太郎が学校サボってデートした~! って」


「現川、いくら羨ましいからって、言いふらすのはよくないだろ」


「私じゃないよ! 私がそんなことするわけないでしょぉ! なんかね、二人がお互いに体を預けて寝たまま最寄り駅通り過ぎた~! ってのを見た子がいるんだって!」


「……あぁー」


 そういえば、同じ車両に女子生徒が二人いたっけ。

 やはり、学校という空間は狭いな。翌日にはこの広がりようなわけだし。


「これは完全にカップル認定ですなぁ! 何せ二人は、学校サボってまでデートしたわけだしぃ!」


「拗ねんなって。お前にも意外に可愛かった小谷鳥のエピソード、教えてやるから――」



「意外、とは聞き捨てならないわね」



「え?」


 振り返ると、そこにはいつもの仏頂面で仁王立ちした小谷鳥の姿があった。

 サイズは小さいのに、たいそうな威圧感だ。


「小谷鳥ちゃん! やっほ~!!」


「やっ……こんにちは、現川さん」


「うさぎでいいのにぃ!」


「下の名前は段階を踏んでからでしょ? 我慢して」


「そのうち言ってくれる?」


「……分かったわ、いつか言うから」


「やったーっ! ぐへへへ」


 現川が美少女じゃなきゃ、その喜び方は見るに堪えなかっただろう。

 コホンと咳ばらいをし、現川に袋を差し出す。


「これ、一応お土産よ。欠席連絡をしてくれたし」


「え、いいの⁉ うわぁー超嬉しい!! 美少女からのお土産だぁぁぁ!!!」


「べ、別にたいそうなものではないわよ。駅で売ってたものだし」


「それでも嬉しいの! ……ちなみに、小谷鳥のDNAが入った異物が混入されてたりは……」


「しないわよそんなの。訴えるわよセクハラで」


「ぎょえっ⁉ 訴えられちゃヤダー! ……でも、訴えられるのはそれはそれで興奮するかも……ぐへ」


「冬ノ瀬君、現川さんを名医のいる病院へ」


「分かった。すぐにアポを取ろう」


「私は病気じゃなぁぁぁい!!!」


 いや、病気だよ、現川。

 きっと、不治の病だ。





     ◇ ◇ ◇






 人気の少ない廊下を歩く。

 

 職員室にプリントを提出し、今日も今日とて部室に向かっていた。

 さて、今日は何をするんだろうか。もしやることをまだ考えているようだったら、趣向を変えて花札を提案してみよう。


 なんてことを考えていると、カツ、カツと向こう側からかかとを鳴らして歩いてくる男子生徒が目に入った。

 あれ、どこかで見たことが……。


「――チッ」


「…………」


 すれ違うその一瞬。

 顔を確認しようとちらりと視線をやると、偶然にも目が合った。


 坂東先輩だ。


 面白いくらいのガニ股でそのまま歩いていく。

 後ろ姿をもう一度振り返り、そしてまた部室に向かって歩き始めた。


 気にしなくていいか。

 その時はその時だからな。





 ようやく部室に到着する。


 扉越しから聞こえる賑やかな声。

 どうやらあの人たちはもう来ているみたいだ。


 なんだかんだで、全員で揃って部活動ができるのは久しぶりだ。

 弾む気持ちをグッと抑え、扉に手をかける。


 今日は一体、どんな楽しいことができるだろう。

 

 期待に胸を膨らませながら、部室の扉を開けた。



 

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